村上春樹『ノルウェイの森』を読む/「午後の最後の芝生」/2011年がはじまった

Posted at 11/01/05 Comment(2)»

昨日帰郷。午後から仕事があったのでいつもより早い特急に乗る。いつもは新宿12時なのだが昨日は新宿9時。7時半に家を出る。久々の通勤電車。あの不気味に静まり返った車内。しかしまだ正月4日だからかそんなに混んでなくて助かった。大手町に出てトイレに行きたくなり探すがどこも満員。そうだ、平日朝というのはそういうことなんだと思う。東西線、オアゾ、JRと探したがどこも順番待ち。結局丸ノ内線のトイレで待って入った。個室のコート掛けが最近どこも撤去されていて、非常に不便。あれはなぜなんだろう。復活してほしいものの第一だ。

まだ「あずさ回数券」が使えない時期なので丸の内地下中央口で指定を取る。東西線は比較的すいていたとはいえさすがに座れなかったが、中央線は下りということもあって余裕で座れた。村上春樹『ノルウェイの森』を読み始める。新宿について特急ホームに行くが、朝食を少なめにしたのでどうも腹が減り、おにぎりと水を買った。海苔が湿っているタイプにしたがどうも失敗だった。その時何が食べたいかというのはいつも微妙に違う。だから毎朝同じものを食べていると自分の体調がそこに感じられて面白いのだけど。たとえば牛乳を温めて飲みたい日、冷たいまま飲みたい日、コーヒーが飲みたい日、コーヒーが飲みたくない日、あるいはコーヒーが飲めない日など毎朝少しずつ感じが違う。ちゃんと入れたコーヒーが飲みたい日もあればいい加減に入れたコーヒーが飲みたい日もある。朝食にいつも同じものを食べるのは、ある意味体調の定点観測みたいなものだなと思う。

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
村上 春樹
講談社

特急に乗っておにぎりを食べてから再び『ノルウェイの森』を読み始める。ツイッターで時々に思ったことをつぶやいていたのだけど、まず第一に映画と構成が全然違う。映画は現在形から時系列順で、小説は回想体だから思い出した順番にという感じだ。しかし読んでいくと、だんだん順番になって来る。映画ではあまり深入りしていなかった人物、たとえば突撃隊とか永沢とかについて詳しく書かれていて面白い。私の友だちにも突撃隊みたいな人がいたからあの描写には本当にリアリティを感じるのだが、本人が至って真面目な人物なのにどこか面白いところがあって、つい滑稽な人物として話柄に提供してしまい、あとで苦い思いをするという感じはすごくよくわかる。まあ若さゆえの潔癖さと言えなくもないのだけど、日常でつい感じてしまうそういう感じを上手く整理して書いている。これは若いころ読んでたらそういう罪悪感はもっと強く感じたかもしれないなと思う。

妙に印象に残ったのが、突撃隊が高熱を出して寝込んでしまい、看病のために直子と行くはずだったコンサートをふいにしてしまったエピソード。私も大学入学当初は構内の古めかしい寮(関東大震災のあとに建てられたから耐震性能だけは高いと寮委員が言っていた)に住んでいて、やはり高熱を出して寝込んだことがあった。寮は一部屋3人なので同室の学生はあと二人いたのだが、一人は彼女とデートだと言って出かけてしまい、もう一人も何かの勉強会があるから今日は帰らないと言って気の毒そうな顔をしたが出かけてしまった。私は一人でうんうん唸りながらタオルを濡らしに洞窟のような寮の廊下を30メートルくらい何度も往復したことを思い出す。まあもちろん高熱とはいっても死にそうなほどでもなかったから同室の学生たちも出かけたのだろう(それ以上ひどかったら救急車を呼んだだろうし)けれども、誰かが病気で寝込んでいても一人残して出かけてしまうというその行動自体がその時の自分にはとても新鮮に感じられた。逆にいえば、自分が逆の立場になっても出かけることもできるんだ、ということになる。18の自分が感じた「自由」というのはそういうことだった。まあ、あとで同じような行動を取って「薄情」だとずいぶん責められたことは何度もあったけれどもそれも今となっては思い出だ。自由とか独立とか自己責任とかそういことをその時にリアルに感じたのかもしれない。

村上の作品には「デタッチメント」から「アタッチメント」へという大きな流れがあると言われているけれども、『ノルウェイの森』はデタッチメント時代の一つの典型作品だろう。

「東京について寮に入り新しい生活を始めたとき、ぼくのやるべきことはひとつしかなかった。あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること、あらゆる物事と自分の間にしかるべき距離を置くこと――それだけだった。」(文庫本上p.53)

こういうふうに明文化はしなかったけれども、自分の中に確かにそういうスタンスはあった。そしてそれは大学生として東京に出て来るということを、今までの人生をいったんリセットする行為としてとらえていたということもこの物語の設定と共通している。何をリセットしたかったのかということに関しては主人公とは違うけれども、「深刻に考えすぎないようにする」という気持ちは確かにあった。そして結局は深刻に考えすぎてしまうこともまた多分同じだろう。18、19、20のころというのは深刻に考えてしまうことばかり転がっている時代だった。デタッチメントというのはそういう自分でありたくなくて、深刻に考えなくても生きられる自分を探すという意味があるのだろうし、そういう意味では相当長いあいだ自分の心はそういう状態にあったし、だからこそ今更デタッチメントを勧める(?)小説を読みたいとは思わなかった。今だからそういうものを読んでも相対化して見られるけれども、数年前だとどのようにとらえただろうか。デタッチメントというのは「関わりすぎる自分」を「関わりすぎない自分」に変化させるためのプロセスなのだ。そしてそれは、案外人生において必要であることは多いのかもしれないと思う。と、まあいまでは結構前向きの評価もできる。

と読み進めて、現在上巻84/302ページ。直子の20歳の誕生日の場面だ。ここが重要な転機になる局面であることは映画を見ているから知っているので、つい読むのが慎重になっている。

11時半過ぎに郷里に着き、自室に戻ってお年玉を持って昼食へ。妹の子どもたちにお年玉を上げて昼食。一番小さい子も4歳になり、去年は幼稚園だった男の子も小学生になったので、硬貨のお年玉は一人になった。昼食はカレー。午後から仕事。昨日は大分忙しく、夜10時まであまり休みなしで仕事。休み明けだからねえ。帰ってきて夕食、母に愉気、入浴。自室に戻って年賀状の返事書き。それからツイッターで勧められた『中国行きのスロウ・ボート』所収の「午後の最後の芝生」を読む。

中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)
村上 春樹
中央公論社

この作品を一読した感想は、実に上手い、ということだ。表面的には事件は何も起こらない。一見奇妙な行動があるだけなのだけど、その背後に語られない広い世界があることを読者は十分に感じ取る。気に行った男の子にいなくなってしまった娘の部屋を見せ、洋服ダンスを開けさせ、引き出しの中を見せる。その感じがリアルだ。リアルだけれども、絶対に起こらないことだろう。絶対に起こらないことをリアルに描くということが小説の、フィクションの醍醐味でなくてなんだろうか。

こういう小説に解釈など無駄なことだし野暮なことなのだが、敢えて解釈をすれば、これは「お見合い」なんだと思った。母親が自分の気に行った男の子を自分の娘に会わせる。こんな人はどうだい、私は気に行ったんだけどね、と。男の子は戸惑いながら娘を想像し、そしてそんなことをさせる母親の大きな哀しみを受け止める。さりげなく受け止め、ふわっとそれを返し、去り、そしてそれを思い出として語る。最初から最後までよくできた物語だ。

1時半に寝て、7時に起床。気温はマイナス6.6度。寒いが室内はそうでもない。モーニングページを書いて朝食に行き、職場で少し用事を済ませて自室に戻り、ブログを書いた。職場にいるときに母から電話があって瓶の蓋が開かないから開けてくれと言われ、車で戻ると母は道に出ていて、車の窓から瓶を受け取って蓋を開けようとしたが開かなかった。

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CommentData » Posted by ECひろし at 11/01/05

あけましておめでとうございます。
新年そうそうからものすごく失礼なコメントをしますがどうぞ怒らないで下さい。

>職場にいるときに母から電話があって瓶の蓋が開かないから開けてくれと言われ、車で戻ると母は道に出ていて、車の窓から瓶を受け取って蓋を開けようとしたが開かなかった。

この一文は見事に小説だなあ、と思いました。

CommentData » Posted by kous37 at 11/01/05

>ECひろしさん
あけましておめでとうございます。コメントありがとうございます。

自分でもなんか変なことをしているなあと思ったので書いてみましたがやっぱり変ですね。(笑)小説っぽくもあり、映画っぽくもあるなと思いました。でもこういう場面を積み重ねて行って本当に小説にするのは大変だなと実感しています。大変ですけど面白いなと最近思ってます。

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