近藤史恵『サクリファイス』/山岸凉子『甕のぞきの色』と『白眼子』
Posted at 11/01/16 PermaLink» Tweet
昨日帰京。昨日は仕事は大体暇だった。6時半まで仕事をし、7時前の特急で上京。車中では読むものがあったから、久しぶりに朝日新聞を買わないで乗車した。ちょうど郷里の駅を出る頃雪が降り始めていて、私の実家の町はそれほどでもなかったが隣の駅はもう5センチくらい積もっていた。
サクリファイス (新潮文庫) | |
近藤 史恵 | |
新潮社 |
近藤史恵『サクリファイス』(新潮文庫、2010)読了。自転車のロードレースについてコンパクトに知識を得るには絶好の作品、という感じ。筋書きとしては確かに面白い。しかし、普段私が読むような小説とはいろいろ毛色が異なっているせいか、読み終わってしばらくしてからどんどん疑問とか不満とかがわきあがってくる。まず、(あ、以下ネタバレ多々あり)石尾さんという人が偉すぎる。一応それまでのストーリーや説明でロードレースをこよなく愛し、後輩たちの将来を棒に振らせたくないために自分の命を犠牲にした、ということがある程度説得的に書かれているけれども、しかし読み終わってからそんな単純な納得の仕方は出来ないなという気持ちがどんどん強くなってきた。後輩たちのチャンスは潰えるかも知れないが、とりあえず監督に連絡して棄権させるというのが普通だろう。それはあまりに極端な行動なんであって、同様な行動の一例として袴田を落車させた件が書かれているが、それもなんだか理解に苦しむ。自転車をこよなく愛していた、で理由付けとして十分なんだろうか。
それから、袴田という男が嫌過ぎるところ。自己輸血という不正を働き、「事故」で選手生命を断たれた後、復讐心を燃やして篠崎を引っ張り込み、石尾だけでなくヨーロッパ移籍の可能性さえささやかれた有望な若手たち、主人公の白石誓や伊庭までスキャンダルに塗れさせようとし、終いにはもと誓の恋人だった香乃まで使って薬物入りワインを届けさせる。そしてその毒を誓に向かって吐く。
そしてその恋人になった香乃が馬鹿すぎるところ。理由もなく振ったことに何の恨みも示さなかった誓に罪の意識を持ち続けてそれを袴田に吐き出し、それを「爪痕」とか言わせたり、罠の使いっ走りを演じたり、石尾への疑惑を増幅させたり、しまいには袴田と結婚してしまう。あまりに嫌過ぎ馬鹿すぎてこのバカっぷるには読み終わった直後から腹が立った。まあ、小説の登場人物に腹を立てたところで意味がないのだが。
何というか、石尾のたましいも中途半端にしか浄化されてない感じがするし、なんかやはり浮かばれない感じがしてしまうのだな。しかし、こういうことを今朝モーニングページで書きながら考えたのだが、まあ、「ミステリー」というのはこういうものなのかもしれないな、とも思った。たましいの問題を扱っているわけではないのだ、根本的に。私としては石尾の真意とか、袴田や香乃の苦しみとか、もっと書いてほしいと思うのだけど、そこまで踏み込まないのがむしろミステリーの作法なのかもしれない、という気もした。逆に言えば、話の作り方として面白いと思うところとかもあるし、特にストーリーの流れの中で自然に自転車のロードレースという競技について知り、その鑑賞ポイントみたいなものを飲み込めて行く過程などは大変巧みだと思った。しかし人間のたましいのぎりぎりのところ、みたいなところの描き方ということについてはあまり参考になったわけではないなと思う。
甕のぞきの色 (秋田文庫) | |
山岸 凉子 | |
秋田書店 |
山岸涼子『甕のぞきの色』(秋田文庫、1997)読了。1991年から93年にかけて主に『別冊プリンセス』で発表された短編5本。表題の「甕のぞきの色」は「万病を治す不思議な霊水」の湧き出る館とその主である比売子という不思議な少女の話。主人公の恋人の髪型がバブリーで時代を髣髴とさせる。結局この恋人がすべてをぶち壊しにしてしまう心配しすぎのお節介をやく。これが『サクリファイス』の香乃と同じタイプでちょっとかぶった感じ。癌と診断された主人公が「霊水の力」で治り、その力についていろいろ考察をめぐらせていくという話なのだが、結局は「無意識の力」で治ったのだ、というような話になっている。二つ目の「蓮の糸」は作者の身辺に起こった霊現象のエッセイマンガ。三つ目の「二口女」と五つ目の「朱雀門」は30を越えた女性のお見合いの話しで、なんとなく作者の実体験に基づいているのではないかという気がしたが、それはわからない。四つ目の「月氷修羅」は不倫された妻と不倫している女をめぐる話。この三篇はまあ当然なんだけどすべて女性の側から描かれている。いまならまた違う描かれ方になるかもしれないなという気はするが、こういうこともかなり時代性が反映される感じがする。
霊や無意識についての考察とか、それぞれ起こった事件についてどうこうということはあまりないのだけど、人間を描く上での焦点の絞り方がやはり山岸涼子は違うなと思う。『ダヴィンチ』のインタビューで、「人間は努力すればなんとかなる」みたいに思っていたのが「それだけではダメなんだ」と思って描けなくなって、でもそれを乗り越えて新しい境地に達したのが2000年の『白眼子』だった、というようなことを言っていたのだけど、これらの作品はまだそこまで行く前の、ある意味迷いがストレートに出たような作品だなと思う。でもそれが迷いが現れながらもストーリーや人物の奥底のものに対して強い造形力を持っているところは変わらない。『白眼子』をさっきぱらぱらと見直して見たが、『甕のぞきの色』にはなかったある種の「諦念」みたいなものが表れていて、さらに世界の奥行きが深くなっている感じがした。『テレプシコーラ』が『アラベスク』や『日出処の天子』と違うのは、そういうこともあるんだろうと思う。
白眼子 (潮漫画文庫) | |
山岸 凉子 | |
潮出版社 |
10時すぎに帰宅。ここのところ少し食べすぎなのだろうか。体調がなんとなくもやっとする。寝る前に入浴して髪を洗って、ちゃんと乾かさずに寝たら朝起きたらものすごい爆発の仕方で驚いた。牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけたマッドサイエンティストの実験室で爆発が起こったみたいな髪型だった。
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