M・サンデル『これから「正義」の話をしよう』を読む:徴兵制と代理出産をめぐって
Posted at 10/10/02 PermaLink» Tweet
昨日。仕事の終わり際に対処の難しい問題が出てきて、それを考えていても頭の中がまとまらず、ちょっと考え込んでいる。まあ前向きな問題だからそう深刻になることもないのだけど。自分が出来る範囲でしかどうせ出来ないのだが、その範囲をどう広げて行くかというような問題。まあ考えていても解決はしないので少し頭を切り替えてマイケル・サンデル『これから「正義」の話をしよう』を読むなどしていた。
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しかしこの本も、読み進めるにつれてなかなか難しい問題を扱うようになってきて、確かに頭の違う部分を使ってはいるのだが、一筋縄ではいかない。
リバタリアンの考え方は自分は自分のものだ、という点に収斂できる。それは私たちにもわりあいなじんだ考え方と言っていいのではないだろうか。私は今回この本を読んでいて、リバタリアンの考えというのは思ったより筋が通っているなとは思った。筋が通っていればすべていいかというとそういうわけではないから、彼らの考えに賛成できるかというとまたそれは別の問題なのだが。
しかし、第4章で出て来た問題は「自分は本当に自分のものか」という問いを突き付ける。徴兵制と志願兵制のどちらが正しいか、代理母出産は是か非かという問題だ。どちらもあまり自分の今いるところに縁がない問題で、そういう意味でも考えにくい。兵制の問題で言えば、日本がもし憲法を改正して軍隊を持つことになった場合、当面は現在の志願制で行くだろうけど、軍隊を持つ以上徴兵制の議論は出てくる可能性はある。しかし当面の状況として考えにくいし、想像しにくいことでもある。ということは、軍を持つということは兵役を国民の義務として加えるかどうかという議論にもなるわけで、そこまでの射程を持った議論が憲法改正派でもなされているとは言えず、そういう意味でも考えにくい。
また、徴兵制となって実際どのような形かで自分が軍隊に関わることになったとき、当然のことながらこういうことならいいがこういうことは嫌だ、とか困る、とか言うことが出てくる。歴史学者のマルク・ブロックはユダヤ人で、ナチスと闘うためにフランスで応召し、自分の語学能力や分析能力を生かせる配属先での勤務を希望したが、その希望は入れられず、まあ彼の能力を知るものから見れば犬死に近い形で戦死した。それは残念ながら、彼がドイツ系ユダヤ人であるという出自のせいで枢機に関わることに参与させることにフランス側が忌避したこと、あるいはその評価を全然しなかったこと、つまりは偏見が原因ではないかと思われる。まあ簡単に言えば、愚か者と一緒に戦うのは嫌だ、ということになるが、もし実際に軍に関わることになれば、それを完全に避けることは不可能だろう。日本を守ることが日本人の義務だとしても、愚か者とともに闘うことが義務かといわれると二の足を踏む。まあもともと、学校現場を離れたのも似たような理由が大きかったのだから。
まあそんな意味でも、つまり身体的な束縛的な意味での自由の制限ということが嫌いな体質からしても、軍隊という場所が自分自身に合わないということはほぼ間違いないので、そういう意味で責任を負えないということからもこの議論は自分にとって難しい面がある。そこは正義と自己犠牲の問題になってくる。
代理母の問題も、とりあえず自分がそういう状況にいないのでわかりにくいし、そもそも代理母というもの自体、これは生命倫理的な感覚の問題として自分としてはもともとが受け入れにくい問題だ。しかし、サンデルを読んでいると、この事業はすでにかなり普及していて、無視し得ない状況になっている。つまり、目の前に代理母から生まれた人がいた時に、その代理母というものを頭から否定できるか、という問題だ。実際にそういう局面があったら、それを否定すること自体がその人の尊厳を否定することになると私には思えるので、そうは言えないだろう。だからと言って肯定できるかと言われれば、やはり肯定はできず、つまりは判断停止の状態に自分をおくしかなくなる。そういう意味で、この二つの問題は自分にとっては非常に考えにくい問題なのだ。
「やりたいこと」について考えるようにしていたのが、「正義」の問題にかかわると当然ながら「やりたくないこと」について考えざるを得なくなるところが厄介だ。
ただ、興味深いと思ったと言うか、印象に残ったのは、それぞれに引かれている具体的な事例だ。サンデルの議論は純粋な思考実験もあるが、具体的な例をあげていてそれが興味深いものが多い。徴兵をめぐる議論で言えば、アメリカではじめて徴兵制がしかれたとき、徴兵されることを望まないものは代理を立てることが出来た、という話だ。それは南北戦争の際のことで、そのようにして代理を立てた者の中にはアンドルー・カーネギーやJ.P.モルガン、セオドア・ルーズベルトとフランクリン・ルーズベルトの父親たち、後に大統領になるアーサーとクリーブランドもいたという。これは現代だったら大騒ぎになりそうな話で、オックスフォードに留学していたビル・クリントンがベトナム反戦デモに参加したということで大統領になってから相当つらあてをうけたことは記憶に新しい。またジョージ・W・ブッシュも徴兵逃れをしてテキサス州兵になったのが非難の対象になった。
徴兵をめぐる話はキューブリックの『フルメタル・ジャケット』などで見たけれども、なぜ自由の国アメリカで絶対的に自由に反する徴兵制が施行されていたのか正直疑問ではあった。しかし、徴兵制も代理可能な緩い制度から始まったということで納得がいく部分があった。ベトナム戦争時代には市民の義務となっていたわけだが、免除規定が多くてそれが徴兵拒否や逃亡兵の発生を生み、反戦運動につながっていった歴史もあって今では完全に志願制になっている。しかしもしアメリカが存亡の危機に立たされたら、徴兵制は復活する可能性もあるだろう。
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代理出産をめぐる話では、途上国の女性が代理母を引き受けるケースが増え、インドではそれが合法化されたという話。自分の子どもを産むときには一度も医者に見てもらわなかったのに、代理母として妊娠している期間は自分の子どもを産むときよりずっと気を使っている、という話もある。妊娠自体が業務として扱われそれに報酬が支払われ、業務であるからには万全の管理が行われているということで、そういう状態が正義にかなっているかは相当議論になりえるだろう。
現在140/348ページ。話はカント哲学に入っている。
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