暗黒小説/悩みと苦しみ
Posted at 09/09/16 PermaLink» Tweet
昨日帰郷。ここのところ、帰郷後に山麓に顔を出すようにしているので、今まで新宿12時の特急に乗っていたのだけど、ここのところは新宿10時の特急に乗っている。家を出るのは9時少し前。わかったのは、この時間は案外電車ももう空いているということ。さすがに座ることはできないが、他の人と接触しないで立っていられるのは気が楽だ。東京駅で久しぶりに少し高めの弁当を買う。特急は、12時のなら窓側の席で隣の人なしで座れるのだが、10時の特急はわりと人が乗るので、昨日は通路側の席になった。12時だとほぼビジネス客で車内も静かなのだが、10時は観光客もそれなりにいて、いつもさんざめいている。昨日はそれほど気になることはなかったが、気になることもときどきある。
愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える (光文社古典新訳文庫)ジャン=パトリック マンシェット光文社このアイテムの詳細を見る |
特急の中で、最初はずっとツイッターやミクシイや携帯百景をいじっていて、一通り満足するまでやってから、マンシェット『愚者(あほ)が出てくる、城塞(おしろ)が見える』を読む。この原題は"O dingos, o chateaux!"で、ランボーの『地獄の季節』の一節、"O saisons, o chateaux!"「おお季節よ、おお城よ!」という文句のもじりなのだそうだ。中原中也がこのランボーの詩句を「季節(とき)が流れる、城塞(おしろ)が見える」と訳しているそうで、訳者の中条はそれをもじって上記の題をつけたのだそうだ。その良し悪しはやや謎だが、まあ意図はわかった。
現在80/229ページ(小説本文のみ)。昨日、ヌーヴェルバーグの映画みたいだということを書いたけれども、マンシェットはフィルム・ノワールならぬロマン・ノワール(暗黒小説)のリーダー的な存在なのだそうで、なるほどこういうのをロマン・ノワールというのだなあと思ったが、世界の暗さをものともせず機知を武器に気を吐き続ける人間たちの生命力とでもいうか、そういうものが描かれているのは得がたいもので、なかなかほかに類例がない。ディケンズとかバルザックとかもそういうものかもしれないのだが少し時代が違いすぎてよくわからないのかもしれない。ものすごく面白いのだが、一度に読むのはハードなので少しずつ読んでいる。
帰郷後山麓に行き、帰ってきて仕事、夜10時まで。
***
昨日作った「私の世界の定点観測点」の図を見ていると、いったいいままでの私の悩み、内面の葛藤というのは一体なんだったのか、という気がしてくる。私の世界の中で、この悩みや葛藤というのは一体どこにいるのか。
本当は、そういうもの、感情の動き、内面の苦しみ、喜び、迷い、不安、そういうものはすべて、定点観測点に描いたような器の側のものではなく、器の中身なんだと思う。そんなにいい中身かどうかは別にして、器そのものではない。
今まで自分は、その中身に合わせた器を作ろうとしていたんだと思う。でも、器の側はそういうものと無関係に存在するので、ちょうど合うものがなく、いつも零れ落ちてしまう。でもときどきはちょうどいい器が現れるのだけど、それを創作にまで結びつけることはなかなか出来なくて、入り口はあっても出口はない迷路みたいな感じになってしまっていた。
そういうものは、やはり創作にかかわるものなんだと思う。昨日書いた、人生論とか創作のときに、考察や観察や描写の対象になるものなのだ。だから、そう言うものもやはり間違いなく自分の世界の一部だ。そして、それは本当はそんなに大きな一部ではないんだなと言う気がする。
ピアノの森 15 限定版 (プレミアムKC)一色 まこと講談社このアイテムの詳細を見る |
『ピアノの森』を読む。このマンガを読むと、本当に心の深いところで落ち着く。逆境に鍛えられた才能。谷が深ければ深いほど峰は高い。何というか、このマンガは『大菩薩峠』のような、曼陀羅的な世界なんだと思う。仏陀とその弟子、仏陀さえも目覚めさせる弟子。多くの居並ぶ仏たち、仏弟子の群れ。地獄の一群。鬼たち。奇しくも阿字野のピアノがパンウェイの蜘蛛の糸だった、という記述が先週号にでていたが、そういう地獄と極楽を鳥瞰する世界。天上の音楽と地獄の境遇の落差の激しさ。
ダンテの神曲に感動した、その同じものが『ピアノの森』にはあって、私を感動させている。そういう地獄の深さと天上の明るさの圧倒的な落差、めくるめく落差が、私の魂を揺さぶるのだ。
今まで本当の意味で感動した作品というのは、皆そういうものかもしれない。地獄か天国のどちらか、あるいはその両方を表現したもの。マンシェットはロマン・ノワールの旗手だと言うが、そう言うものが読みたいのだ。暗黒の深さを淡々と、むしろ戯画的に描き、天上の貴さをきらびやかに、技術の限りを尽くして描くこと。そういう作品が書かれなければならない。
作品は書くものではなく書かれるものだなと思う。自分が書くというより、その作品を書く担当が自分になったという感じなのだ。
明と暗の強烈なコントラストに目を奪われるところが私にはある。そういうものを表現したい。暗さの中の明るさ、明るさの中の暗さ。いや、やはり暗さの中の明るさをいかに表現できるかだな。明るさの中の暗さは退廃。暗さの中の明るさは希望。退廃と希望と、両方描けなければならない。絶望の虚妄なること、希望もまた同じいと魯迅はいった。花岡敬造は絶望と希望の三部作を書いた。
***
私は「苦しみ」を知っている。
私は「暗さ」を知っている。
それは私の外にあるのではなく、
私の中にあるものだ。
美がわからない人にはわからないように、
苦しみもわかる人にしかわからない。
経験も知識も越えたところで、
知る人と知らない人がいる。
苦しみも暗さも、
私を羽ばたかせる翼になる。
人が知らないものを知っているということは、
人が知らないパワーの源を
私が持っているということだ。
***
逆境はお前を後押ししてくれる。
怒りや悲しみのエネルギーは、
そのままお前のパワーになる。
必ず!
(『ピアノの森』より)
***
ショパンのノクターン3番が、頭の中で鳴っている。
ショパンが美しいのは、絶望と希望の音楽だから、天国と地獄を知っている音楽だからなのだと思う。
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