リンパ節/オースター/コンピュータと人間の文化の違い
Posted at 10/09/11 PermaLink» Tweet
涼しい時間が長くなってきた。私は火曜から土曜まで昼から信州にいるということもあって、東京にいるときに比べるとしのぎやすい時間は長いのだが、それでもこの夏は相当耐えた感じがある。だから涼しくなって来ると、少し疲れが出て来たのを感じる。今も少しぼーっとしていて、こういうネタからしか話が始められない。
昨日ネットで「リンパマッサージ」というものを調べてみた。前から名前は聞いたことがあったが具体的にはよくは知らなかった。ただ以前から、調子の悪い時に肩の鎖骨窩に愉気をすると少し和らぐことには気がついていたので何かあるとは思っていたのだが、そこにリンパ節があるということは昨日初めて知った。耳の下(耳下腺)や首筋、ソケイ部にリンパ節があることは知っていたけど、腋の下や膝の裏、足首にもあるということは知らなかった。だいたい窪んでいるところにはあるということだろうか。確かにそのあたり、疲れがたまりやすいところでもあり愉気すると気持ちがいいところでもある。ちょっと調べてみても面白いかと思った。
昨日は仕事の本を買いに隣の隣の街の少し大きな書店に出かけたのだが、ついでに何か読もうといろいろ探してみた。オースターがもう少しで読み終わりそうだったので何か小説をと思ったのだがこれというものはなく。ただで知ったのだが、『ガラスの街』と以前読んだ『鍵のかかった部屋』は、『幽霊たち』とニューヨーク三部作をなしているということだったので、『幽霊たち』をまた読んでみようかなとは思った。それにしても最近柴田元幸の文章ばかり読んでいるので、少し離れたいとは思うのだけど。
ということでターゲットを小説だけに絞らず他の本も探してみたら、羽生善治・茂木健一郎『自分の頭で考えるということ』(大和書房、2010)というのがあった。立ち読みして買うかどうか少し迷う。羽生の本はまず面白いのだが、茂木の本はよくわからないことが多い。それを足して二で割るとどうなるのか。羽生も仕事がら「向こう」に行ってしまう一歩手前まで行くというようなことを言っているが、茂木も相当向こうまで行ってしまう人なので、そのあたりが。ただこの本は基本的に羽生のこと―特に将棋のこと―を茂木がたずねると言う作りになっているので多分分かりやすいだろうと思い買ってみた。最近かなり小説脳になっているけど、たまには違うものでアップトゥーデートのものを読んでみた方がいいとも思ったので。
書店からの帰り道、行きは湖畔側の道から行ったのだが帰りは国道で帰ろうと思って行ってみたらこれは失敗だということが分かった。市の中心部に出てしまい、信号が多くて長い。右折信号がない。これなら素直に湖畔側から帰ればよかったと思った。少しは道を理解したのがプラスになったかもしれないが。
***
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オースター『ガラスの街』読了。うーん、面白いといえば面白いがよくわからないといえばよくわからない作品だった。うーん。ドンキホーテの作者は誰か、というような知的な謎解きをしかけて、この物語の構造全体を読者から煙に巻こうと言うか、そういう感じが面白いといえば面白いか。この小説を完璧に面白がるには私は、そのあたりの「文学史的な教養」が少し足りないなとは思った。ミルトンの失楽園から壮大なウソ話を作り上げるところとかも、ピューリタンの国アメリカではかなり常識的な部分なのかもしれないが、外国人である私には少し縁遠い、というところがあった。そういうものをエキゾチズム的な面白さで面白がるには少し知的過ぎるし、また私自身が若くない。そういう意味で少し不完全燃焼的な感じはあった。背景があまりなくてもおもしろがれる作品ではない。考えてみれば比較的そういう種類の小説であるレベッカ・ブラウンの作品だって、「アニーよ銃を取れ」とかを知らないとわけがわからないものだってあるのだし、やはり小説というのは背景があって成立しているものだなと改めて思う。ある意味現実のコピーだという一面がある。
考えてみると私は最近、現実のコピーみたいなものが面白くなくて、出来るだけ現実にはなさそうなことを書こうと思っているのだけど、そうするとあまり面白いと思われないのかなという気もする。現実の描写を面白いと思っていた時期もあるのだが、最近は反対の方向にベクトルが振れている。小説というのはできるだけ絵空事であるべきだ、という感じというか。現実と言うより日常と言うべきかな。まあオースターの小説は日常からどんどん離れて行ってしまうその感じは悪くないし、そこに作者自身が見え隠れしたりその姿をあらわしたりする感じはふざけていると思いつつまあいいんじゃないのと思う。この小説は最初ミステリーのニューウェーブとして現れ評価されたらしいけど、作者も困っただろうなと思う。逆に言えば、ミステリーのパロディーとして考えれば多分結構面白いんだと思う。私自身はミステリーを読まないからそれをパロディーされてもよくわからないのだが。
壮大なばか話やウソ話、肉感的な、あるいは軽いスカトロ趣味的な身体性とか、全体としてこういうのもいいなとは思う。それを十分に楽しめないのは、私自身の心の筋肉がまだ少し硬いからなのかもしれないなと思う。
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羽生善治・茂木健一郎『自分の頭で考えるということ』読了。これはわりとあっという間に読めた。対談本のよいところ。それに内容も面白い。私が面白いと思ったポイントを要約すると二つある。
一つは「全検索文化」と「美意識の文化」の対比。ネット技術、特にハード面の充実がもたらしたグーグルなどの出現が意味することは、コンピュータが「世界全てを検索する」という「全検索文化」を打ち立てたということだ、という話。いわゆる「人工頭脳」がソフトの工夫によって作られていくという希望は立ち消えになったが、逆に人類の情報すべてを検索できるようにすると言うグーグルの野望が思いもかけなかった形で「人工頭脳」的なものを実現しつつあるのではないかということ。たとえば将棋の手を、すべてを検索し計算することで、ひと昔前では考えられなかったほど正確に、「勝つのに最も適した手」を選べるようになりつつある。すべてを検索するというのはすごい労力だし、「つい検索してしまう」という悪癖が人の考える時間を奪っているというマイナス面もあるけれども、理論的には可能でも現実的には不可能であった「全検索」が実現されつつあって、それは人間の文化に大きな変化をもたらすのではないかということを、羽生も茂木も実感として感じている。これはよくわかる。
しかし、人間の棋士は「それがいい」と分かっていてもその手を差さないこともある。それは美学のようなものだと羽生は言う。美学と言うと弱くなるのが普通だが、たとえば谷川九段はその美学にはまることが出来るが故に強い、と言っていて、このあたりは面白いと思った。「全検索」と言うのは人類の今までの経験をすべて調べることが出来ると言う空恐ろしい概念だが、そういうことがもし可能になったときでも人間が勝てるところがあるとしたらそれは人間の文化、つまり美学とか美意識みたいなものではないか、という指摘が面白く、また共感し、また力強く思った。
もう一つは、「イメージの記憶」と「暗示的な記憶」の対比。「イメージの記憶」というのは、これがこうだったからこうなんだと鮮明に思い出せる記憶のことで、「暗示的な記憶」というのは心には上がって来ないけれどもたとえば「体が記憶した通りに」行動することが出来る、つまり暗黙知的な記憶のことだと思う。私はどちらかと言うと体で覚える的な暗黙知的な記憶というものに憧れているところがあって、意識しないで何でもやれてそれで何もかも思い通りに行く、というようにならないかと夢想しているようなところがあるのだけど、将棋の棋士は対局のあらゆる場面、あらゆる手、その時にどう考えてそうしたかとか、そういうことをすべてイメージ的な明示的な記憶として取り出すことが出来るのだという。羽生はそれを特別なことだと意識してなくて、茂木に指摘されてもピンと来ていなかったところが面白いが、確かにそこでとがめることが出来るのが茂木のセンスなんだと思った。
確かに、人間は自分の失敗や間違いを認めるのが嫌いだ。テストを見直して間違ったところを確認して次には間違えないようにしなさいと言っても、なかなかやらない。自分のミスに直面するのが不快だからだ。しかし逆に言えばその不快を乗り越えて自分が何を間違えたかを常に確認しながら進んでいけば確実に前に進めるということもまた確かなことで、またそうすることで自分自身が鍛えられ、その不快に打ち勝っていくことが出来るという面もある。
まあそれは建前としては正しいし、だからこそ羽生も「普通そうなんじゃないか…」というわけだけど、みんな口ではそう言っていてもなかなかそうはしない、と茂木は言う。その指摘もまた正しい。だから明示的な記憶として過去の記憶を呼び出し、それを現在の選択に生かすということを最もやっているのは棋士たちだ、という茂木の指摘は正しいだろう。ではなぜそれが出来るかというと、間違いを認めるという不快さとともに、おさらいしてみることで新しい発見があって面白いからだ、と羽生は言う。これもまたその通りで、いわゆる「勉強のできる人」というのは、最初から間違えない人は別として、間違いに気づいてそれを直して行く過程で発見できるいろいろなことを面白く感じる人、なんだと思う。
人生についてもそれはそうだろうな。過去についてくよくよしても仕方がない、ということもまた一つの事実なのだけど、考えて次は間違えないようにする、ということが出来る部分なら考えて意味がないわけはない。まあたいがいは考えたり人に相談したりしてもどうすればよかったのか正しい答えが出ないことが多くて、そうなるとまた同じ間違いをする危険があるから間違えそうな場面になるとひるんだりするようになって別の問題を抱えて行くことになったりするわけだけど。
問題は、一つ一つのことをきちんと記憶しておければいいのだけど、だいたい自分の都合のいいようにしか記憶できないわけで、だからその記憶をもとにいろいろ考えても妥当な結論に至らない、ということになるのだろう。物事を主観的に出なくある程度以上客観的にみられれば、もっとイメージ記憶を生かした人生を送りやすいんだろうなと思った。
まあそういうこともまた、こんなふうに「書いておく」と、あとで見なおしてこのときこんなふうに考えていたけどこんなところが見えなかったなあとか、あとになって考えることもできるということもあるだろう。あんまりそういう目的で書いているわけでもないんだけど、思わずそういう効果があるときもたまにある。それをネットに曝しているから私の文章自体が全検索の対象になっているわけだが(笑)、でもそれが記憶として一番生かせるのは私自身なので、まあそんな効能もあるんだなということを考えてみたりもした。
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