遠山美都男『蘇我氏四代』と山岸涼子『日出処の天子』
Posted at 10/06/23 PermaLink» Tweet
今日も、なるべく余裕のあるように過ごしているせいか、ブログを更新する気持ちが起きてきた。昨日帰郷。前夜に食べきれなかったものをお弁当にし、それでも足りないので東京駅のエキュートで大地を守る会のヘルシー弁当を買う。特急の車内では、主に遠山美都男『蘇我氏四代』(ミネルヴァ書房、2006)を読んでいた。この本、結局一気に読了した。とても面白かった。
蘇我氏四代―臣、罪を知らず (ミネルヴァ日本評伝選)遠山 美都男ミネルヴァ書房このアイテムの詳細を見る |
推古女帝が亡くなると敏達天皇の孫にあたる田村皇子が舒明天皇として即位するわけだが、その前後に蘇我馬子も聖徳太子もなくなり、新しい時代に入る。これは欽明天皇がなくなる前後も同じで、蘇我稲目が亡くなって大臣は馬子になり、以後は欽明の子女が次々に敏達・用明・崇峻・推古と四代続けて即位する。その時期が馬子の時代だ。宣化・欽明兄弟と稲目の時代の次が敏達兄弟と馬子の時代ということになる。稲目時代と馬子時代の違いは、馬子時代の長期にわたる後半の推古時代に厩戸皇子、すなわち聖徳太子の執政期があったということだ。
遠山はこの時期を、飛鳥の地に飛鳥寺と飛鳥小墾田宮という都城を築いた推古・馬子に対抗し、というよりはむしろ先取りして斑鳩に斑鳩寺と斑鳩宮を建てた厩戸皇子、という図式を作っていて、これはなるほどと思った。実際、考古学的な調査によると条里計画的にも斑鳩の方が進んでいたらしく、厩戸皇子は明らかに次期王権の都城としてこの斑鳩を築いたのだ、という見解は納得させられる。そして、厩戸皇子がこの政権において担っていたのはもっぱら外交であり、そのためにより難波に近い斑鳩にそのような都城を築くことを許されたのだ、というわけだ。寺と宮を築くということが当時において王権の表現であったという解釈で、大変わかりやすい見解だと思う。妥当性については専門外なので判断しかねるが、門外漢に対して説得力はかなりあると思う。
この解釈は立体的で推古時代をとらえる大きな手掛かりになると同時に、大山説を中心とする「聖徳太子非存在説」に対する大きなアンチテーゼになっている。つまり厩戸皇子は飛鳥に対抗し、ないしは飛鳥を先駆ける都城を自らの基盤となし得た、それだけ強大な力を持ち、あるいは持つことを許された存在だったということで、その事績や日本書紀の彼に関する記述をどう解釈するかはともかく、存在としては十分に強大なものとしてあったということになる。そういう意味でも読んでいて面白かった。
このあたり読みながら当然のごとく『日出処の天子』の場面がいろいろと浮かび上がってくる。馬子や蝦夷のところの記述も読んでいるとマンガの場面が思い浮かぶが、遠山は山岸とはかなり違う解釈を取っている部分も多い。まあその差異もまた面白いということなのだが。マンガではただ状況に翻弄されるだけの馬子の正妻(物部守屋の妹)が、実は率先して兄を滅ぼすことを唱えたという記述があるらしく、へええと思う。
話を元に戻して推古の死後舒明が即位した際、推古は田村皇子と山背大兄皇子を呼んで遺言を伝えたという。それは内容的には田村皇子が即位し、山背はいつか天皇(遠山は大王と書いている)になるという内容だったというが、山背はいま自分が即位するという内容だと思ったらしく、かなり強く各所に働きかけたのだという。それは蝦夷の説得で落ち着いたが、厩戸皇子の後継者であるが未熟な山背が斑鳩という飛鳥に対抗する都城をもつという不安定な状況を意味した、という解釈もまた面白い。厩戸は自らの遺産を確実に子孫に継承させるため、山背を異母妹の春米(つきしね、春の日は正確には臼)女王と結婚させた。推古も敏達の異母妹であり皇后であり、そうしたケースはあったのだという。
蝦夷は舒明に推古の遺志をついで飛鳥に強大な都城を築くことを期待したが、舒明は敏達の孫であるという正統意識に基づいて用明以前に王城の地であった磐余(神武天皇のいみなであるカムヤマトイワレヒコノミコトのイワレだ)に宮と寺を築いたという。それが百済宮であり百済寺なのだそうだ。しかし舒明の死後皇位を継承したのは舒明の太后・宝女王で、皇極天皇となった彼女は百済の地を見限って飛鳥に戻り、蝦夷の望んだとおり飛鳥板蓋宮を建築することになる。のちに再び位について斉明天皇となる彼女は、建築道楽?だったということは知っていたが、即位してすぐそういう命令ばかりだしていることは今回初めて認識し、なんだか飛鳥のマリ・アントワネットとでもいうべき人物だなと思ったりした。
彼女の在位中に蝦夷は引退し入鹿が後を継ぐが、入鹿は天皇の意思をかなり強引に実行しようとしたと遠山は解釈している。皇極が入鹿に蘇我氏の廟所の建設に上宮、すなわち斑鳩宮の人民も動員させたことを春米女王が批判している言葉が日本書紀に載っている。この言葉が載っていることは以前から認識はしていたが、これが春米女王の言葉だということは認識していなかった。『日出処の天子』の後日譚として文庫に収録されている『馬屋古女王』には山背の妻として色々苦労する春米女王が出てきてちょっと萌えを感じるキャラなのだが、実際にはそんな言葉が日本書紀に載せられ、また遠山の解釈によれば入鹿だけでなくそれを許した皇極女帝さえ批判していることになっていて、つまりこれは「女の戦い」だったということになる。たしかに女帝にしてみたら自らの都城に勝るとも劣らない都城を持った有力な皇位継承資格者の一族など、目の上のこぶ以外の何物でもないだろう。女帝は前天皇の姪であり太后ではあるが家系的には敏達天皇の曾孫で、用明天皇の孫・聖徳太子の長子である山背に何も感じないかといえば難しいところはあったかもしれない。
まあ結局、上宮王家滅亡は入鹿の専断ではなく皇極女帝の意思の反映であったというのが遠山の解釈で、なおかつ大化の改新さえ古人大兄皇子をかついだ入鹿に対抗しようとした軽皇子(皇極の弟、改新後の孝徳天皇)によるクーデターだという見方を示している。遠山によると即位の資格を得るには30歳以上という目安があり、中大兄皇子はまだ資格がなかった、というのがその根拠なのだが。
まあこのあたりはやや苦しい感もあるのだが、新解釈としては魅力的なところが多いなと思った。特に期待したわけではなかったけれど、面白い本だった。
夜まで仕事をして帰宅、夕食、入浴、就寝。早めに寝た。朝は少し瞑想状態に自分を置く時間を長くした。白湯をなるべく飲むようにしている。
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