いい気なもんだね/世の中を面白がりすぎ
Posted at 10/08/27 PermaLink» Comment(3)» Tweet
レベッカ・ブラウン『家庭の医学』(朝日文庫、2006)を読み始めた。今、レベッカを三冊並行して読んでいる。一つを一気に読んでもいいのだが、結構どの本も重くてお腹いっぱいになりがちなので、別腹に入れているという感じだ。『家庭の医学』は彼女の母親が癌を発病し、その闘病と看病の話、だったと思う。いま「貧血」と「薄暮睡眠」の章を読み終えた。この本は、こんなふうに医学用語を章の名前に立てていて、それで最終的に本全体の題名が『家庭の医学』になっているわけだ。現在30/169ページ。訳は他の本と同じく柴田元幸。少し字が大きめで、厚さも手ごろ。どんどん読み進められる感じが、他の本より少し軽い感じはする。軽いったって母の病気と死の話なんだから普通の意味で軽いわけではないけど、なんとなく他の本にある重さが少ない感じがする。それは『体の贈り物』の時も感じたな。彼女の実録的なものは、悲しみとかそういうものが抑えて書かれているので、むしろそういう透明感がある感情のようなものがとてもすうっと入ってきていいなあと思う。この話の中のレベッカは普通の娘として、普通の母と会話をし、普通に悲しがり、治らない病気に対しても普通に希望を持ち、普通に母を励ましたりしている。その繊細なバランス。
家庭の医学 (朝日文庫)レベッカ ブラウン朝日新聞社このアイテムの詳細を見る |
昨日は午前中、会計事務所で話をしていたら11時を過ぎてしまい、それからディーラーに電話をして車検証を取りに行った。帰りにmixiで教えてもらった村上春樹の短編を読むためにそれが掲載された『中国行きのスロウボート』を買いに書店に寄る。しかしない。田舎には村上春樹の文庫本さえないのかと疲れていたせいもあって久々に怒りを感じ、意地になって三軒書店を回る。携帯で検索してみたら、『中国行き…』は中公文庫だということが分かった。あちゃー、中公文庫か。それはないかもしれないな。講談社文庫か新潮文庫なら大体あるだろうけど、中公文庫ではなあ。そのあたりのところが、出版社の足腰ということになって来るんだなあと思う。もちろん中央公論なんていい会社だと思うけど、いい会社でいい本を出しても田舎の人には本は回らないんだ。amazonで買ってもらわない限り。それが「システム」の現実なんだなあとほろほろと苦くなる。結局、『中国行き…』は買えなかった。東京に戻ったときに買おう。それにしても村上春樹の文庫本を買うために大都市の大きな書店に行かなければならないなんてねえ。ガソリンを入れて帰宅。
朝は最近めっきり涼しい。9時を過ぎれば外を歩くのは大変になるし、午後には冷房のない自室にいるのはかなりハードではあるが、冷房のきいた室内にいると調子を崩すので、暑いほうがましだ。そう言えば、会計事務所はがんがんに冷房を聞かせてくれていた。もちろんサービスのつもりなんだろうけど、ジャケットを着ていても寒かった。母はちょうどよかったと言っていたから、私の冷房過敏がちょっと激しいということなんだなと思う。しかし、くしゃみをしたりして軽くひいていた風邪が耳鼻の方に残って、やや副鼻腔炎的な感じになっているのは、どこかで冷やしてしまったせいなんだろうと思う。風邪をうまく経過させられなかった。ちょっと活元運動をしなければと思う。
昨日の朝『モーニング』を買ってきて一通り読んだが、昨日から今日にかけて何度も読み返し、いつもは飛ばすところも結局しっかり全部読んだ。巻頭カラー4ページが「ポテン生活」の落書き特集で、すぐに「宇宙兄弟」がはじまる。せりかさんがお医者さんだったこと、なぜ医者を志し、そして宇宙飛行士を志したのか、ということとシャロンとの出会いが重なる。続いて「ジャイキリ」いつまでももたもたしている椿に村越は…それから「ReMember」王欣太、ってこんな感じなのか。面白くなってきた。ザジとジーザス。「この世から真実が一つ残らず消し去られようともきっと俺たちの戦う道はあるはずなんだ!」「ルナ」も面白くなってきたし、「ねこだらけ」も初めて面白いと思った。「ピアノの森」は何とも言えない展開。感想サイトを読んでたら「せつない」と書いてあったけど、それ以外に言いようがない。「誰寝」マキオちゃんネタ。面白い。
「OL進化論」残業中の人たちに買い出しに行くからと注文を取る。遠くのコンビニにあるパスタを買って来いと贅沢すぎる注文をする女性に、こうだったらこう、こうだったらこうと細かすぎる注文をする男性。それを聞いていて、「何でもいいよ」と気を使い過ぎる注文をする上司。お題は「過ぎてる人々」。これはうまいと思った。
確かに、贅沢を言わない女性に細かいことを言わない男性、とかだったらギャグとかコメディーにはならない。ああつまり、ギャグとかコメディーというのは、人間の欲望とか微妙なおかしみを笑う、つまり人間観察がポイントになっているんだなと改めて思う。こう書いてみると当たり前のことなんだけど、落語とかなら与太郎ものとか「バカを笑う」という結構きわどいものもあるし、でもバカを笑うだけでなくその視点から見た普通の人間のおかしなところ、筋の通ってないところを笑うという人間観察の相対化みたいなところが面白かったりする。私は昔、けっこうシリアスなものを読んだり、ないしは真面目な話を聞いててつい吹きだしたりして結構顰蹙だろうなあと思ったりなんか本気で怒られたりして気まずいことがよくあったのだけど、深刻になればなるほどおかしかったりするのだ。
一番まずかったのは中学生の時、とある生徒のお金がとられたと言う事件があって全校生徒が講堂に集められ、教頭先生がどういうふうにお金が置いてあってどういうふうに無くなったのか、という話を真剣にしていて、生徒も教員も押し黙って聴いているときに、私はその話し方が可笑しくて吹きだしてしまって、周りの生徒からも先生からも睨まれた、ということがあった。いやああれはまずかった。でもおかしいものはおかしいんだよな。でも怒られるのも分かるんだけどね、当然。
まあそれは周りの空気を読んでないということだし、みんなまずいことが起こったと思ってるし、この中の誰かが盗んだんだと思えば嫌な感じがするし、場合によっては自分が疑われるかもしれない、ないしは何人かが共犯で盗んだのかもしれなく、それを知っていて「やっべえよ」と思っているのもいたかもしれない。今書いているうちにそうだよなあと思ってきたが、その時の私はそんなこと全然考えてもいなかった。空気は読めないし人の気持ちの分からないやつだな、昔から。でもおかしいものはおかしいんだよ。
いやあこの話はさすがにギャグにはしにくいな。ただの変な生徒だな、当時の私は。っていうか、思っていた以上に能天気だし、思ってた以上に自分の世界の中で自己完結していたんだなと思う。何かでも、真剣だったり深刻ぶったりする人がいると茶化したくなる悪い癖があるのは多分今でも残っている。自分が真剣だったり深刻だったりするときは自分に酔ってるから分からないんだよな。ああ徹底的にいい気なものだ。
いやあ、そうだな。自分が言われて一番ドキッとする言葉って、「いい気なもんだね」と言われることだな。本当だから。自分だけで楽しんだり、面白がったり感動したりするのが実際本当に得意なんだと思う。場違いなことをやったり場を白けさせたりするのも結局自分だけの感覚で対応しているからなんだなと思う。
だから、話が分からないとか、人が感心してるのに自分には何がいいのか分からないというときは、本当に戸惑う。そういうときは多分無意識に全力で分かろうとしたり感じ取ろうとしている。置いて行かれるのが本当に悔しい。たぶんそんな思いを普段周りにさせているバチみたいなものなんだろうけど。自分以外の人たちがみんな『赤毛のアン』の話を思い入れたっぷりに話している席にいた時は本当に参ったなあ。あの話、私には多分何がいいんだか全然わからない。っていうか、おそらく私は中一の国語の教科書に掲載されていた部分しか『赤毛のアン』を読んだことがない。いや、『五年の学習』とかで読んだことがあるかもしれないけど、いずれにしても本当に断片的に、本当に一部だけなのだ。その時私の他にいた男性教員は国語の人で新婚旅行の時にプリンスエドワード島に行ったというつわものだし、そのほかはみんな国語の女性教員だったから、何ていうかその話題のときのオーラたるや。私がそのことについてコメントできるのはプリンスエドワード島は一つの島でカナダ連邦の州になっていて…とか今考えても確かに全く話がずれていることしかしゃべってなかった(悪い意味で社会科の教員)から黙っていろと言われてしまったけど全く場違いもいいところだった。あれは悔しかったが、しかしあのときは悔しかったからと言って『赤毛のアン』を読もうとは思わなかったな、そう言えば。ああ、今思い出しても悔しい。(笑)
でも、人の分からないものを分かりたい、楽しみたいという気持ちは子どものころからずっとあった。中学の時にマグリットの絵が好きになり、それからしばらくシュールレアリスムにずっと関心があったのも結局そういうことだったなと思う。でもそういう意識というのは、鑑賞には大事な要素だなと思う。自分の知っている範囲、理解できる範囲で楽しめばいい、という気持ちで臨んでしまったら、時代を超える新しいものを作り出そうとしているアーティストの作品は楽しめない。新しいものを作り出したいと言う人がいて、新しいものを楽しみたいと言う人がいるからアートというものは進歩するのだし、また人類が「楽しめる」ことの幅が広がっていけるのだと思う。人間には「趣味」というものもあるし、年を取って来ると自分なりの「趣味」もはっきりしてくるから、楽しめる幅と言うのはおのずとせまくなる傾向はあるが、それでも「面白そうだ!」というものが「面白い!」になった瞬間にはこたえられないものがある。おもしろそうだと思ったけど実はガラクタだった、ということももちろんあるけど、そういうものに引っ掛かった自分がまたおかしかったりする。
ああ、文章が何か妙なテンションになってきた。もともと何を言いたかったかと言うと、レベッカの「結婚の悦び」にしても「私たちがやったこと」にしてもレベッカの意図としてはある種のギャグというかジョーク、真剣な顔をしてでたらめなことを語るアイルランド的な冗談話みたいな要素もあるんじゃないかということを思ったということだ。明らかにふざけているから。冗談の中に真実を滑り込ませるのが上等なもの、という一つの定番があるけど、まあ最近の世の中の傾向(っつてももうその傾向は変わってるかな、最近映画あまり見てないから映画の傾向とかはよく分からないし)はエスカレートして冗談というよりは悪ふざけの中に真実、という感じになっている。この二つの作品がうまく映画化されたら、多分すごく面白がるんじゃないかという気がする。今までその路線で一番好きなのはズラウスキの『狂気の愛』だったけど、まあレオス・カラックスなんかも根本的にはその路線である気がする。
そうだなあ、私の欲望って、世の中を面白がって、笑い続けているのが根本的ものなのかもしれないなって気がする。しばらくの間、ちょっとシリアスに傾き過ぎていたのかもしれない。笑ったら怒る人たちがいっぱいいるから、困っちゃうんだけどね。笑ったり、感動したり、楽しんだりすることをもっとちゃんとして行かないといけないなと思う。冗談は味方、シリアスは敵?
ま、シリアスになる、というのは武道で言えば「居付く」という現象であって、たぶん精神的に縛られてしまっている状態、と言っていいのだと思う。まあ人間だから感情や思いにとらわれて動けなくなる時もあるけど、そういうのはほどほどにしておいた方がいい、ということでいいのではなかろうか。
***
今日昼過ぎ、思い立って足を伸ばして岡谷の本屋に行って探したら、『中国行きのスロウボート』があった。ついでに自然食品店でパンを買ってきた。湖畔の日差しはまだまだ夏だった。
中国行きのスロウ・ボート (中公文庫)村上 春樹中央公論社このアイテムの詳細を見る |
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"いい気なもんだね/世の中を面白がりすぎ"へのコメント
CommentData » Posted by shakti at 10/08/29
レベッカブラウン、僕も興味ある作家。一冊は英語で購入したが、まだ最初だけ。
で思うのだけれど、少女漫画作家で有能な人に漫画化してもらったらどうだろうかと思う。
CommentData » Posted by kous37 at 10/08/30
まんがねー、うーん。
映画化は想像がつくんだけどマンガはねえ・・・
「体の贈り物」とか「家庭の医学」の看病ものだったらできるかな。でもレベッカの作品って、マンガより映画の方が生きる気がするんですよね。
CommentData » Posted by shakti at 10/08/30
>マンガより映画の方が生きる気がするんですよね。
あ、そうかもしれませんね。
何かの映画で、ええと、バージニアウルフと1950年代と2000年くらいの女性たちをシンクロさせた映画なのですが、そのなかで、2000年ではある女性が昔の恋人の不治の病の部屋を見舞うようなシーンがあります。そのときに、あ、レベッカとか思ったりしました。
そして、やっぱり、圧倒的にアメリカ映画でしかありえない。だから、映画がふさわしい。
kousさんも、漫画=日本漫画だと思ったから、漫画化は想像つかなかったのですよね。アメリカの漫画なんて想像もつかないし。