2009年とツイッター/物語と「他者」/よいお年を

Posted at 09/12/31 Comment(2)»

今日は大晦日。今年は本当にいろいろなことがあったが、まだあまり振り返る心境になっていない。12月4日に父がなくなり、まだ四十九日も済ませてない、という喪中の状況もある。とりあえず動き出している今の状態をとめてしまいたくないと言うこともある。年は2009年から2010年になるが、私の中の連続性を回していきたいと思う。

昨日の朝は、原口総務大臣とツイッターでやり取りが出来たのが面白かった(そういえば、鳩山内閣の成長戦略というものをまだ読んでない、いつ読めるか)が、今日はしりあがり寿さんのアカウント経由で装丁家の祖父江慎さんを発見した。プロフィール画面の背景もさすがにセンスがいい。本当にいろんな人の人となりを感じることが出来て、ツイッターと言うものは面白いと思う。わたくし的に、2009年のネットでの最大のヒットだと思う。

小林秀雄をこえて―対談評論 (1979年)
柄谷 行人,中上 健次
河出書房新社

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昨日は、『小林秀雄をこえて』を読んでいて、小林には「他者」がいない、ということを書いてあって、そうかなるほど、と思うところがあった。私はずっと、いろいろなことに興味があったので、周りをずっといろいろな他者に囲まれている、という感覚が強く、他者に比べて「弱い自分」を何とかしたい、という気持ちが強かった。だから「自分」と言うものをどうにかしたい、という気持ちが強くて、そのためには「自分」を探らなくては、と思いつづけていた。

しかし、中上健次がいうように物語と言うものは「他者」なしには存在しない。小林秀雄の小説が他者でなく自意識とのみ対峙していることを中上が批判していたが、私の書く最近の小説も他者不在のものになっていた。昔は、戯曲であるにしろそれなりに書いていたのに、なぜ最近書けなくなっていたのだろうと思っていたのだが、自分が「他者」に関心を持たず、「自分」という問題に拘泥しすぎていたからだという事に気づいた。私は他者に敏感すぎるくらい敏感な人間だったのだけど、あえてそれを閉ざすことで自分をはっきりさせたいと思ってやっていたのだけど。でもそれはもうだいたいいいのかもしれない。まだ自分というものがよくわからないところはたくさんあるが、それは内から見てというよりは、他者との比較においての方が見える部分がいまは大きくなっているように思った。

どちらにしても、人間というものは、自分の内側、つまり「自分というもの」も、自分の外側、「他者というもの」も、ほんとうにはしっかりもさせられないし、しっかりも認識できないものなのかもしれないと思う。

小林秀雄や白洲正子に憧れたのは、そういう「自分がはっきりしている人」という面が大きかったなあと思う。中上や柄谷を見てもそうだが、どうも不完全感があって、あまり尊敬したいと言う感じがしない。そういう「大人」的なものに、やはり私は憧れる。

小林や白洲もそこに至るまでの「修行」があるわけで、修行なしでの「大人」の中庸さは、底の浅いものになってしまう。大人でしっかりしているけれども面白くない人、というのは世の中にいくらでもいるわけで、別にそういう人になりたいとも思わないし、憧れもしない。中上や柄谷はそういう前提で、あえて「小林を乗り越えるために」否定して見せているのだけど、そのポーズを取る彼らによって破壊されたものも決して少なくはない。

クリエイターというものと「大人」というものが両立する幸せな状態は、小林のようなスタンスでないと実現できないのかもしれないし、その両立が許される幸福な時代はもう過ぎ去ったのかもしれない。

しかし、今世の中で一番欠けているものはクリエイターではなく、「大人」であるとも思う。中上は、あえて「中庸にはいない」、と宣言したが、時代はすでにそれが求められている時代を過ぎてしまっていると思う。

他者というものを意識する事で、自分というものをよりはっきりさせる、という視点が自分に必要だということはよくわかった。来年は、このあたりのところをもっと深めて、思想面でも表現面でもよりよいものに近づき、また生み出していきたいと思う。

本年はいろいろとお世話になりました。明年も何かとよろしくお願いします。喪中にて年賀の儀は欠礼させていただきますが、皆様にはよいお年をお迎えください。

"2009年とツイッター/物語と「他者」/よいお年を"へのコメント

CommentData » Posted by sec. at 09/12/31

初めまして、いつも拝読させてもらってる者です。一度はお礼を言おうと思って初めてコメントします。
ここに書かれてる文章を読むたびに、毎回衝撃に近い感動を頂いてます。お陰で、自分の考え方も相当変わりました。そして狭かった…ということも自覚できました。あなたに見習う格好で、自分もほぼ毎日mixi上で長文日記を書く…という習慣を始めましたが、ほとんどあなたのお陰です。また来年もちょくちょく拝読させてもらおうと思っています。今後もよろしくお願いします。そして今年はありがとうございました!

CommentData » Posted by kous37 at 10/01/01

>sec.さま

過分なお褒めの言葉ありがとうございます。自分でも模索中の文章を読んでいただいて、何か衝撃を感じていただいたり感動していただけるようなものをお届けできているとしたら、私としてはこんなにうれしいことはありません。

何かを掴んで、何かを表現して、またそれをとらえなおして、またそれを表現して。それが掴んでつかめるものなのか、掴まないほうがむしろ自然と自分のものになるものなのか、いろいろ試しながら前に進んでいきたいと思います。

また何か感じていただいたことがあったら、お気軽にコメントやツイッターのつぶやきなどでお伝えいただけるととても嬉しいです。

今後ともよろしくお願いします。

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