『失楽園』:人間はいつから罪深いか/近藤喜文と高野文子『棒がいっぽん』と私
Posted at 11/01/17 PermaLink» Tweet
昨日。いろいろごちゃごちゃ考えながら、夕方まで相撲を見ていた。大体5時ごろになると一度出かけようという気になるのだけど、それではいいところが見られなくなってしまうので、昨日は相撲放送を録画しておいた。帰ってきてからそれを見るのもなかなか味だと思った。見たら消してしまえばいいわけだし。
笑いと逸脱 (ちくま文庫) | |
山口 昌男 | |
筑摩書房 |
出かける先は決めてなかったのだけど、とりあえず駅へ。東西線で日本橋くらいまで来てからどうしようか考え、まあ神保町に出かけようかと思う。千代田線新御茶ノ水下車、総評会館の出口から出てがいあプロジェクトに行き、パンと乾燥みそ汁を買う。それから神保町交差点に歩き、三省堂へ。入り口で古書を売っていて、何の気なしに見ていたのだが、山口昌男『笑いと逸脱』(ちくま文庫、1990)を買った。原著は1984年刊、まさにニューアカデミーブームの頃。当時この本読んでいた人多かったな。例によってへそ曲がりのせいもあり私は読まなかったのだけど、なんとなくある種の懐かしさを覚えて買った。立ち読みした限りあんまり知らないことは書いてなさそうだったし、記述には80年代の時代性みたいなものを感じた。2011年現在、やっぱり会うとオブデートな内容の気はするのだけど、まあちょっと読んでみようかなと思った。自分の過去のリサーチの一環みたいな感じだけど。
ドレの失楽園 | |
ミルトン | |
宝島社 |
それから三省堂を物色し、ミルトン原作『ドレの失楽園』(宝島社、2010)を買った。ギュスターブ・ドレの版画本を日本語訳で復刊しようという試み、ダンテ『神曲』はJICC出版で出していたものを持っている。これは後にさらに永井豪がカバーしていてこれも好き。あと、新約聖書・旧約聖書というのもあるのだけど、これらは一応簡単にしたものを読んだことがある。『失楽園』は全く読んだことがないのでこれで読んでみようかなと思って。内容はどの程度原作に忠実なんだろう。まだちゃんと読んでないが、つまりは神・オウェイ(ヤハウェのことか)と堕天使ルチフェルの天上界の戦争が生まれたばかりの人類・アダムとエバにも及び、ルチフェルにそそのかされてオウェイを裏切った彼らが楽園を追放される、という人類の原罪の由来について描かれた壮大な叙事詩、ということなんだなと思った。まだぱらぱらとしか読んでないけど、人類に男と女というものを作ろうと神が考えたくだりなど、なんだか引き込まれるような感じがある。ミルトンというとガチガチのピューリタン文学ではないのかという先入観があったが、むしろルネサンス的な奔放な想像力や人間らしい発想みたいなものが溢れている感じがする。
涼子さんの言うことには (KCデラックス) | |
ヤマザキ マリ | |
講談社 |
それから東京堂を物色し、書泉グランデの地下へ。ここでもいろいろマンガを物色したが、ヤマザキマリ『涼子さんの言うことには』(講談社、2010)を買った。これは『テルマエ・ロマエ』の作者の旧作で、自分が14歳のときに一人でフランスとドイツを旅行した(!)体験談をもとに書かれた自伝的作品、だそうだ。読了したが、いろいろな意味で確かに『テルマエ・ロマエ』の原点になっているようないろいろな要素があって、なかなか面白い。この本、どこかのサイトでお勧めになっているのを買ったつもりだったのだけど、『世界の果てでも漫画描き』の方だったかもしれない。まあとにかく、こういう人がいるんだなあという感じ。人生は波乱万丈なのに本人の感性がある意味至って普通なのが面白いんだろうなと思う。
ふとふり返ると―近藤喜文画文集 | |
近藤 喜文 | |
徳間書店 |
それから書泉ブックマートへ。ここでもいろいろ見たが、買ったのはジブリコーナーの近藤喜文画文集『ふとふり返ると』(徳間書店、1998)。近藤喜文という人は『耳をすませば』の監督であるという以外はウィキペディアやネットで調べた知識しかないのだけど、なんだか妙に心の魅かれる人なのだ。もちろん『耳すま』の監督であるということが大きいけれども、『もののけ姫』の作画監督を務めた年に解離性動脈瘤に倒れ、1998年1月47歳で亡くなったという悲運にも心を動かされるところがあるのだろうと思う。この画文集は何か特定の作品のネタ帖というわけではないのだけど、日常に溢れる子どもたちやそれを取り巻く大人たちのちょっとしたしぐさの面白さのようなものをヴィヴィッドに取り上げている。画材は多分ぜんぶ色鉛筆だろうと思う。いわさきちひろっぽいところもあるし、『耳すま』の雫のあの特徴的な表情や、1990年代初めの落ち着いた住宅街や公団(あるいは公営)団地の雰囲気をよく出していて、構図もすごく落ち着いているし、とても才能のある人だったんだなあとおもう。
耳をすませば [DVD] | |
近藤喜文監督作品 | |
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント |
影響を受けた人としてノーマン・ロックウェル、「はじめてのお使い」や絵本版「魔女の宅急便」の林明子、鏑木清方や高野文子が上げられている。特に高野文子は「奥村さんのお茄子」のあらすじをゆっくりと時間をかけて説明してから、「自分が描こうとしているものが、ようやくわかってきたような気がするんです」と言ったというエピソードに、なんだか雷に打たれたような感じがした。
少し以前にツイッター上でやはり同じ「奥村さんのお茄子」を勧められたことがあり、本自体は持っていたので慌てて読んだことがあるのだが、私はどうも全然ぴんとこなかったのだ。
実は大学生の頃の私にとって、高野文子はバイブルに近い存在だった。『絶対安全剃刀』と『おともだち』、それから『ラッキー嬢ちゃんの新しい仕事』の三冊は寡作なこの作家の初期作品群で、もう何度読み返したかわからない。しかし『るきさん』『棒がいっぽん』『黄色い本』と続く三冊は、どうも読む気がせずに放置していた。好きな作家は全作品買う傾向のある私にしては珍しいことなのだが、むしろ好きな作家だけにその中の好きじゃない作品に対する拒否反応が強かったということなんだろう。それでも『棒がいっぽん』だけは一応買ってはあった。しかし最初の作品「美しき町」を読んでいる途中でなんだか嫌になってしまい、それから10数年放置されていたのだ。
なぜそういうふうに感じるのだろう、なぜ拒否反応が出るのだろう、ということを昨日から考えていたのだけど、つまり私にとって高野文子は思春期から青年期、特にまだ社会にうまく対応できない時期の自分の心性にとってのある種の導きの糸だったからであり、『棒がいっぽん』はそういう人たちに向けた作品というより、もっと「大人向け」の作品だと感じたからだった。また題材も、工場労働者の社宅での組合の集会というどうも私にとって近づきたくないネタで、またその中で「組合の英雄」に意地悪されるという何重にもイヤな要素が重なっている。そういう要素が出てくるたびに、どんどん読む気が減退し、読むのを放棄していたんだなと思った。
「大人向け」の作品ということの背後にはどういうことがあるかというと、つまりは、人生とは、生きていくこととは、苦しいこと、重いことだという「人生観」があり、それに裏付けられた作品だ、というふうに言えばいいだろうか。私は基本的にそういう考え方が嫌いだ、というよりも生理的に受け付けないというか、ある時期そういう考え方を持ってみていた時期もあるのだけど、それは本当に全く何も生み出さなかった、という怒りと苛立ちに似た気持ちを持っている。
いや、人生が苦である、ということ自体は仏教でも言うしキリスト教でも原罪の思想を敷衍すればそうなるわけでそれ自体がどうこうというわけではないのだけど、その受け止め方というかあきらめ方というかそういうのが嫌いなんだろうと思う。まあつまり、こういう苦しい世界で生きるということは大変なことだけど、でもその中でも自分なりの力を全力で発揮してやりたいことをやっていけば何とか楽しく生きていくことは出来るんだ、という信念のような物があって、どうもそういう大人として生きることの苦みたいなことを強調する系の作品は描き方にもよるがすごくイヤな感じがするんだな、と思う。人付き合いの上でもネガティブ系のことばかり言う人は基本的にどうも付き合いにくい。正直、ただでさえ生きるのは大変なのに、これ以上ネガティブな情報を増やさないでくれよ、ということなのかもしれない。
まあ、そんなふうに考えてみると、好きな作家のイヤな作品に対する拒否感というのはそれは好きなだけに嫌さは増幅されるのは当然なんだなと思った。
しかし、それでも、「『耳すま』の近藤喜文監督」に「奥村さんのお茄子」が好きだといわれると、考えるし、なぜ好きなのか、自分にとってどういうところがダメなのか、またそのよさを理解することは可能なのか、と考えずにはいられなくなってしまうのだ。好きな人が好きなものはやはり何がいいのか理解したい。それは異性だろうが同性だろうが生きている人だろうが死んでしまった人だろうが関係ない。
棒がいっぽん (Mag comics) | |
高野 文子 | |
マガジンハウス |
というわけで、『棒がいっぽん』を読み返している。「美しき町」、もう一度読んでみると、終わりのリリカルさが最後まで来てこのイヤな感じをすうっとさらっていってくれることが分かった。「病気になったトモコさん」。病気で入院している子どもから見た世界。この人は一ページ3段のこまわりが基本なのだけど、時々4段にすることがある。「美しき町」でもあったけど、そこは何だか引っかかるところだ。しかし54ページの4段から55-56ページの3段、57ページの2段と大ゴマになっていくところがすごく解放感のあるこまわりで、すごくいいなと思った。こういう生理的なリズムをでもやはり半ば意志的に展開する、その意志的なところがこの作家の魅力なんだなと改めて思った。「バスで四時に」結婚することになった男の人の家を初めて訪ねる女性の不安な気持ち。どうでもいいことについ気を取られてしまう感じとかがリアルだなと思う。「私の知ってるあの子のこと」「いい子」の不自由さ、幸せじゃなさ。不良願望の原型。でも私の不良願望というのはこういう形ではなかったなあ。「東京コロボックル」と「奥村さんのお茄子」はまた改めて読んでみよう。
やっぱりこの人、意志的なところが魅力的なんだけど、逆にいえばその意志的なところがやはり自分にとってはイヤな点でもあるんだなと思った。当たり前なんだけど、作家の何かを表現しようとする意志と読者の何かを読もうとする意志が一致するとは限らない。ぶつかるときはぶつかるのだ。そしてそれがはっきりとしているのが高野文子で、ある意味読むこと自体が戦いなんだなと思った。
作品としては、高野文子の方が近藤喜文に比べてずっと先鋭的だ。高野は日常を縦横斜め裏表360度720度の角度から仔細に検討し、ここが面白いと尻の毛まで抜きかねない勢いがあるけれども、近藤は基本的に視線が優しい。その強靭さが高野が寡作のロングセラー作家として根強い人気を保ち続けている理由でもあり、近藤が無念にも早世した一つの理由なのでもないかと思わざるを得ない。作家としていき続けるためには、怒りにも似た強さを保ち続けることがやはり必要なんだと思う。
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