クールで客観的で暴力的で/リリカルとポエジー
Posted at 09/09/19 PermaLink» Tweet
昨日。仕事がひまで、9時半には上がった。早く帰ると早く食事が出来て早く入浴でき、早く寝られる。昨日は11時には自室に引き上げて、マンシェット・中条省平訳『愚者が出てくる、城寨が見える』を読んだ。もうあと少しになっていたので、一気に読了。読むのはハードだったが、めちゃくちゃ面白かった。勢いがないと読めない。逆にいえば、読んでいるうちにどんどん力が入ってきて、入らないと読めないという類の小説だ。マンシェットは面白い。『狂気の愛』以来の感動だ。
愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える (光文社古典新訳文庫)ジャン=パトリック マンシェット光文社このアイテムの詳細を見る |
感動した作品というのは今までもいろいろなものがあるが、若い頃本当に感動した作品の一つがアンジェイ・ズラウスキ監督/ソフィー・マルソー主演の映画『狂気の愛』だった。これはドストエフスキーの『白痴』を下敷きにした映画だが、とにかくめちゃくちゃで、でもあの青い画面が異様に印象に残っている。ソフィー・マルソーはまだ若く、というか青く、演技として最高というわけではないがまさに体当たりという芝居で、まさにブルジョア的なぬるま湯というものが吹っ飛んだ感じがした。なんというか、つくり手にべたついた感情が一切ない。ズラウスキも後になってくるとどうもいろいろ鼻につく部分が出てくるのだけど、これはなんというか、ある種の絶望がこの映画をシンプルであけすけで、ある意味爽快感のあるものにしていると思った。絶望の部屋から鳩が飛び立つ場面などまさに戦慄。まあ冒頭から最後まで、徹底して凄い映画なのだけど。
マンシェットの"O dingos, o chateaux!"はそれ以来の感動。ミステリーというものを今まで本気で読んだことは一度もなかったのだが、(子どものころ読んだのホームズやルパンをのぞけば、だが)もともとこの小説はハヤカワ・ミステリに『狼が来た、城に逃げろ』という題で岡村孝一訳で1974年に発売されていたのだという。ミステリは全く守備範囲ではないので、図書館にハヤミスが並んでいるのを見てそのシリーズの存在は知っていたが(まだSFは読んでいたから)全く読もうとも思わなかった。まあ大体、今でもミステリーが読みたいわけではないから、たまたまこの作家がそういう分野に分類されているということに過ぎない、ということなんだと思う。とはいえ、犯罪とか逃亡とか追跡とかそういうものを描くとミステリという分野に属することになるんだ、といわれればそうかもしれない。なんと言うかもっともっと深い、人間の本質的な業に属するような現象を描いているように思うのだけど。中条はバタイユの『眼球譚』(目玉の話という題で訳出)やコクトーの『おそるべき子どもたち』を訳しているそうで、確かに私も『目玉の話』は読んでいるのだが、そんなの目じゃないという感じ。どちらも暴力性を描いてはいるが、バタイユの暴力性よりもマンシェットのそれの方がぐいぐい持っていかれるというか、自分の人間性の深層にある恐るべきものを興奮させ、愉悦させる力を持っているように思った。それが『狂気の愛』の持っているものに似ているということなのだ。
まあとにかくでたらめだ。登場人物は皆最初からどこかおかしい人間ばかりでてくるのだが、それが小説の結構に実は大きな意味がある、というのはちょっと説明しすぎのような気もするが、まあその種明かし的な不満を補って余りある。そこを説明してしまうのがフランス人なのかもしれないなという気もする。だからそれをしないズラウスキが好きだったんだが、ズラウスキも多分フランスで映画を撮るうちにフランス人が求めるものに反応するようになってちょっと変な感じになったのかもしれない。
誘拐が行われるともちろん犯人が悪でとらわれた女と子どもに感情移入して読むのだが、この女が実にでたらめで、話がどんどんめちゃくちゃなことになっていく。岡村訳はこの躁狂的なでたらめさ、「やけどするほどホットな世界」を描き出すことに力を入れたようなのだが、訳者の中条がいうようにそこだけが本質的なこの小説の魅力ではない。むしろクールで淡々とでたらめなことを描写していくその客観性というか、それも狂った客観性という感じだが、その感じがぞくぞくするのだと思う。
『狂気の愛』はシネヴィヴァン六本木で(今はもうないが)やっていて、なんか凄くかったるい日でそのときつきあっていた彼女に誘われて渋々出かけた映画だったのだが(だいたい『狂気の愛』っていう題がダサすぎる、とそのときは思っていた)、冒頭ですぐ引き込まれ、見ている間中面白がりつづけ、帰りのエレベーターの中では叫びたいほど興奮していた。彼女の方は面白がりはしたけどやや引いたようだったけど。映画館はがらがらで、(だからシネヴィヴァンは潰れたんだろうな)エレベーターのなかで乗り合わせたどこかの女が「こんなの映画じゃない!」的な怒りを連れにぶつけていて、「何でこの面白さがわからないんだろうなー」ということ自体を面白がったものだった。たまたまその日の夜に芝居仲間から電話がかかって来て、その面白さを興奮しながら話したら、彼も即翌日見に行って、「どうだった?」と聞いたら、「この面白さがわからないやつとは友達になりたくないね」と言った。それも極端のような気がしたが、実際、この面白さは実は相当敷居が高いんだろうなという意識はずっと持っていた。
中条は、編集者の安原顕に頼んで(私の記憶に間違いがなかったら村上春樹といざこざを起こした人だろう)マンシェット死去の際に『殺戮の天使』『殺しの挽歌』『限りなき狙撃者』の三作を邦訳出版するという企画を実現させたのだという。その年の『このミス』で賞賛され、一部の読者には大いに受けたが、期待したほどの反応は返ってこなかった、という。でもそれは無理だと思うな。ズラウスキを見て、そのあとのこの映画に対する一般の反応を見て、この面白さは日本では受け入れられないんだなと思っていた。みんなもっと夢を見ていたいのだ。この世界が、この社会がもっとましなところだと思っていたいのだと思った。被害者の女がXXしたり、被害者の子どもがXXしたりするようなでたらめさは、受け入れられない部分があるのだろうと思う(ネタバレ自主規制中)。ただ、そういうのって女子どもを舐めているというか、人間性の本質にあるおそろしいものの存在を見ないようにしているということではないかと思う。もちろん未熟ではあるが子どもにもそういうものはあるし、女性にだって限りない残酷性はある(内面的に理解することはできなくても、外から見てそう感じることはある)。もちろんそういうものを見たくないというのは自由なんだが、それを見ないというのはどうもなんとなく欠けたものがある気はする。
ただ、それがやたらと見事で俗情と結託する部分が全くないためにちょっと受け入れにくいという部分もあるだろうとは思う。子どももコワイよ、女もコワイよ、ともっとセンチメンタルやホラー的なのりで描くのはあるけれども、こんなにクールに描かれると多分受け入れにくいんだろうな。
なんか興奮して肩にチカラを入れて書きすぎたせいか、伸びとあくびを同時にしたら首がぐきっといった。イタタタ。
アラン・ドロンがマンシェットの作品を偏愛しているそうで、彼の作品をドラマ化しビデオ発売もされているそうなのだけど、さて、ドロンねえ。まあドヌーブが主演の『赤いブーツの女』も案外面白かったし、ビッグネームがやっているからってつまらないということもないだろうから、機会があったら見てもいいなと思った。
***
リリカルであるためには、感情に溺れてはだめで、クールに客観的に描くことで、リリカルなものは発生する。主観として出なく客観として、作り物ではあっても「事実」として描かれることで初めて発生するものがある。ポエジーというのはそういうものだろう。
何か私の必要とする感動の一つの本質はポエジーというところにあるんだなと思う。詩というものにどうしてもつかず離れずになってしまうのは、詩をめぐる現実の世界が非常に面倒で(特に日本の詩の世界は狭すぎてごたごたしすぎている)反発を感じてしまう一方で、詩が自分の感動の世界に迫るのに必要なものだという部分があるからなのだと思う。
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