伏線が物語に持たせる強度/五十嵐大介『海獣の子供』その1
Posted at 11/08/01 PermaLink» Tweet
【伏線が物語に持たせる強度】
8月になった。
昨夜は早めに寝て、今朝は起きたら8時だったから、通算すれば10時間くらいは寝ただろうか。ここのところずっと睡眠は不足していた感じだからそれは解消したと思うけど、逆に寝すぎたのか体も重いし頭もロクに動かない。朝から昨日買ってきた本やマンガを読もうと思うのだけどどうもその気にならず、『ランドリオール』を何回目かの読み直しをして、順番は前後しているが結局18巻全部読み直した。
Landreaall 18巻 限定版 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス) | |
おがきちか | |
一迅社 |
アカデミー騎士団のころから出ているのに今までほんのちょっとの挿入的にしか出ていなかったワイアットが急に大きな存在になったので、その辺りを見てみようというのがもともとの動機だが、結局黒髪で体が大きくて女の子と話すのが苦手なたちだがイオンとは気軽に話せる、騎士候補生の中ではかなり優秀な馬上槍の使い手で、スピンドル事件のあとの叙勲のときに叙勲側だったイオンに小声で「君がそっち側にいるなんて」と話しかけている、というようなことしか描かれてないことは分かった。っていうか叙勲の場面で話しかけている男子が誰なのかそのときは?と思ったのだけど、ここに来てようやく馬上槍試合の準決勝でDXと当たって「イオンを花冠の乙女に指名する」と宣言することの伏線だったということが判明した。こんな小さな伏線でしかも一年以上たってるからなあ。まあランドリの伏線ってそういうことが多いから、何度も読み返すことになるんだけど。
私はあんまりストーリとかそのものには関心を持たないたちなのでストーリの展開がちゃんとテンションの高まりに資するものになっているかどうかというようなことには関心を持つけれどもそれ以外ではみんななんでそんなにストーリー、あるいはあらすじにこだわるのかなあと不思議に感じているのだけど、でも伏線の用意と処理ということに関してはわりと興味を持っている。それは、諸星大二郎が短編で描いていたもので、当時は諸星作品は何度も読み返していたのだけど、十回以上読んでいたのにあるとき急にある場面のせりふが全体のストーリー展開の大きな伏線になっていることに気づいて驚くとともにこういう伏線の張り方と処理が物語の構成にリアリティというか強度を持たせるために大きな意味を持つんだなと感心したことがあったからだ。
お話がお話として成立するためにどういう条件があるかといえば、「リアリティ」があるということもひとつの条件だし、でも大きくいえばたとえリアリティを感じさせなくてもある種の「強度」があればいいのだと思う。伏線というのは張り方によってはその「強度」をしっかり持たせてくれる武器だなと思う。つまり、どんなにリアリティーがなくても、その世界のルールをそれで説明することができるからだ。そしてそれが言葉による説明でなく、ストーリーの流れによる否応ない帰結として表現されることで、伏線は強固になりストーリーの流れもまるで紐で縛ったように確かなものになる。伏線というのは人を驚かせ、納得させるためにだけあるのではなく、物語を成形するために使える重要な手段だと思う。
【五十嵐大介『海獣の子供』その1】
海獣の子供 1 (IKKI COMIX) | |
五十嵐大介 | |
小学館 |
五十嵐大介『海獣の子供』第1巻読了。物語の設定、描き方、ではないな、キャラクターの設定と描き方が、ある意味自分の書きたいものに近いものがある作品だと思った。しかし、物語を展開させてその先に見えてくる世界が、自分が見たいもの、すなわち自分の書きたいものとは違うことは明確に分かる。その違いが、私の魂を少し危なくする感じがある。自分にどういう影響をもたらす作品なのか、今のところちょっと分からない。昨日は4巻一気買いしたからすぐに続きを読めるのだけど、それが自分にとって正解なのかどうかがよくわからない。
しかしはっきりいえることは、この作品はただの商業主義によって描かれたものではないということだ。この作者は、この先に確かに何かを見ている。つまり、普通の意味での「プロの作品」ではない。初期の諸星大二郎のような危ない天才性をこの人は持っている。その危なっかしい天才性を今後どのように展開していくのか、そのあたりは怖いともいえるし何とか死ぬまでその才能を発揮し続けてほしいという祈るような気持ちもある。
それは、諸星大二郎の最近の作品が、あまり私のたましいを震わせるようなものではなくなってきたというとても残念な感じがあるからだし、たとえば高野文子のように、寡作であっても自分の作品を描きつづけてほしいという思いもある。高野文子も初期のような私自身の読みたい作品とは必ずしも一致しなくても、中年男と女子高生の切ないすれ違いのようなどうしようもなく心の底に残ってしまう作品を描いていたりして、やはりたましいの底にある何かを探る探り方を知っている人なんだなと思う。近藤ようこは長い間自分にとってはそういう人だったんだけど最近少し失速してる感があるな…まあほかの人のことはいいんだけど、この世界の中で、本当に自分の描きたいもの、私から見て本当にこの人が描くべきだと感じることを描いていくということは大変なことなんだということはよくわかる。
海獣の子供 2 (IKKI COMIX) | |
五十嵐大介 | |
小学館 |
2巻を少し読み始めた。やはり異界に近い人だなこの人は…そして諸星と同じように民俗学をひとつのガイドとしてそこへ降りていこうとしているけれども、しかし諸星と違う――おそらくは世代の違いとして――ところは、科学が大きな導きの糸のひとつになっていることだろう。1969年生まれというなら私より7歳下だが、携帯も持たない作家なのだという。Wikipediaを読むと相当「変わった」人だが、しかしだからこそ見えてくるものがあるのだと思う。
Wikipediaでは諸星は物語重視、五十嵐はビジュアルありきとまとめられているが、そんな単純なものとは思えないな。ただ簡単に言えば、絵は五十嵐の方がうまいと思う。諸星が見せているのは絵というよりも概念だというところはあるし。刺青の男が両者とも出てくるが、諸星の刺青は説明的だが五十嵐の刺青はそれを描くこと自体の快感が感じられる。ただ初期の諸星には諸星にしか見えない世界があって、それをどうにかしてストーリーやペンや絵筆で自分自身を含めたそういう世界がどこかに行ってしまわないように懸命にこの世につなぎとめていた感じがあるのだが、五十嵐の場合はもっと静謐な感じがする。多分、諸星の世代には異界的なものを見ることによってこの世界を相対化し、世界を変革していく希望とかやむにやまれぬ衝動のようなものがあって、それが諸星の作品に現れるある種の熱さになっているのではないかと思う。しかし五十嵐の世代、私より下の世代にとっては、異界の存在と現実の世界との間にそういう切迫感がない。現実がどうあろうとも異界は異界として存在するし、それが見えたからといってどうということもない。しかしそれを表現すれば表現したで異界との間の扉が開いたりはするわけで、でもそれが現実を変革するとか向上するとかのいわばツールとして使われるということがあるわけでもない。そこには確かにそれがあるだけで、しれっとして存在する。それが五十嵐が静謐な感じがする第一の原因だし、たぶん、3月11日までは間違いなくそうだっただろうと思う。
3月11日を境にして、地獄の釜の蓋が開くということがどういうことなのか、という意味で異界が見えた人はかなり増えているのではないかと思う。そういう人たちは現状の変革を求めているし、逆にそれに危機感を感じている人たちは、総力を挙げて従来の価値観を守ろうとしている。その本丸たる政府が完全に無政府状態に陥っているために現状どちらが有利なのかまったく混沌としているのだけど、一度異界を見てしまった人たちがそれをないことにできるのかどうかはよくわからない。
多分今、五十嵐大介を読むということはそういう「しんどさ」を伴う作業なのだ。
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