鏡をのぞいていて青山のとある美容室のことを思い出した/震災で生きかたは変わったか/女の人が結婚したくなる世の中は
Posted at 11/05/30 PermaLink» Tweet
【鏡をのぞいていて青山のとある美容室のことを思い出した】
梅雨寒の日が続く。家の中にいると寒いので、パソコンに向かっているときはベストを着てひざ掛けをして座っている。きのうは午前中、髪を切りに行った。理髪店のカードをみると前回の散髪は2月13日。震災前だった。どうも最近髪が邪魔だなあと思っていたが、三ヶ月もほったらかしてあったのでは当たり前だ。今朝起きてから鏡をのぞくと髪の毛が立っていて、短くするとこういうところが面倒だなあと思いつつ風呂に入り、髪を洗い、鏡を見ながら髪を乾かして、最初どうも今回のカットはいまいちだったなと思っていたのだけど、乾いてくるうちにこれもありかなという気もしてきた。しかし耳の上の髪の処理がどうも今ひとつだなとやっぱり思う。傾斜をもう少し緩やかにしてもらえばよかったなと思う。そんな細かい指示は出してないけど。それでふと、昔髪を切ってもらっていた美容師さんのことを思い出した。
私が始めて美容室で髪を切ったのは大学生になって東京に来てからで、それでも最初は大学の寮の近くの理容室を見つけてそこで切ってもらっていたのだけど、二年生ごろのこと(もう芝居をしていたから二年か三年だ)だと思うが、勇気を出して二駅先の下北沢の美容室に行ったのだった。そこで生まれて始めてパーマネントを実行してみたが、それが一生で(おそらくは)唯一のパーマネントになったのだった。いま思うと可笑しい話なのだが、自分のさらさら系の髪の毛がパーマのゴテッとした感触になって櫛も通らなくなったのはかなりショッキングだった。美容師からは「こういうことに気をつけてくださいね~♪」みたいなはがきをもらったりしたのだが、次に髪の毛を切ってパーマの痕跡がなくなったときはすごく清々した感じがしたのを思い出す。
まあそれでパーマは一度で懲りて、それでも美容室の敷居は低くなったので、下北の敵を青山で取ろうと表参道あたりで自分にあいそうな雰囲気の店を探し、ウェンディーズ近くの二階にあったK美容室に入ったのだった。探したといっても店の前をうろうろして、ここならいいかなという勘で入っただけの話で、最初はもちろん予約もないので結構待合室で待たされた。待合室にはポパイとかホットドッグプレスやメンズクラブ、あるいは髪型系の雑誌がたくさんあったが、私はどこを読んでいいのか分からないようなレベルであったことは確かだ。
最初の美容師さんは女性だった気がする。わりと丁寧に切ってくれて、ああこんな感じならいいなと思った。当時はテクノ系というかギャルソン系というか、女性でも後を刈り上げたり、男はもみ上げを残さないで耳の上のラインでカットしてしまうような髪型が流行っていた。あのころの細野晴臣なんかがそんな髪型だった気がする。その人のカットはばっさり平行線でカットというのではなく微妙に耳の上から四分の一くらいの方向に斜めにちょっとだけもみ上げを残す感じだった気がする。「男の人は思い切り良く切っちゃうんだけど、私はなんとなく安全な切り方になるので、大胆さが足りないとかいわれるんですよねー」なんていう会話をしたのを思い出した。
その次にその店に行ったとき、今度は男の人が出てきて、その人のカットは確かに前回の女性より大胆でクリアーなカットだと思った。その時はそのときで決まっているけど、帰ってきて髪を洗い、乾かしてセットが取れた状態になっても、ナチュラルな状態ですごくかっこいい。前髪をたらしてみると斜めになっていて、なんかこれには目から鱗が落ちる感じがした。
それからずっと7年くらい、その人を指名してK美容室に通うようになった。私は今でもそうだけど美容室でぼーっとしているのが嫌いで、どうしても二ヶ月三ヶ月たってしまい、「切ったときにどういうカットをしたのかもう痕跡が残ってませんねー」とかいわれて苦笑したりした。カットしてもらっているときもたいてい舟を漕いでいたから、よっぽど忙しいと思われてたんだろう。でも髪の毛に関しては、あのころが一番充実していた時期だったなと思う。付き合う女性が何人か変わっても、美容師はずっと同じ人だったんだなと不思議な感じがする。
就職して教員になってからも通い続けていた。担任の生徒で、美容師になりたいから中退すると言い出した子がいて、そのことを美容師さんに相談したことがある。そうしたら「高校は出たほうがいいですよ。高校を出てまだ美容師になりたかったらぼくのところに連れてきてください、鍛えてあげますから」なんて言ってくれた。その子は結局卒業して新宿の大きなデパートに就職して美容師にはならなかったのだけど。
美容室が青学の方に二号店を出して、その美容師さんもそこに移ったので私も店をかえてしばらく通ったのだが、ある日予約の電話をしたらその美容師さんがやめたという。ええ?と思ってでもじゃあ誰でもいいですと指名しないで髪を切りに行って、話を聞いたら体調を崩して田舎に帰ったという話を聞いた。私はそれが信じられなくて、多分店を移ったんだろうなと思った。美容学校の講師をした話とか、そんな話も髪を切っているときにしていたから、その道をやめて東京から田舎に帰るなんてちょっと考えにくいなと思ったからだ。
それで店を移るときに常連の客には案内を出すだろうから、私に案内をくれないということはあんまり大事な客だとおもわれていなかったんだろうなと思い、ちょっとさびしかった。しばらくして結婚してお金もかかるようになったので青山に髪を切りに行く習慣もそれで途絶えてしまったのだ。しばらくして思いなおして青山に行ったとき、もうその美容室はなくなっていた。
それからしばらくしてカリスマ美容師ブームが起き、青山の美容室というのも自分にとってはどうも行きにくい場所になってしまって、しばらくいくつか地元の床屋に行ったのだけど、まあ当たり前だけどなかなか満足できるカットをしてくれるところはない。今の床屋に通い始めてもうだいぶ長いのだけど、まあこんなものかなと妥協している部分はある。今朝鏡をのぞいてそんなことを思い出した。人の縁、場所の縁というのは一度切ってしまうとなかなか前と同じようにはつながらない。何度切れてもまたつながる友達というのは、それだけで貴重な友達なんだなと改めて思う。
【震災で生き方は変わったか/女の人が結婚したくなる世の中は】
震災後、結婚を考える女性が増えたという記事がよく出ていたが、今朝のNHKの番組でもそういう特集を組んでいた。震災後、生き方、考え方が変わったという人は多いし、ネットで見ていてもそういう話をよく聞く。最初はそれはそうだろうなあとずっと思っていたのだけど、最近になってだんだん「そうかな?」という気がしてきた。自分自身の生き方が、震災の前後で変わっただろうか、と考えてみるとどうもそんな気がしない。
もちろん震災でいろいろなショックを受けたことは確かで、大体私のこの東京の家の中もまだ完全いは片付いていない。それは倒れやすい棚を下に下ろしたりして高層化を和らげているのでちらかりが片付かないということが大きい。しかし自分の人生観の部分、特に結婚とかの考えが変わったかというとそれはあるのかなと思う。
もちろん、女性の考え方が変化して結婚への志向が高まったということは、40代後半のばついちシングル男子としては歓迎で、基本的に縁談受付中であるから可能性の幅が広がることはありがたい。だから文句を付ける筋合いはないのだが、自分自身何が変わったかと考えてみると、考え方とか生き方のレベルではあまり変わった気がしない。
私は基本的に仕事、生活の資を得る仕事は郷里でしていて、そのほかの時間で文字を書いている。毎週末東京の家に戻り東京でしか得られないさまざまなものを取り入れて、それをものを書くのに生かしたり、自分の何か土台になるものに水を撒いたりしている感じだ。仕事と、新しいものを作り出すのが人生の目標の二本柱で、物を作り出す力をいかに高めるかがいつでも大きなテーマになっている。
具体的に誰かがいたら、その人との関係というのも考えただろうけれども、結婚を考える相手が具体的にいるわけではないので、自分の方向性を変えなければならないという感じはしない。どこまでクリエイティブであれるかということについて常に自問しているし時々爆発はするけれども、大きなくくりでの方向性が変わるわけではない。
しかしここまで書いてきて、やはり何かが変わった気がしてきた。
ここまで書いてそう思うのだから、それは意識に現れているレベルの話ではない。何か無意識のレベルで、何かが変わったのだろうと思う。
なるほどと思ったは茂木健一郎のツイートだ。「人を動かすものは、いったい何なのだろうかと考える。どうやら、論理や言葉だけでは難しいらしい。身体性としか言いようのない、その人の存在自体を揺るがす事態が起こらなければ、人は動かないものらしいのだ。忘れもしない3月11日、菅直人首相は外国人献金問題を追及されて、メディアの論調から言えば「辞任直前」だった。それが、震災で、外国人献金問題を議論する論調はほとんど消えた。この一連の出来事は、私に、深い衝撃を与えた。」
身体性。なるほどそうだろう。あの地震は、私たちの目から耳からそして自分が大地の上に立っているというその感覚自体を根本的に揺るがした。大きく壊滅的な被害を受けた人たちだけでなく、東京以北の人たちはみなさまざまなことを身体を通して感じただろうし、また西の方の人たちも物流やメディアの論調などさまざまなものを通して大きく「世の中が変わった」という感覚を得たに違いない。
翻って自分のことを考えてみると、地震以来、肩の調子がずっとおかしいし、腰や胃、腹の調子もあまりよくない。意識はわりと常にはっきりしていて、眠りは浅い気がする。以前は目が覚めたとき「自分がどこにいるか分からない」感覚に陥るほど深く眠ったのだが、最近はそんなことはない。個人のことでないレベルで何かを変えなければいけないとか、何とかしなければいけないという感覚は強くなっている。
それは生き方というような意識に現れてくるレベルの話ではないけれども、無意識とか身体とかいうレベルでは明らかに危機対応バージョンに変わっているということだろう。
男の人でも何かが変わったという感覚の強い人はいるが、やはり女の人のほうがより深く身体性に根ざした変化を感じたのではないだろうか。「守る」、特に自分だけでなく自分を越えた何かを「守る」という感覚に目覚めた人が多いような気がする。平時ではそれは母親になったときとか、実際に守るものを得たときに感じるようなことが、危機においてもっと原初的な、個人を越えた人間そのものを守るというような感覚が目覚めたのではないかという気がする。
もともと何かを作ろうとか、アートとか文学とか物を作り出す系の活動をしている人にとっては、何というかもともと根源的なそういう衝動というか感覚のようなものにつながっていないといいものを作れないというところはあるから、少しでもそういうことを意識してきた人にとって、その意識がより鮮明になったということはあっても大きく変わったということはないのではないかという気がする。考えてみると私の中にも、この震災で世の中はよりよい方向に変わっていくという感覚は目覚めてきている。世の中に対する希望が復活してきたというか。生きる方針は変わらなくても、生きる目標というかどこまで達成できるかという未来は前より明るくなってきたなあと思っていて、なんだかやる気は出てきている。考えてみればそういう変化は確かにある。
国会の様子や東京電力の原発対応の不手際などを見ているとやっぱり世の中ダメなのかなとつい思いがちなのだけど、でも実はそういうことはとても表面的なことなのかも知れない。多分世の中はもっと良くなる。もっとずっと良くなる。女の人が結婚して子どもをたくさん作るようになってきたら、それだけで世の中は変わって行くかもしれない。そうか最大の少子化対策は地震だったんだ。
まあそこまで言ってしまうと半ば妄想が入ってきた気がするが、女の人が結婚したくなる世の中って、多分そうじゃない世の中よりいい世の中なんだと思う。
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