内田樹他『現代霊性論』/清武英利『こんな言葉で叱られたい』/アサミ・マート『クロノス・ジョウンターの伝説』

Posted at 10/11/10

今朝も朝から小説を書く。前の日までに書いた内容を直して、新しい内容を30枚弱。次に予定している場面の会話が浮かんだのでそれをメモして。この場面は、何というか自分の中のたくさんのものを引き出しながら書いている感じがして、なかなか前に進まない。もともと絵が出来ている場面はさあっと絵にできる。ただ、そういう場面はあとで読むと言葉足らずで、いろいろ描写を細かくして行かないといけないのだけど、今書いているところは自分で一つ一つ作りながら書いていて、なかなか前に進まない。このあたりは、少しずつ腰を据えてやるしかないなと思う。一枚が1600字に書式を定めたA4の用紙に20枚。単純計算すると80枚ほどだが、物語はまだ序の口だ。なんだか長い話になりそうだが、自分としてはいろいろなものを詰め込んでいる作品。頑張りたい。

それにしても、「物語をつくる世界」に入るのも大変だが、そこから戻ってくるのも結構大変だ。とりあえず今はこれで一時中断してブログでも書こうと思ってこのブログを書き始めた。

現代霊性論
内田 樹,釈 徹宗
講談社

昨日帰郷。バタバタしてとにかくブログをアップして家を飛び出し、丸の内丸善で本を買って、大地を守る会で弁当を乗って電車に乗る。買ったのは内田樹・釈徹宗『現代霊性論』(講談社、2010)。これは出た時に面白そうだと思いながら買わなかったのだけど、何となく今書いている小説に関係がありそうな気がしたので買ってみた。86/300ページ。

いままでのところ面白かったのは、民間宗教者(いわゆる拝み屋)の持つ問題解決力。現代医学やカウンセリング、既成宗教では使えない手段を使って相談者の抱える問題を解決していく。たとえば自分に向かい合うことが出来ずに夫を責めてばかりいるやや精神を病んだ人が拝み屋に「布団の下に塩を包んでおきなさい」とか「赤い花と紫の花を飾りなさい」とか「黙って夫にビールを注ぎなさい」とか言われてやっているうちに夫が話を聞いてくれるようになってその相談者の問題は自然に解決し、病状も好転したのだという。つまり、一度も相談者が自分の問題点を意識することなしに問題が解決したわけで、こういうやりかたは精神医学にとっては驚異的なのだという。患者を免罪する(それはあなたに問題がある、とか言わない)ことで患者自身を戦力にし、設定された儀礼を通して「外なる敵」と戦うストーリーを作り上げる。その実効性は認められても、教団宗教者には「塩を置け」とかは言えない、というわけだ。この話は非常に示唆的なものがあると思う。

一つ重要なことは、この儀礼はこの相談者のこの場合に限り有効だったが、誰のどの場合にでも有効ではないということ。しかし、何の批判性もなくこの話を聞いて「塩は精神病を直す」と思ってしまう人が出てくる危険性はもちろん否定できないわけで、ホメオパシーなどにまつわる根源的な問題もその辺にあるだろう。しかし、平野啓一郎『葬送』を読んでいて思ったが、ショパンはずっと信頼していたホメオパシーの医師にかかっていたがその医師が死んでしまったために正規の医者にかかり、病状が極めて悪いことを正確に指摘されたことが死期を早めたのではないかと思った覚えがある。「病は気から」ということばには、患者自身が戦力になるか否か、という点で重要なものがある、と思う。

だから実際、「拝み屋に見てもらったら治った」ということはありうるわけで、それをやみくもに否定するのではなく、なぜ治ったのかというメカニズムをちゃんと意識しなければ、医療という幅広い人間的な行為は役に立たないし、いわゆる名医と言われる人の中には上手にそれを使っている例も多い、という話も取り上げられていて興味深かった。

こんな言葉で叱られたい (文春新書)
清武 英利
文藝春秋

清武英利『こんな言葉で叱られたい』(文春新書、2010)読了。予想した以上にというか、期待したレベルでというか、まあとにかく面白かった。プロ野球は将棋の世界などと同じように勝負の世界であり、こういう場所にはとにかく名言が多いが、この本に紹介されている近年の叱りの技術、激励の言葉の技術というものはすごいなとまず思う。そしてその現代の名手の一人が原辰徳で、それを間近に見ている球団代表の清武が原の言葉を中心に書いたのがこの本だ。原は絵に描いたような一流選手で、輝かしい実績を持って監督に就任し、一年目から優勝の栄冠を勝ち得た。長嶋の長期にわたる監督時代のうち優勝したのは全シーズンの3分の1だけだったのに対し、藤田・原といった一見地味な監督ははるかに優勝している割合が多い。長嶋の持つカリスマを彼らは持たないが、しかし結果を出すのは彼らの持つ言葉の力にあるのではないか、ということはいろいろ読んでいて思っていたのだけど、それらのことがこの本にはうまくまとめられていると思う。

野球人口に比して、プロ野球に入れるのはごく一握りの選手であり、その中で活躍できるのはさらに少ない。この一流といわれる選手たちを動かす言葉は、やはりそれだけのことがある。ぐっとくる言葉を吐ける資質を彼らは持っている。いろいろいいなと思う言葉は多いのだが、一例をあげてみよう。2010年8月7日の巨人広島戦、8回から台湾出身の育成から這い上がった投手、林が初登板のマウンドに立ち、9回に投球が乱れてノーヒットで一死二三塁のピンチに陥った。原はマウンドに駆け寄り、笑顔で林に「気分はどうだ」といったという。林が「緊張してます」というと、原は目を大きく見開いて、「そうか、これが我々の世界なんだ。乗り越えないといけないぞ」といったのだという。大観衆の中で直接叱咤され、その期待を肌で感じることができた、というわけだ。

この話はとてもいい話だと思う。そのほかいろいろな話が出てきて非常に興味深いのだけど、全体的に言って「一流選手を動かす言葉ではあるけれども、超一流選手にはどうか」という印象を持った。つまり、枠にはまらない、一流のプロ野球選手という枠からはみ出た選手の人心をこれでコントロールできるかというと、どうなんだろうかと思ったのだった。

たとえば清原はどのチームに行っても監督は手を焼いたし、放出されることも多かった。また新庄はあの野村監督でさえ匙を投げたが、大リーグに行き日本ハムに入って日本一を演出する大活躍をした。イチローや落合もそうだが、本当に目立つ超一流の選手というのはそういう枠外にいる。

特に清原などは、マイク・タイソンや朝青龍と同じく、誰にも(自分自身にも)制御しきれない怪物という感じがある。その制御しきれなさに必然的に負のイメージが伴うのだが、それゆえに熱狂的に支持する人たちもいる。自分の中の暴れ出したい部分が彼らに投影され、その活躍(やあるいは問題行動にさえも)に溜飲を下げる、ということになるんだな。

この本は、本当に面白いことは面白いんだけど、最後まで「枠にはまった感じ」というのが付きまとった。だから枠にはまらない選手のことを思い出したんだと思う。そして、今まであまり理解できなかった清原や朝青龍の魅力が、初めて想像がつく気がしたのだった。

クロノス・ジョウンターの伝説 1 (Flex Comix)
アサミ・マート,梶尾 真治(原作)
ソフトバンククリエイティブ

アサミ・マート『クロノス・ジョウンターの伝説』1巻(フレックスコミックス、2010)読了。これは梶尾真治原作の小説のコミック化作品。アサミ・マート初の原作もの(というか他の作品は『木造迷宮』しか読んだことがないが)なのだが、絵も構成も思ったよりずっと達者(失礼)だというのが正直な印象。時を超える機械、「クロノス・ジョウンター」が織りなす愛の話、という感じ。私はアサミ・マートの作品ということで『木造迷宮』以外のものを読んでみたいなと思って探して買ってみたのだけど、表紙を見て、梶尾真治という人が『エマノン』シリーズの原作者だということを知って驚いた。こちらも私は鶴田謙二の作画によるマンガ、『おもいでエマノン』と『さすらいエマノン』episode1しか読んでいないけれども。

おもいでエマノン (リュウコミックススペシャル)
鶴田 謙二,梶尾 真治
徳間書店

調べてみるとこの人、『黄泉がえり』などの大ヒットを飛ばしたSF作家だということで、またまた知らない世界を少し知ったという感じがした。SFも小松左京、星新一などの世代はけっこう読んだが、そのあとの戦後生まれの人たちの作品になるとほとんど読んでいない。私は福島正実の少年向けのシリーズが好きだった。福島はSFマガジンの編集長もやっていたと記憶している。いずれにしても梶尾という人はほとんど知らないので、また何かどこかで出会う機会があるかもしれないと思った。

考えてみると『木造迷宮』は連載誌が徳間書店の『COMICリュウ』で、エマノンもここに連載されていたような記憶があった。多分このあたりに接点があったのだろうか。久しぶりにエマノンを読み返してみたが、『クロノス・ジョウンター』とはやはり文章的なテイストは似ている部分があるような気がした。絵柄が違うからマンガとしての作品のテイストはかなり違うけれども。

ときどきこういう、「既知との遭遇」があるから、本を読むのは楽しい。

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