本当のリアルは現実にではなく自分の信じるものの中にある/村上春樹のカタルーニャ・スピーチと「天城越え」を熱唱した彼女
Posted at 11/06/11 PermaLink» Tweet
【本当のリアルは現実にではなく自分の信じるものの中にある】
先ほど帰京。今日は午前中、仕事に出る前ぎりぎりで小説の第一稿を脱稿した。原稿用紙換算で201枚。全然推敲してないのであちこちで矛盾していたり固有名詞にバラつきがあったりしているのだが、とりあえずひとまとまりになった。プリントアウトして少しずつ読み返す。6時半に仕事を終えて特急に乗り、特急の中で最初から最後まで読み通した。なんか最初に考えていたのとは全然違う作品になったなあ。でも何というか、途中から書いていて、この小説は自分の自画像みたいなものだなという気がしてきた。これを面白いと思ってくれる人がどれくらいいるか分からないけど、この面白さが理解してもらえたら面白いなと思う。ただ理解してもらうためには、まだまだいろいろな工夫がいるんだろうなとも思う。細かい推敲の必要はもちろんだけど、伏線の張り加減や表現の調整、なんというか色を重ねて塗ったりはがしたり、油絵を書いていくような感じかなと思う。帰ってきて12チャンネルの『美の巨人たち』を見ていたのだが、今日はアングルだった。アングルは現実をそのまま書くのではなく、現実を自分が美だと信じるものに近づけて描く、ということには共感したし、裸婦像の顔をラファエロの聖母マリアの顔で描くというある意味実に大胆なことをしているというのも興味深いなと思った。そのあたり、バルテュスの言っていることをも髣髴とさせる。究極の美を描くために裸婦の背中を描いたアングルは同時代にそうは理解されていなかったし、同じく一瞬の美を描くために大人になりかけている少女のしどけない姿を描くバルテュスもまた、同時代にそうは理解されていなかった。私の作品も何かそういうものと似ている感じがするが、その域に達するまでまだまだ工夫を重ねていく必要があると思った。
【村上春樹のカタルーニャスピーチと「天城越え」を熱唱した彼女】
村上春樹のカタルーニャスピーチ、いろいろ意見はあろうし私自身も言っている内容すべてに全面的に賛成するわけでもないのだけど、今回のスピーチの中でこれはその通りだと思ったくだりを上げておきたい。
『気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。・・・原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。・・・原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。・・・原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。』
現実主義者の『現実』とは本当の『リアル』ではなく、『便宜』に過ぎなかった。これは悲劇というにはあまりに馬鹿げていて、むしろ喜劇かもしれないと思うくらいだ。あるいはチャップリンが言ったという「人生は近くからみると悲劇だが、遠くからみると喜劇だ」という言葉を地で行っているのかもしれない。正直理性的に考えると滑稽でしかないのだが、その現場にわれわれ1億人が立たされているかと思うと戦慄せざるをえない。さる原子力の専門家が、「3月11日以降に起こったすべてのことを抹消したい」と言っていたが、この不可逆性に耐えられないで何が専門家かと思う。
わたしはチェルノブイリ後の反原発ブームの時代、反原発のデモにも参加したことがある。自分が書いた芝居も原発に関するものを取り上げたし、多くの人がそれに賛同しえると思っていた。
しかし、私のその考えを少し変えた事件があった。
わたしは一度結婚したことがあったのだが、そのときの相手と付き合っていた時代、その友人の女性と三人でカラオケに行ったことがある。その女性は美人でさばさばしていてなかなか魅力的な人だったのだが、圧巻はカラオケで石川さゆりの『天城越え』を熱唱したことだった。私も元妻もそれまでこの曲を聴いたことがなかっただけに、この歌詞のぶっ飛びようは衝撃的で、「うおお!」と叫びながら聞いていた。「何があっても もういいの くらくら燃える 地を這って あなたと越えたい 天城~ご~~え~」である。これがまたうまく、微妙にエロく、もうすごかった。後で実際の石川さゆりの歌も聞いたが、彼女のカラオケのインパクトには敵わないほどだった。
その彼女と、なぜかカラオケボックスで原発の話になったのである。「やっぱり原発は危ないから止めるべきだよね」という私に、彼女は「私はそうは思わないな。今の豊かな生活は原発によって支えられているんだから、たとえリスクはあっても原発は維持するべきだと思う。」と断言したのである。今まで自分の周辺にいる人からそういう意見を聞いたことはなかったのでいささか驚いたが、何しろ「何があってももういいの」を聞いた衝撃の直後である。そうか、原発支持派の人にとっては「なにがあってももういいの」、ゆたかな生活をするためには、「あなたと越えたい」天城越えなのだ、と妙な刷り込みのされ方をしてしまったのだ。
なるほど原発容認派は度胸がある。豊かな生活のためには破滅もいとわないとは。考えてみれば、それはそれで一つの哲学だ。ギャンブラーではあるが、もともと芸術家にはそういう破滅型の人間も多いことだし、それはそれで一個の哲学かもしれないと思っていたわけだ。
そしてそれが現実化した。どんなに恐ろしい事態が起こっても、今まで電気漬けの享楽生活を送ってきたのだから、従容として滅んで行こうじゃないか。ぼくたちは滅ぶべき種族だったのだ。そのくらいのセリフが原発維持派からでて来るものだと思っていた。
ところがぎっちょん。
「3月11日以降の記憶をすべて消したい!」である。父さん情けなくて涙が出るよ。
もと妻とはもう別れて13年になるし、その友達などなおさらどこにいるのかも分からないが、あの「天城越え」を熱唱した彼女は今は原発についてどう思っているのだろうか。今でもまだ熱心に豊かな生活を追求しているのだろうか。それはそれで、一つの生き方かもしれないとは思う。まあ私は意見が違う人でもつい「敵ながら天晴れ」と思う人には甘くなってしまうのがいけないんだけどね。
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