すべてを知っている存在/死に向き合った体験/潔癖への傾き
Posted at 10/03/10 PermaLink» Tweet
昨日帰郷。地元の自然食のパン屋でメンチカツバーガーとアップルタルトを買い、東京駅に出て、丸の内丸善で『おもいでエマノン』と『さすらいエマノン』を買う。新宿12時発の特急。車中で二冊とも読む。エマノンとは生命の誕生以来の記憶をすべて母子遺伝で覚えているという存在で、『おもいで』でも『さすらい』でも基本的に17~18歳くらいの女の子で出てくるが、常に煙草を口にくわえ、洗いざらしのジーンズにセーター、そばかすのすっぴんの顔に真ん中わけのロングヘア、という感じだ。語り手はカーフェリー「さんふらわあ」の二等船室で乗り合わせたエマノンといろいろな話をするが、親しくなった翌朝には彼女は消えている。
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エマノンというの存在にひかれるのはたぶん、この少女がこの地球上で起こったことをすべて記憶している存在で、「何もかも」を知っているからだろう。若い頃は特に、そういう存在を誰かに投射して求めていた記憶が私にもある。それは確かに若い女性だったことが多い。知識や経験の積み重ねで知るのではなく、先験的に何もかも知っている存在。賢者とは通常大人の男、あるいは老人であることが多いけれども、経験や知識ですべてを知ったのではない存在は、むしろその正反対である若い女性に奇蹟を投影してみたくなるのではないかと思う。経験によって極めた知ではなく、最初から、すなわち生まれた時から本質をつかんでいる存在であるものに、私は昔から憧れのようなものを持っていて、たぶんそういう部分は今でもある。
それはある意味、「神は最も無垢なものに宿る」というある種の信仰的信念の投影でもあるだろう。しかしこういうイメージを持っていると、経験を積み重ねて知を極める老賢者などというものは全然魅力的に見えず、自らの成長の指針というようなものにはならない。成長というものを善として一つの修得すべき徳として考えるならば、年齢が増していけば人はよりよくなるというのが正しい姿であるけれども、そうでない例はもちろん数多い。子供のころは、人間という存在をより刹那的なものとしてとらえる傾向はある。私は「成長」というものを信じていただろうか。そして今でも信じているのだろうか。
実家の駅で降りると雪景色。家に戻り、支度をして職場に出る。天気は荒れ模様。夜になって雪が激しくなる。人が訪ねてきてしばらく相談に乗る。ちょっとしゃべりすぎたのか、咳き込んだりする。大分ましにはなったが、まだのどの調子は万全ではない。
今道友信『エコエティカ』。倫理というのは善悪を処断して身動きが取れなくなる不自由なものだという印象があったけれども、そうした「心を縛る」ものとしてというよりは、行動の指針になる「大事にすべきもの」は何かということを考えるもので、だからそれは時代と状況の変化によってかわりゆくものなのだということが分かって少しこういうものに関心がわいた。心の問題として様々なものの価値を考え、善悪を考え、行動の指針を作っていく、ということなんだろう。
キューブラー・ロスの『「死ぬ瞬間」と死後の生』は、子供のうちに死を受け入れざるを得なくなった子どもたち、子供のうちに親や兄弟が死ぬことを受け入れざるを得なかった子供たちの話が続く。大事なのは「死を受け入れること」だとロスは言う。私もずっと父のそばについていたので、その体験が貴重であることはよくわかる。ただこれって、誰でも理解できること、だれでも受け入れられることなのかなあと思う。父の死と向き合えた一月弱は自分にとって貴重な、何物にも代えがたい期間であることは確かだが、病院や主治医の対応という面でいえばある意味最悪の体験だった。しかしそれは特定の病院のせいではないのだと思う。私自身は死ぬときは病院では死にたくない、と思う。昔の人みたいに畳の上で死ぬのがいい。誰かと語り合いながら、というのがいいなと思う。死というものの体験のある種の神秘性というのは、一緒にいても何も感じない人もいる。それは神社にお参りに行ってもその聖性、そのすがすがしさのようなものについての感覚があまりない人もいるということとほとんど同じことではないかという気がする。そういうものって、やはり持って生まれたものではないかなあと思ってしまうと、先に書いたような先天性神話のようなものにまた帰着してしまわざるを得ないのだが。
「死ぬ瞬間」と死後の生 (中公文庫)エリザベス キューブラー・ロス中央公論新社このアイテムの詳細を見る |
10時過ぎに帰ろうとしたら雪が車にびっしりついていて、フロントガラスの雪はワイパーでは取れず、結局四方の窓ガラスとライトを傘で払った。帰着したのはずいぶん遅くなってしまった。夕食を食べて、入浴はやめて、足湯だけして寝た。
今朝は一面の雪景色で目が覚めた。朝食前に雪をかき、朝食後も雪をかいたら疲れが出たらしく、午前中は何もせずに、というかできずにひっくり返っていた。11時くらいになってようやく起きだし、銀行に行って郵便局に行って職場によって図書館に行ってコンビニに寄って帰ってきた。
体温は37度台前半から36度台後半を往復している感じで、少し上がると体の調子はいいが頭がぼーっとし、少し下がると頭はすっきりするが体が何かかったるい、という状態を繰り返している感じがする。昼食後わりと頭がすっきりしたのだけど、なんだか物事に対するやる気のようなものも毒素と一緒に抜けていっそすっきり、みたいな感じでどんなもんだろうと思う。やはり私は根本的に、努力によって伸びる力、みたいなものに根本的に価値がおけない精神構造をしてるんだなと思ってしまう。もちろんそれは生きる上ではとても大事な力だし、それがなければ生きていけないしたつきを得る仕事も成り立たないけれども、自分がほしいのはどうもそういうものではない。努力によって山を貫くとか、そういう話は本当にすごいと思うけれども、何がすごいかといえばその山を貫くという天啓そのものがすごいと思うのであって、人はそれに忠実に行動したにすぎないのだと思う。
そういう人間にとって成長とはどういうことなのかといえば、「努力によって積み重ねること」、ではないと言わざるを得ない。しかし努力のない人間に天啓が下りるということもまたあり得ないのであって、正しい努力が天啓のためには必要だということには同意できる。伊能忠敬なんかは誰にやれと言われたわけでもないのにああいう勉強を始めてついには日本全国を測量して地図を作ってしまったわけだし、ギボンなんかもだれにいわれたわけでもないのにある日突然『ローマ帝国衰亡史』を書き始めたりして、ああいういきなりの感じが私は好きだ。
たぶんすっきりしただけでは頭や体や心が空っぽになっただけで、まだ満ちてきていないということなんだろうと思う。イメージが自然にわいて気はするようになったのだけど、まだ言葉になるほど明確なものではないし、書きとめようとすると壊れてしまう。「ずっとやりたかったことをやりなさい。」のことを考えていても、どうもそのわざとらしさというか策略的(というか方便的な部分の感じ)な感じがすごく鼻についたり、ニュートラル以上に潔癖的な傾向に心が傾いている。もう少し満ちてくるとそういうことに対する許容力も上がると思うし、まあ心と会話をするのもそうなってからの方がいい気がする。
人間は、何も分からないから、何もかも知っている存在に憧れるんだろう。「知ってそうに見える」人にだまされるのはもうごめんだが、人にものを教えるという仕事はそういう信頼感を演出する必要もある。というか、必要以上に謙虚ではいけない。できれば、何でも知ってるというところを見せて、そのうえで「まだまだ全然知らない」という本音を語れば「知るということの遠い道のり」を感じてもらうことが出来ていいとは思うが、そんな気の利いた事をして通じる相手もどのくらいいるのかなと、ああやっぱりちょっと潔癖的に傾きすぎているな今は。
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