人はなぜ失敗を面白く思い成功を退屈に感じるのか:畑村洋太郎『未曽有と想定外』
Posted at 11/08/05 PermaLink» Tweet
【人はなぜ失敗を面白く思い成功を退屈に感じるのか:畑村洋太郎『未曽有と想定外』】
少しずつ夏らしい天候が戻ってきた感じがする。天気の御機嫌だけはよくわからないが、昨日今日はちょっと夏っぽい。眠くけだるい午前中と、うだるように暑くてへばってしまう午後。
今日は少し書こうと思ったことがあるのだが、いろいろ考えているうちに少し書く気が失せてきた。また書く気になったら書くかもしれないが、とりあえずは。今後の活動方針などにも関わって来ることなのでもう少し考えてから書くかもしれない。
未曾有と想定外─東日本大震災に学ぶ (講談社現代新書) | |
畑村洋太郎 | |
講談社 |
畑村洋太郎『未曽有と想定外』(講談社現代新書、2011)を読んでいる。この本は面白い。こういう考え方はとても大事だなと思う。引用されている印象に残った寺田虎彦の言葉を書いておこう。
「『自然』は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前20世紀にあったことが紀元20世紀にも全く同じように行われるのである。科学の法則とは畢竟『自然の記憶の覚え書き』である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。」
この自然観は全く正しいと思う。寺田寅彦は面白いと改めて思った。自然は極めて保守的なのだ。同じことを何度でも繰り返す。
津波の記憶が風化して行って、この線より下に家をつくるなという古人の教えも簡単に無視されるようになるわけだが、大事なことはそれが危険だということを意識しているかどうかということで、いま自分たちのやっていることが『ばくち』なのかどうかを意識しているかどうかということは大きいと思う。
それは原発にしても同じで、やはり巨大なエネルギーをもったものがどんな環境下でも人間のコントロール下に置いておけるかということに関してはやはり『ばくち』なのだという意識をもつことは重要なことだと思う。畑村は「はじめに」の冒頭に「若い頃から「怖いもの」に興味がありました。…「怖いもの」とどうやって人間が関わっていくのかという点にも関心がありました。…津波は「恐れ」の対象になりました。…原子力も私にとって学生時代から「怖いもの」の一つでした。」と書いているのだが、正直言ってこの記述で「この人は信用できる」と私は思った。人間の力を超えたもの、どんなに科学が発達しても人間が制御できる範囲を超えた力をもったものに対して、「恐れ」をもつというのは生き物として当然のことで、それが鈍っている人間が科学技術などを扱うのは本当に恐ろしいことだ。畑村はそういう感覚をきちんと持っているし、そのためにどうしたらいいかを考えている。真の科学者だと思う。
彼の提唱している「失敗学」は創造を考えるためにはまず失敗を知ることが大切だということからスタートしているのだそうだ。そのきっかけになったのは、学生たちは成功事例のときは退屈そうなのに失敗事例の話になると目を輝かせて聞くからだという。これはなるほどなあと思う。というか、やはりそれも生物としての本能的なものがあって、こういう失敗は避けたい、ということを心に刻もうとするのだろうと思う。
人間は基本的に前向きに生きた方が人生うまく行くことは確かだし、そのために「忘れる」という機能があるわけだけど、「生き残る」という動機が強いか「前に進む」という動機が強いかでその辺がバランス点が人によって異なるわけで、しかし失敗や災害の対策を考えるときには忘れるという機能、前に進むために考えないようにしようというような機能がマイナスに働いてしまうということもまた確かだ。原発推進派の人たちが敢えて失敗に目をつぶろうとしているのはとても危なっかしいし、逆に脱原発派の人たちが経済の失調に対して無視しようとしているのもかなり危なっかしい。調和点を探って公論を育成することが民主主義の原点であるのに、なかなかそういう落ち着きどころが示されないのは先が大変そうだなと思う。
まだ54/194ページだが、いろいろ思ったこともある。小説というのは、特にいわゆる純文学はある意味精神的・行動的意味での「失敗学」かもしれないということだ。まあ最終的な成功に至る小説、物語はたくさんあるにしても、基本的には何らかの失敗を主人公はしていることが多いような気がする。何かの失敗である階層に転落してしまったりとか、ある行き違いで望まぬ人生を送るようになったとか、個人のせいだけではないけれども、うまく行く人生を描いた小説というのはあまりないし、逆に言えばそういうものを描いた話はすごいなとよく思う。私が「源氏物語」が好きなのは光源氏が栄華を極めるからで、まあその中でも取るに足りないような悩みはそれなりにいつもあるのだけど、どんどん栄華を極めて行く。「若菜上」から先はそういう栄光にも陰りが出てきて、光源氏が死んだあとはもう現代小説のような小人たちの世界になってしまうが、「藤裏葉」(だったか?)までの展開は私はとても好きだ。しかし世の中に流通しているほとんどの小説は人生における失敗のカタログみたいなもので、それは多分畑村のいうように、「成功は退屈だが失敗は面白い」ことにあるのだろうと思う。誰もが成功したいと思っている(まあ例外もあるにしろ)のに、なぜ人間は失敗の方に魅かれるのだろうか。それもまた考えてみると面白いんだろうなと思う。
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