村上春樹『アンダーグラウンド』/ツジトモ『ジャイアントキリング』/勝間和代『断る力』
Posted at 09/06/19 PermaLink» Tweet
昨日。昼過ぎに湖畔に行き、職場に出る前に蔦屋にいって本を物色。村上春樹『アンダーグラウンド』(講談社文庫、1999)を買う。村上の作品、次に読むならこれかなと、少し前から思っていた。私は村上の作品ではじめてとても面白いと思ったのは『ねじまき鳥クロニクル』で、これが私の村上作品の出発点になっている。その後の作品はそれなりに読んでいるが、それ以前の作品はどうもあまり興味がもてない。やはり『ねじまき』以降の作品に比べると未熟な感じがしてしまうからだ。長編小説で次に読んでもいいなと思っているのは『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』ではあるのだが、まだ読む気になれない。
アンダーグラウンド (講談社文庫)村上 春樹講談社このアイテムの詳細を見る |
『アンダーグラウンド』はオウム真理教事件=地下鉄サリン事件の被害者62人に村上が面接してインタビューして書いたノンフィクションとも言える作品だ。これに取り組んだことは、『ねじまき鳥』以降の村上の技術的な進歩、人物造形における飛躍的な広がり、などにおいて、非常に大きな画期をなす出来事であったと思う。まだ少しだけしか読んでいないが、村上はきっとこの作品をがつがつ書くことでものすごく多くのことを吸収し、ものすごく多くの財産を獲得したという実感があったのではないかと思う。オウム真理教事件というのは、事件の結構自体がわけのわからない幻想性を持っていて、それで死んだり傷ついたりした人々も一体この事件とはなんだったのか、その日常とあまりにもかけ離れた目的と手段によって自分の生と一生が損なわれたことが受け止められなくても全然不思議はない事件だと思う。被害者意識の生む妄想がカルト的に組織されるとこんな恐ろしい事件さえ生む、と言葉にしてしまえば出来なくはないが、日常の薄皮の向うで想像も出来ないことを考えている人が現実に存在するという事実は、日本人の感受性の何かを変えてしまった可能性は確かにあるなと思う。読売新聞のインタビューにもあったが、村上はこの事件に向き合うことでいくつも作品を書き、そのもっとも大きい果実が事件から15年経って世に出された『1Q84』なんだろうと思う。ある意味でこの問題は村上のライフワークに近くなっているかもしれない、という気もする。
GIANT KILLING 10 (モーニングKC)綱本 将也講談社このアイテムの詳細を見る |
夜10時まで仕事。忙しくなく。でも終わりごろに急に仕事が増えたな。かえって食事、入浴。『ジャイアントキリング』の単行本を1から5まで読み返す。この作者のツジトモと言う人、漫画家だけでなくイラストレーターの肩書きも持っていて、そういう意味での、そういう方向で絵が本当に上手いなと読み直すたびに思う。何気ないコマの面白さ、椿がスタジアムを見上げて「ここはこんな場所なんだっけ…」と思う場面とか、決定的な場面の見開きの大ゴマ、単行本のラストの次号予告のコラージュ的な魅力、もちろんストーリーもいいしサッカーの技術や戦術をちゃんと描こうとする精密さもいいのだけど、絵の魅力が私にとってはかなり大きいと読み直すたびに確信が深くなる。この人の原画だったら欲しいなと思う、正直言って。椿のシュート場面の絵をサイン入りでもらったら絶対部屋に飾る。私はマンガはたくさん読むが、そういうふうに思う作品はめったにない。ジャイキリはすごい。
寝床の中で読んでいたらそのまま寝てしまい、気がついたら電気をつけっぱなしだった。時計を見ると4時。寝たのが12時半だったからさすがに睡眠時間が少ないなと思い、二度寝して起きたら6時20分だった。しかしこの二度寝はどうも失敗臭く、起きたらぼおっとしてしまった。モーニングページを書いてから軽で職場に出てゴミを捨て、灯油を補給して家に戻る。15リットルくらいは入っていたからやはりけっこう重いな。8時過ぎに出発して松本へ。途中諏訪湖畔のセブンイレブンでコーヒーを買う。天気がいい。薄もやがかかって、湖にはもうアオコが発生していた。10時から愉気の会。腰が痛かったのだが、じっくり愉気してもらってだいぶ軽くなった。しかしどうも疲れが出てしまい、帰りは途中で何度か休憩しながら帰った。花を買ったり、ヤマダ電機で中古のPCを見たり。湖畔に行って、遅い昼食。景色がいい。3時ごろまで湖畔にいて職場へ。
***
断る力 (文春新書)勝間 和代文藝春秋このアイテムの詳細を見る |
勝間和代『断る力』(文春文庫、2009)。現在84ページ。慶応中高大、マッキンゼー日本支社勤務、マスコミの寵児という彼女の様子から見てなんだかアメリカナイズされたありがたいお言葉が並んでいるのではないかという先入観は全く外れた。何というか、私が考えるようなことがいっぱい並んでいて読んでいて面白くて仕方ない。線を引きまくっている。しかし、私が迷って違う方にベットしてしまったような問題を明解に違う方に断言していて、その根拠をいろいろなものを引用して説明していて、ふうん、こういう説明の仕方があるんだなあと思う。その説明が上手く出来なくて、結局違う選択をしてしまったようなところがたくさんあるから、説明能力というのは本当に大事だなあと思う。
「断る力」を持つことで「コモディティ=便利な汎用品として使い回される存在」を脱け出し、「スペシャリティ=ほかに替えのきかない特別の存在」になることを実現する、というのがこの本の基本的なテーゼだ。これを百倍薄めれば「ナンバーワンよりオンリーワン」「世界でひとつだけの花」ということになるわけだが、現在の日本では下流志向という言葉に表れるように、能力の高い、とされる人よりも能力が低い、とされる人たちのほうがオンリーワン志向が強いという現実がある。実際問題として、ナンバーワンよりオンリーワンというのは「上を向いて歩いてばっかりいる人たち」へのオルタナティブの提案だったのに、上を目指した方がいい人たちに目指さなくてもいいんだという変な安心感を与える方向になってしまって、メッセージを伝える相手が間違っているということになっている。
この本はまあビジネス書なので、あまりそういう心配はないかもしれないが、まあこういうものはなんでもそうだが毒にも薬にもなるものだ。なかなかそこのところの手加減は難しいと思う。
私などは基本的にコモディティを目指すという方向性がもともと皆無だったので、コモディティにならなければならない状況に陥ったときにものすごくストレスを感じて死にかけたのだが、今考えればいろいろ周りから雨の降ってくる忠告めかしたさまざまな批判にまともに取り合わず、自分の直感を信じて選択し、振り返らないようにしていればもっと上手く振舞えて、自分の正しいと思うことを実現していけたのに、人が正しいということのほうに気を取られすぎて結局どちらも失敗してしまった、という感じになった。自分の中に判断基準がなければ自分のやりたいこと、自分の正しいと思うことを実現することが出来るはずはない。そういうことで悩んでいる頃にこの本があったらもっと違うことになっていたかもしれないとも思うが、だいたいこの著者は私より年下なのだからそれは無理というものだ。
「一番最悪のパターンは、相手の指示に不満をもちつつも、断らずに指示をこなそうとすること。」これは全くその通りだと膝を打つのだが、でも現実にはこういう人は世の中に呆れるくらいに溢れている。特に女性のブログを読むと、そういう不満が溢れていてびっくりする。とは言っても実際私自身、そういうことはやっていて、それで体を壊したということはあるのでひとのことは言えない。「指示を出したときに質問が少なすぎる」というのが上司に注意をされたことだ、と勝間は書くが、私などは質問をしすぎてにらまれて、全然答えてもらえなくなったというようなことがむしろ多いから、質問しちゃいけないんだろうなあと思うようになった。今考えれば相手も半ば惰性でやっている仕事なのでその意義も本気では考えておらず、だから説明する気もないというようなものなのだけど、新入りにはそういうことはわからない。背中を見て覚えろ的な職人性というものを、日本社会では職人以外の世界でも重んじるところがあって、そういうのがやはり私は基本的に性に合わないんだなと読んでいて思った。でも日本では職人性が重んじられるわけで、重んじられる存在にはやはり近づきたいと思うわけで、そのへんで自我の分裂みたいなことが多分起こっている。
まあしかし、新人というものは仕事が分らないからまずやって見なければ話にならない、ということも事実あるわけで、そういうものをくどくど説明するよりまずやってみろということになるのは一理はある。しかし仕方ないからやってみて、結局これは自分のやりたいこととは絶対違う、というようなことが多すぎたんだよなあ、今考えれば。やはり結局職業選択を間違えたのか…あ、自分の世界に入ってしまった。
だから勝間の言う理論がどこの職場でも通用するかというとやはりそんなことはないと思う。しかし、逆にいえばその理論が通用しない職場――主に官公庁的な職場だと思う、学校教育現場なども含めて――は、いまや滅びようとしている分野なんだろうと思う。官僚制というのは本当にしぶとい怪物ではあるが、官僚機構そのものが変革されない限り、実際日本の未来は危ないとは思う。それが地方で起こっているのが知事や市長のニューウェイブであり、官僚や組合と徹底的に対立する姿勢の首長が大阪などで出て来ているのはそのせいなんだろうと思う。まあ完全に変わるまでは百年くらいかかるんじゃないかとは思うが。
「成功体験がないまま非常に限られた他者の評価に従う」ことが人生において最悪の事態を引き起こす、という指摘は全くその通りだと思った。オウム真理教の事件を起こした人びとの多くはそれだっただろう。またドメスティックバイオレンスの被害者になりやすかったりするのもそのタイプだ、というのは全くそうだと思う。私もそういう人たちを哀しいほどたくさん見てきた。自分には全く理解できないのだけど、ほんとうにそういう人たちは自己評価が低く、その人のマインドを握ってしまった誰かに逆らえなくなる。ストックホルム症候群などもそうだが、閉じられた人間関係の怖さはそこにあるのだろう。
自分の評価は自分で作っていくもの、自分で決めて自分で考えて自分の軸で評価して成功とする、つまり成功体験を繰り返すことで自己評価を高め、自己確信を育てていくというのは全くその通りだと思う。『子育てハッピーアドバイス』などを読んでいても今の子どもたちの最大の問題は自己評価が著しく低いことだ、と書いてあったが、なんか本当にそういうのは見ていて悲しくなる。
そしてその自己評価が夜郎自大にならないためには、出来るだけたくさんの他者の評価を集めることが大事だし、またたくさんの他者の評価を集めることである人の評価そのものを相対化でき、自分の正しい位置を認識しやすくなるということは言える。それは肯定的な評価も、否定的な評価も集めることがポイントなんだろう。自己評価にあまり自信がない人が肯定的な評価ばかりを集めたがったり、自己評価が本当に低い人が否定的な評価ばかりに引きずられたりすることは、大きな問題だ。大事なのは、どんなにすばらしいことをしても、否定的な評価は絶対にあるものなんだ、ということを肝に銘じることだろう。私もあることで成功したときに肯定的な評価に浸っていい気持ちでいたのに否定的な評価をされて妙に癪に障り、その人たちをあっと言わせてやろうと思ってドツボに嵌っていく、ということがあった。やりたいことをやったから成功したのに、その人たちに評価されるためにやりたくもないことをやろうとしてしまったのが失敗の原因だったと今は思う。肯定的な評価に溺れて自分を見失ったり、否定的な評価にひっかかって自分を見失ったりするのはばかげたことなんだ、ということにあの頃の自分は気がつかなかった。それはやはり、結局は本当の自己確信がなかったからなんだろうなと思う。何も考えずに自分のやりたいことをやる、ということが実は一番成功への近道にいるのだ、ということが、本当は言えるのだと思う。
評価は集めれば集めるほどよいが、問題はそれを相対化することだ。人から見ればどう見えるのか、ということを把握しておけばよい。その評価を上げるためにどうしたらいいのか、と考えるからおかしくなる。人の評価は参考に留め、自分のほんとうにやりたいこととは関係がない、と思っておいた方がいい。もちろんヒントになる、新しい仕事のきっかけになりそうなことは大事にしたほうがいいが、結局そういう「自分に関する情報」をいかに上手くコントロールするかが、人生において大事なことなんだなと思う。そういうものに振り回されず、自分のやりたいことにどのように関わってくるのか、だけを見ればいい。そういう情報は、特に価値判断を含むものについては、徹底的に相対化しておくべきだ。むかついたりおそろしくなったり有頂天になったりついしてしまうが、それはそういうものに振り回されているのだということに気がつかなければならない。大事なのは人に評価されることなのではなく、自分のやりたいことをやりたいようにやるためにそれらをいかに生かすかということにある。
まあ途中から感想というよりこの本の内容に触発された自分の考えを書いてしまったが、そういう意味でもこの本は自分の考えを整理するのにとても役に立っているといえる。
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