自分の人生の傍観者

Posted at 09/11/29

7日に父の容態が悪くなって以来、久し振りの一泊帰京。妹が昨夜から、弟が朝から病院にいってくれているので、私は東京に出てくることにした。今日の夕方にまた実家に戻る。

先々週に一度、日中だけとんぼ返りで帰京したが、その際にはほとんど何も出来ず、少し服を持ってきただけだった。今日も計画的にいろいろやろうと思っているのだが、なかなかそうもいかない。こうして何か文章を書こうとすると、だいたいのことはすっ飛んでしまう。この程度の文章であっても、何かを生み出すということは他にかなりのものを犠牲にすることなのだということがわかる。ほかのことが充実している人の文章が文章自体としてなかなか面白くないのは、結局そういう充実というのは文章に書けないものだからだと思う。逆に文章が本当に面白い人は、人生が充実しているように見えるけれども、文章以外の実生活がそんなに充実しているかというと、なかなか難しいのではないかという気がする。両方やれるのが理想ではあるけど、ゲーテなど読んでいてもこのひと文章書くより実生活の方がずっと面白いだろうなと思えてくる。まあたぶん、ゲーテは実生活が面白すぎて、文章はそれほどでもないけど十分面白いわけで、まあそういうのが本当は理想なんだろうと思う。文章のほうが実生活よりはまだ面白いけど文章もそれほどどうということはない、という人生では、それじゃ物たりんわなあと思う。

私は通常、土曜深夜から火曜の朝まで東京にいて、後は郷里にいるというサイクルで生活してきたのだけど、ここのところほとんど郷里にいる生活になっている。ずっと東京に出て来られないでいると、やはり東京でやりたいことがたくさん溜まってきて、ある種のフラストレーションがでてくる。それはゆっくり本屋めぐりをするとか、近郊のちょっとした場所や街に行くとか、銀座の街角を歩いて見るとか、靴を直したり服を買ったり、何というかつまりは「東京にいること」そのものなのだけど、いままでまとまった時間東京にいられるときは、財政上や体調上の理由もあって結局はあまり出歩いていなかった。

最近書いているけど、近頃はとみにルーチンというか、習慣上のことを大事にする、というかしないと落ち着かない、という傾向が強くなってきている。それはある面では武器にはなるが、何か普段と違うことをしようとするときには障害になる一面もある。「いつものこれ」をしないと納まらない、ということばかりになるとふだんしてないことは何も出来なくなる。ちょっと鎌倉に出かけて、みたいなときも、相当テンションを上げて習慣を振り捨てないと出かけられない、という傾向が強くなってきた。それは、もともと日常を構築して行こうという意思による部分もある、あまり必要でないアイドリングみたいな部分もあることはあるけど。ただそれは確かに、いろいろなことにフレキシブルに対応出来ないという結果を招いている部分も確かにあるということだ。

いろんなところに渡り歩いていると、自分がどこにも本当には所属していない感じになってくる。その場所その場所でそれなりに真剣に取り組みはするけれども、それはその場かぎり、そんなに長くないスパンでのことという意識が抜けない。どんなに頑張ろうとも、自分はある意味部外者であったり、傍観者であったりする。傍観者的な姿勢で何もやらない、という人たちには高校教育の現場やらいろいろなところで頭にきていたのでたとえ自分がどんな位置にあろうともそれなりのことはきちんとやろうという姿勢はあるのだけど、でも傍観者であることには変わりはないんだよな。

自分が傍観者であるという癖がついてくると、あまりよくない。傍観者や部外者は、やはり自分のやりたいことをその場所で本当には実現できないからだ。

どんな場所でも、傍観者であることは出来る。しかし、これは肝心なことだけれども、どんな人間も自分の人生の傍観者であることは出来ないのだ。

「自分のやりたいことがなんであるのかわからない」と言うのは、つまり自分が自分の人生の傍観者になってしまっていることの証なんだなと思う。

そういうことに気がついたのは、ずっと東京に出てこられなくて、自分のやりたいことに対して飢餓状態になっていたから、東京に出てきてみてやりたいことがいくらでもあることに気がついた、からなのだと思う。満足していたらやりたいことなどでてくるはずがない。

自分がずっと感じてきたフラストレーションの根源というのはそういうところにあるんだなと思う。つまり、自分が自分の人生に対し、傍観者的になっていたこと。その瞬間、その瞬間にやりたいことをやっていれば、傍観者などになるはずがない。

逆にいえば、自分の問題は、傍観者であるときに傍観者としての立場を守れないということでもある。とりあえずのつもりではいった教育現場でつい一生懸命になっていろいろやったけど、結局自分の中で自分の本当にやりたいことはこれではないというところが消えなかった。最初から傍観者として冷めたまま現場にいれば、もっと早い時期に適切な転進が出来ただろう。でも結局そんなことは自分には出来ないのだ。常に何かに自分の情熱をぶつけたい、という気持ちはいつも変わらずにあるのだから。間違った場所にいても、結局不適切な情熱をぶつけて、フラストレーションのみがたまる。スタンスを斜めにして正面からぶつけないようにすると、違う方向に暴走する。自分のコントロールというのは、そういう状況では本当に難しい。

書くということはだから確かに、自分にとって何かをぶつけられるものだ。核ということで何かを表現したいとか、そういうことではなくて、自分の中にあるなんだかよくわからないものをぶつける行為そのものとして書いているというのが全く正直なところで、そういうのを表現主義という気もするが、それは人が名づけるものであって自分としてはある意味自分の本能で書いているに過ぎない。

書くということはエネルギーそのものだ。エネルギーが消費される、「仕事」そのものかもしれない。生きている証そのもの。われ書く、ゆえにわれあり。われあるがゆえに書く。同じこと。

書いているときは、自分は傍観者にならない。だから、書いているうちに恐くなることはよくある。書いてみてこれはまずいと消してしまうことも。

しかし、傍観者であるのかないのかの境目はわりと曖昧なものであったりもする。父のそばにいて、最初は看護婦のやったことにこちらが何か調整したりするのはプロの仕事に対して失礼だと思っていたけど、だんだん雑な看護婦もいるということがわかってくるとそっと手伝ったり直したり、あとで頭の位置を少し直したりマスクを外れにくくしたりなど、ちょっとしたことを自分で治すようになってきた。どういう部分がプロの仕事で、どういう部分がただ雑なその看護婦の未熟性に由来する部分なのかがわかってきたからだ。もともと母や妹や弟はけっこうそうやっていたのだけど、私は余り手出しすることを遠慮していた。でも、あるときから自分の納得の行くように愉気したり、うるさいと思ったら病室のドアを閉めたり、窓の障子や雨戸を加減して光の入り方を変えたり、流す音楽を工夫したりするようになった。看病ということに関して、だんだん傍観者でなくなってきたということなんだろう。もちろん「家族」の立場でできることをしているにすぎないのだけど。

人から見てどう見えるか、ということを気にしていると、自分を自分から見ていない、自分を外から見ている傍観者になってしまう。もちろんそれはバランスの問題で、外からの見方も必要なのだけど、外からの見方だけで自分を律しようとすると必ず行き詰る。自分以外のものさしで自分を見ようとしても、結局融通が利かず、進退に窮してしまう。臨機応変に対処できるということは、自分のものさしで行動しているということだ。フレキシブルに行動できないと思ったら、自分が自分の意思で行動しているか、少し見直してみるとよいということなんだろう。

家の仕事をもう少し済ませたら、街に出て来たい。

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