写楽は誰だったんだ/ジョイスの読み方/表現は小説のどこにあるのか
Posted at 11/05/09 PermaLink» Tweet
昨日。寝たのは二時ごろになったが、昼間のうちは疲れが出てごろごろしている時間が長くて知らないうちに寝てしまったりしていた。東洲斎写楽の正体は、という番組を見ていて寝入ってしまい、いつの間にか写楽は斎藤重三郎だということになってしまっていて展開が分からなくなったり。しかしまあ重三郎が実在の人物だと確かめられたということなので、そのあたりから蓋然性が高いと考えられるようになったんだろうなと想像。江戸時代の大名家お抱えの能役者というのがどういう境遇だったのか、なかなか想像しにくいがもし才能のある人間だったら鬱屈してもおかしくないと言うくらいのポジションであったのだろうなあとは思う。ていうか、江戸期の下級武士、特に買い殺しの部屋住みの次男三男はみんなそうだっただろうとは思う。だから吉原が繁盛したという説も読んだ覚えがある。
ダブリナーズ (新潮文庫) | |
ジェームズ・ジョイス | |
新潮社 |
ジョイス『ダブリナーズ』を少しずつ読む。現在、最後の「死せるものたち」を先に読みきって前に戻り、二本目の「出会い」まで読了した。ページ数で言うと142/391というところ。3/8ほど読んだか。難解だということではあったが、読み始めてみるととても面白い。しかしこれも、保坂和志『小説の自由』を先に読んでその読み方を知ったということが大きいのだなと思う。この小説を楽しむためには、かなり能動的に情景を想像しながら読まないと何が書いてあるのか分からない。そして基本的にその想像の材料は的確に提示してくれているのだけど、やはり20世紀初頭の暗鬱なダブリンの町を全然想像できなければこの小説を読むのは大変ではないかという気がする。想像しながら読むというのもかなり集中力を必要とするし、なんとなくのんべんだらりと読んでいたのではなかなか物語世界を自分の中で組み立てられない。そういう意味で、読むのに結構体調が関係する種類の作品だと思った。
まあしかし、「死せるものたち」は面白かった。パーティーの場面で連想するのはディーネセン『バベットの晩餐会』とフィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』だったが、ギャツビーの方はどうも想像するだけ損をするような感じがしてあまり積極的に想像しなかったのだけど、やはりヨーロッパ的な世界だからか想像し甲斐がある感じがした。カトリックの中に一人だけプロテスタントの男が紛れ込んでいる感じも面白い。ゲイブリエルとグレッタの夫婦が猥雑な生気に満ちたパーティーの後、夫は動物としての本能が刺激されているのに妻は過去の記憶を呼び覚ます一つの歌を聴いて記憶の世界に入って行ってしまう。グレッタの過去の恋の記憶にゲイブリエルは怒るが、妻の寝顔を見ているうちに寛大の涙を流し、これが愛かと思う。このあたりなんとなく小林恭二「電話男」を思い出したが、日常の夫婦関係に馴れ切った倦怠が前提にあるだけに、ある種の切なさと新しい可能性を感じさせる。そしてたぶん、これが発表された当時そうした受け止め方はとても斬新なことだったんだろうと思う。
「出会い」はまたへんてこりんな話だが、学校をサボったぼくとマーフィのところに来て変なことを喋りだす初老の男は要するに変なのかそれとも詩人か作家か何かなのか、という感じがしておかしい。でもこの話にはちゃんとオチがある。「姉妹」のオチは、結局亡くなった司祭はおかしくなっていたのかおかしくなかったのか分からない、というところがアイルランド的な自分はニコリともせずに相手を笑わす技術みたいなものなんじゃないかという気がしてきた。いや侮れないなしかし。
それにしてもジョイス、思ったよりずっと面白い。今まで読まなかったのはちょっと損をしていたなと思う。柳瀬尚紀の新訳のおかげかもしれないのだけど。こういう感じで書ければある意味どんな作品でも書ける、というか書いていて楽しいだろうなと思う。なんていうかスケッチの手数はずいぶん必要かもしれないなとは思うけど。
小説の自由 (中公文庫) | |
保坂和志 | |
中央公論新社 |
保坂和志『小説の自由』は105/409ページ。小説をめぐるいろいろな問題が音楽や絵画、あるいは彫刻とのアナロジーで語られていく。小説は読んでいるその一瞬一瞬に現れるものがすべてで、回顧的・仮想的・想像的にしか全体を頭の中で再構成できないという点で俯瞰的にすべてを眺められる絵画とは違い、音楽や彫刻に似ているという指摘はなるほどと思う。特に彫刻が一度に俯瞰的にすべてを把握できないところがその特質だという彫刻家・川島清の指摘はなるほどと思った。彫刻をみるということはその周りをぐるぐる回るということなのだと。私は彫刻を見るときは必ずそうしているのだけど、背後までぐるぐる回ってみている人はそんなに多くないのでどうも変なことをやってるのかなと思っていたのだけど、彫刻家本人にそういわれるとそれでよかったんだなと安心する。それは音楽では「何度も聞くこと」であり、小説では「何度も読むこと」になる。まあショパンを何十回も聞いたり同じマンガを難解も読み直すことはつまりそれが「好きだ」ということなのだと、言われてみれば当たり前なのだけど、言われないと結構気がつかなかったりする。
しかし小説が他のジャンルと違うのは、音そのものが、画面そのものが、ものそれ自体が「表現」である音楽や絵画や彫刻と違って、小説は文字という抽象的な手段を用いているために、文字を読んでそれが読み手の感覚の運動を起こしたときに初めて「表現」が現前する、のだという指摘はなるほどと考えさせられた。私などは三島由紀夫的な文学観の悪影響をやはり相当受けてるんだなと思うが、どうしても心の動きばかり考えてしまって、そこにある情景の方がおろそかになる。心の動きという目に見えないものを現前させるのが抽象的な表現手段である文字の特質の一つであることは確かだけど、それしか見えなければやはり表現としては足のない幽霊のようなものだなと思う。そして、なんだかんだ言って好きな作品というのは、その周りに自分の好きな世界が広がっているのが見える作品であることは間違いない。「ギャツビー」より「死せるものたち」のほうが面白いのは、アメリカよりアイルランドの方が面白そうだと自分が思っていることがかなり大きいのだと思う。
そういうふうに考えると、日本の現代文学の行き詰まりみたいなものが起こる理由がわりとはっきりしてくる気がする。つまり描かれる情景に豊かさが足りないのだ。私の小説読書量が不足しているということはあるのだろうけど、でも描かれている世界が読みたいなと感じさせる世界であることは正直ほとんどない。なぜそんな世界をみんな面白がって読んでいるのか不思議でしょうがないとさえ思うことがある。しかし、一見面白そうな舞台を描いているマンガなどを読んでもなかなか本当に面白い作品はなくて、むしろ日常的な現代的な場面を描いた作品の方がマンガは面白かったりする。でもやはりファンタジーゼロの作品は作品として成立しないのだし、ファンタジーは日常の中にだってあるということかもしれない。
結局最終的には自分の読みたい世界は自分で表現するしかないのかなと思う。こういうの面白いだろと私が思うものが書けて、それを読んだ人が面白いねと思ってそういう作品をどんどん書いてくれると作者としてだけでなく読者としての自分も満足できるわけで、まあそんな作品が書ければいいなと思う。
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