黒歴史は本当に黒歴史だったか/すべてを思い出として整理すること
Posted at 11/04/24 PermaLink» Tweet
完全に整理できたわけではないけれども、少し書いてみよう。
私はずっと、1990年代を自分にとって空白の時代であるとか、失われた10年であるとか、そういうふうに考えてきた。最近の?言葉で言えば『黒歴史』というような感じで。ちなみに黒歴史という言葉自体が「∀(ターンエー)ガンダム」に由来するということをきのう初めて知ったのだけど。
1989年に教員になって、98年に離婚し、99年に退職したその10年間が、自分にとって暗黒時代であった、という定義がいつの間にか自分の中で出来ていた。まあそのどん底からいかにして這い上がるかということをこの10年ずっとやって来たという感じなので、そういう意味では失われた20年的な感じになるわけだけど、まあそのどん底の引きずりぐあいもようやく最近になって呪縛が溶けてきたかなという感じがする。
その間の自分はろくに物を書けなかったし、作品も出来なかったし、やることなすこと何もうまく行かなかった、という感じでとらえていたわけだ。人間関係もぐちゃぐちゃになったし、昔の友達とも離れてしまったし、等など。
ここ数日、佐々木俊尚『キュレーションの時代』を読んでいて、90年代から00年代にかけてのさまざまなムーブメントの中で、自分の認識していない物事の動きがあまりにも多く、なんだか愕然としてしまったというのもある。その前にも、とり・みき『クレープを二度食えば』を読んで、フリッパーズ・ギターや小沢健二、渋谷系という音楽シーンを全然経験しなかったことに気がついて愕然としたり、佐々木中や大澤信亮を読んで蓮実重彦や柄谷行人をパスしたことで文学・思想シーンを全然理解できなくなっていることに気がついてやれやれと思ったりしていた。
何よりも、去年出会った宮崎駿・ジブリ作品の衝撃が大きく、なぜいままでこれに触れなかったのかと愕然とした。それは、村上春樹を勧められて読むようになった頃から、ようやく溶け出した何か自分の中の固まりがかなり排出されてきたことと軌を同じくしていて、もともといろいろなものに対して斜め上というか変な角度からアプローチしてきた人間であるせいもあるし、80年代からやはりどこか妙なスタンスを持っていたということはあるのだけど、特に90年代以降は全然自分で自分の眼を塞いでいたようなところがあったなあと思う。
まあそんなこんなで、一体何をやっていたのだろうとつくづく思い、本当に90年代以降は黒歴史だったなと思って、自分が失ったもの、得そこなったものをもう少しはっきりさせないといけないと思って89年以降の自分の年譜を書き始めたのだった。
そうすると、いろいろ意外なことがでてきた。というか、思い出してきた。89年に就職はしたが実際には芝居は93年頃まで作品を書いているし、友人から買った絵は94年のサインが入っていてその頃までは大変ながらいろいろなことをやっている。確かに渋谷系とかは聞いてないけど、聴いてた音楽や見ていた映画がないわけでもない。まだちゃんと書き出してないから分からないけど、80年代ほどではなくても90年代にも映画は多少は見てるし、美術展もかなり行ってるはずだ。こう考えてみると全く作品が出来てないのは90年代後半のわずかな時期で、しかしその頃には大学院にも行き修士論文を書いていたりするので当然そんな余裕はないのだった。
まあつまり、精神状態がいいか悪いかは別にして、何もしてなかった時期というのは実際問題ほとんどない。当たり前だけど何かはしている。付き合っていたり会っていたりする人は確かに多くはないけれども、90年代後半以降は最初はニフティサーブで、99年以降はインターネットでやり取りする人も出てきて、コミュニケーションを取れる人がそんなに酷く減っているわけでもない。リアルの付き合いが少なくなっていることは否めないが、それは社会にでたら職場以外の人間関係が希薄になるということ似たようなものだ。
まあそんなふうに考えてみると、確かに精神状態的には黒歴史で、まあとんでもないことや嫌で仕方のなかったこともたくさんあったが、まあ否定だけして済ますには勿体無い時間を実は過ごして来たんじゃないかというふうにだんだん思えてきたわけだ。
今は一緒にいない人ともいろいろなところに行ったり話をしたり、最後は煮詰まって別れてしまったにしても今でも思い出せば価値があったと思えるような経験を共にしたりしている。それを語り合うことはもう出来ないが、しかし作品に生かしたり違う形で人生を豊かにしたりすることは出来るだろう。
問題はつまり、その人に対する思いを引きずりすぎていることなわけで、そこを断ち切ってみればすべてはいい経験だったと言えないことはないわけだ。
作品のことや、自分の書いたいろいろな種類のもの、そういうものもちゃんと整理して、自分が何をやって何をやらなかったのかとか、いろいろなものを「忘れてしまいたい何か」という形で自分から蓋をしてしまってはいけないのではないかという気がしてきた。一人の人が一生で経験できることなど限られている。ものを書くということは、いろいろなことを経験しいろいろなことを読み、いろいろなことを考えて初めてできることで、どんなに未熟であってもそれをずっと続けてきたのだから、その経験しか今ものを書こうという自分にはないのだから、それと取っ組み合いをするしかないのだと、ようやく思えてきた。
それはつまり今まで、自分の中の傷がずっと深く、またいつまでたっても癒えずに血を流し続けてきたということでもあるのだけど、それを直していくのも結局は自分で何かを書き、何かを作っていくしかないのだと思って作ることを再開してから、躓いたり転んだり腹を立てたり投げ出したりしながらそれでも今でも書いている、そのことによってしか治っては行かないのだと今では理解できたし、だから自分にとって巨大すぎた何かの影が、少しずつ全体像が見えるようになってきているのだろうと思う。
すべてを思い出として整理すること。
今やっていること、取り組んでいること以外のもの。私の家の中には膨大な本やパンフレットや着るものや貰ったもの、なぜここにあるのか判然としないものや、どういうわけだか捨てられない何かとか、そういうものがたくさんあるし、自分で書いた作品、完成したものもあれば中途半端なもの、そのときそのときのメモや覚書、芝居をやっていたときの写真や落ち込んでいたときにやり取りしていた手紙、なんだかそういうものが膨大にあるし、パソコンのディスクの中には目に見えない膨大なファイルがある。ネット上にも書き続けた膨大なブログがある。
そういうものすべてを、思い出として整理すること。今の自分にとって必要なもの、今の自分が好きなもの、今の自分がやろうとしていること、そういうアクティブなものはアクティブなものとしていつもアクセスできるようにしておかないといけないけど、今は関心がなくなったものについては思い出として整理し、逆に「何年のあの頃はどういうことに関心があったんだっけ」という逆引きができるようにしておければ自分の経験すべてをアーカイブとして使うことが可能になる。自分の人生以上に自分にとって切実で重要なアーカイブはないのだから、それが有効に機能させられるようにできれば、ものを書く人間としてはものすごく鬼に金棒的な感じになる。
それが出来ると、自分が自分の人生と、本当に向き合ってものを書いていくことが可能になるなあと思う。20歳の頃の持っているものが少なかった自分は、向き合うべき自分の歴史もわずかなものだったけれども、今の自分はやはり膨大なものを持っていて、未来に対していくときにやはり経験値を使わなければいけないと思う。新しいものに対して開いておくことと同時に、自分の中に向かっても開いておかなければならない。
ああ、大体これで書きたいことは書いたかな。とにかく前に向かって跳ぶためには、思い出を踏み切り板としてきちんと固めておかなければならないのだと思ったのだった。誰にとっても沿うかどうかは分からないが、少なくとも自分にとってはそうなのだと思う。
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