塩野七生のタイプの男/「音楽なしに生きていくことは出来ない」
Posted at 10/08/31
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一昨日買ってきた塩野七生『ローマ人の物語』、いま40巻の94/143ページ。今までずっと皇帝が主人公だったのに、この巻はミラノ司教アンブロシウスが主人公になっている。時代から言えばローマ帝国の東西分裂前の最後の皇帝、テオドシウスの時代なのだが、アンブロシウスのほうが重要なのか。と思いつつ百科事典などを調べてみると、確かにアンブロシウスという人物がずいぶんやり手であるということがわかった。ローマ市出身で元老院議員の家庭に育ち、「名誉あるキャリア」を重ねているうちにミラノで司教に推挙され、以来キリスト教正統派(アタナシウス派・カトリック)の国教としての地位確立のために尽力して成功している。皇帝すらものともしない勢いだ。教会史の上では「教父」の位置づけで、後の最大の教父・アウグスティヌスを回心させたことによって教会史の上でも不動の地位を占めるようになったらしい。キリスト教聖職者が時代精神の体現者として現れてきたのだから、時代も変わり、「ローマ」も終焉に近づいた、ということは否応なく感じさせられる。
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まあそれにしても、塩野七生の歴史ものというのは昔は本当に没頭したのだが、最近はどうもそうでもない。去年でた『最後の努力』の巻(35~37)は前半がディオクレティアヌス、後半がコンスタンティヌス(大帝)が主人公なのだが、前半はともかく後半はほとんど印象が残っておらず、今年の巻がコンスタンティヌスの話から始まると思い込んでいたので読み始めたらコンスタンティヌスの死の話からはじまっていたからちょっと戸惑った。今見直してみたらコンスタンティヌスの巻には結構傍線が引いてあって、「お勉強」という感覚では読んでいたことが分かる。コンスタンティヌスは「最初の中世人」であったとか。でもまあ、作者の塩野自身が多分この人物にあまり思い入れがないのだろう、客観的に冷静に描いている感じがする。
それに比べれば、今年の巻のユリアヌスは魅力的だ。そして、アンブロシウスもまだ読みかけだが塩野のタイプの男であるように思われる。それぞれ欠点・弱点、イヤなところなどそれぞれありそうだけど、人間として好きになれるか、魅力を感じるかが作家としての塩野にとって大きなポイントであるわけだ。だからこそユリウス・カエサルをハードカーバーで二冊分、文庫本では6巻にもわたって書いたのだろう。
ふと思ったが、塩野にとってのカエサルは『源氏』で言えば光源氏のような存在で、とにかく人間として男としていうところがない、まあ人間らしい欠点はあるが、いわば神の様なものだが、ユリアヌスとかアンブロシウスの魅力は源氏物語で言えば薫とか匂宮の魅力、不完全であるがゆえに魅力的だというものに近いのではないかと思う。完成された神の時代から下って、不完全な人間たちの時代になり、誰もがすべての徳性は持ち合わせていない時代。そんな構造を吉本隆明が描いていたのを読んで源氏物語の見方がすっかり変わったことを思い出すが、そんな図式がここにも当てはまるように思った。
***
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昨日は午後でかける。どこにいくという当てもなかったのだけど、なんとなく自分の勘に頼って日本橋で降りる。「何か今後の自分にとってプラスになるものに出会う」ということをテーマにして、何かを探すつもりで歩いていた。どこに行ってもよかったのだけど、結局丸善に行く。なんとなく一階をまわり、二階を見て山岸涼子『常世長鳴鳥』(潮出版社山岸涼子スペシャルセレクションⅦ、2010)を買う。中身がよくわからなかったから古代史ものかなと思って買ったのだが、現代ものの短篇集だった。でも山岸の作品は、短篇の書き方についていろいろ示唆されるものがある。まだ少ししか読んでないが。
『今後の自分にとってプラスになるものに出会う』という念じはまだ達成されてないので、3階に上って芸術書のコーナーに行った。いろいろ立ち読みしたが、強く惹かれたのがニコラス・アーノンクール『古楽とは何か』(音楽之友社、1997)だった。3500円と値が張るので一瞬躊躇したが、「プラスになるもの」という直感は「これを買え」と言っている。よし、と思って手に取ってレジへ向かう。
![]() | 古楽とは何か―言語としての音楽ニコラウス アーノンクール音楽之友社このアイテムの詳細を見る |
「中世からフランス革命に至るまで、音楽は文化や人生の大黒柱の一つだった。音楽を理解することは一般教養に属していたのである。今日では音楽は、……虚しい夕べを飾り、……単なる装飾と化してしまっている。……現代人にとっては、自動車や飛行機の方がヴァイオリンよりも重要でかちがあるし、コンピュータの配線図の方が交響曲よりも重要なのである。……よく考えもせずに、快適さというけばけばしいブリキ細工のために人生のアイデンティティを放棄しているのだ。そしてわれわれがほんとうにひとたび失ってしまったものは、もう決して還ってこないのである。……音楽がもはや人生の中心に存在しなくなってから、すべてが変わった。装飾としての音楽はまず第一に<美しく>あらねばならない。……私は、われわれの文化とともに<生きる>ということが、ヨーロッパの精神性の存続のために決定的な意味を有していると深く確信するものである。……われわれはみな音楽を必要としている。音楽なしに生きてゆくことは出来ないのである。」(「音楽と人生」p.8-13より)
アーノンクールは古楽派の指揮者として名前は知っていたし何度も聞いたことがあるのは確かだが、あまり印象に残る人ではなかった。古楽について人が語っているのを聞いても、なんだか何を言いたいのか何を目指しているのか全然わからなかったのだけど、彼が音楽家であると同時に思想家でもあり、古楽というのがその思想的実践、つまり運動であるということが目が覚めるような鮮やかさで納得できた。音楽は人生の大黒柱の一つ。なるほど。それは音楽家にとってだけでなく、音楽を聴くすべての人にとってそうだったのだ、という力強いテーゼ。音楽が「現実」よりも重要でないというのは虚構なのだ、という宣言。これは目が覚めるような感じがする。
私の中でこの両者は、ずっとせめぎあうものだった。音楽というよりは、芸術全般なのだけど。芸術に浸っていると現実に置いてきぼりにされる感じがする。現実にのみ処していると生きるのが嫌になってくる。しかし、現実の世界の中で芸術の占める位置は部分的なものだと最近そういう気持ちが強くなってきていて、でもそういう部分的なものが自分にとっては大切なんだけど、誰にとってもそうではないのが現実なんだよなあ、となんだかちょっとふてくされたような感じがあった。だから、芸術を志すということは現実の世界の中で「余計物」になることであり、現実とは隔離された小部屋で好きなことを書いたり読んだりしているはみだし者である、という感じがしていた。そのはみ出しものになるという「美学」も日本にはあるような気がするけど、なんかそういうのもあまり面白くないという気がしていた。アーノンクールのテーゼはそんな認識にガツンと一発食らわせるようなものだ。
芸術こそが<現実>なのだ。便利さよりも快適さよりも、音楽の方が人生の根幹に関わる問題なのだ。芸術に関わることは人生から避難することでも道を外れることでもない。それこそが<生きる>ことなのだ。このテーゼがあって初めて、人は迷いなく芸術に取り組むことが出来る。そんなことはいわれなくてもそうだ、とその道にいる人の多くは思うのだろうけど、私はそうではなかった。いつでも、自分のやっていること、やろうとすることの「現実における意味」だとか「現実に対してどう意味を持つか」ということを考えていて、自分のやりたいことは現実に対して意味を持たないなあと溜息をついたり、それなら何で私はこれをやっているんだろうと自問自答を繰り返したりということをしてきた。
そんな自分にとっては、アーノンクールのテーゼは重要だ。どんな仕事をするにしても、自分の仕事が世の中で一番大事な仕事なのだと確信しなければやれない。アーノンクールはそう言っているのだと思う。何を譲ってはいけないか、ということがわかった気がする。
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