マンガ雑感、文芸雑感/「緑の中を走り抜けてく」真っ赤なポルシェとはいかないが
Posted at 09/05/15 PermaLink» Tweet
木曜日。父のかかっている松本市の病院まで両親を乗せていく。窓の外は新緑。中信高原の山麓を走る道は信号もなく、気持ちいい。水曜日は奈良井川に沿ったニセアカシアの木立の中の道を走り向けて、ぞくぞくした。「緑の中を走り抜けてく」真っ赤なポルシェ、とはいかなかったが、シルバーのヴィッツで。ああいう道を走っていると、真っ赤なポルシェに乗りたいな、という気持ちは出てくるな。
水曜日に買った『スーパージャンプ』。印象に残ったのは克・亜樹「毒×恋」と小谷憲一「Desire」。「毒×恋」は、今までの作品は女性の側が男の側に毒をかける(?)パターンだったのだけど、今回は男の側が女性に毒をかけるパターン。年上の女性に近づいた22歳の男が、女性の結婚歴、年齢、子供の存在を知り…ということなのだが。最後まで読むと、まあなるほどなあと言うところもあるのだが、やはり展開が上手なんだな。ありがち感を感じさせず、また適度の背徳感ももたせ、でもきちんとしたストーリーの中に納めるフィクション感の中にその背徳感をうまく封じ込めている、のではないかと思う。こういうのがプロの技、という感じだな。同じ素材でもアマチュアがやったら手のつけられない下品さになることは必定だ。小谷憲一「Desire」も、定番のパターンなのだが、結局女性の肉体の描写の上手さと年上の恋人、ルームシェアという現代性の小道具を使うことで一編に仕上げている。これもステロタイプだからこそ技能を傾注して作品化するプロの技だな。たいしたものだと思う。そのほかのストーリー性の強い作品群は、今号はなんだかあまり関心しなかった。なぜだろう。
木曜日に買った『モーニング』。東村アキコ「ひまわりっ」巻頭カラー。相変わらずぶっ飛ばし方がすごいな。ウィング関先生(これ「関羽」のもじりなんだよな。三国志オタク女なので)のとばし方もすごいが、それより節子というキャラクターの強力さが今週は感心した。古い巻から読むとそのへんのところも分るんだろうけど、まだそこまでは盛り上ってない。今号、歯ブラシの活躍もよし。「シマシマ」も悪くないな。「エンゼルバンク」。次号を楽しみにさせるのが上手いが、もう少し絵が上手だといいなあいつも思うけどこの人。「N'sあおい」。記者会見中に急患が…やっぱりこういうの格好いいなあ。それこそ生命尊重・人道主義というステロタイプなんだけど、感動する。
「ラキア」。今までこのマンガ、ワケがわからなくてあんまりちゃんと読んでなかったのだけど、キリストと反キリスト、神と悪魔が現代に生きていたら、ということなんだということがようやく分ってきた。ちょっと興味が出てきたかな。今週いちばんよかったのは「ピアノの森」。アダムスキと雨宮の会話、これを書くのにお詫び広告を出すほど制作が手間取ったと言うのは十分納得できる。アダムスキの、ピアノ教師であるラハエルとの関わり。雨宮の努力と個性。落選したアダムスキが決選に残った雨宮を慰め、励ますという展開、こういう複雑な心の動きを本当に丁寧に作者は書こうとしたのだと思う。会場を去るアダムスキのところに、出口で待っていたラハエルが現れるところはやはり泣ける。この感動はプロのわざと言うよりも、作品製作者としての、誠実な心理の追究の結果だ。一つの作品が、「作品」になるためにはいろいろな方法がある。ということを実感した週。「へうげもの」は、自ら歪んだ作品を生み出す、古田織部の新しい展開。織部が「織部」になりつつある展開。楽しみ。
***
木曜日は、両親を乗せて松本市の病院へ。二日続けて松本まで運転したせいか、ちょっと疲れた。でも緑の中を走り抜けていくのは気持ちいい。「♪緑の中を走り抜けてく」真っ赤なポルシェ、といかないのは残念だが。奈良井川沿いの道のニセアカシアの並木の緑もきれいだし、中信高原の山腹から見下ろした松本盆地と北アルプスの緑もきれいだった。
仕事は懸案が二つほど片付いて、ホット安心。10時過ぎに帰宅、12時には寝た。
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小川洋子「ドミトリイ」読了。登場人物が消えていく。関係性が希薄になっていく。最初から出てこない登場人物の濃厚な影。崩壊していくことを運命付けられた奇跡の肉体。身体性への志向と、数学科の学生の話など、小川らしさが満載の作品。こんな初期から、こういうものを書いていたんだな。「妊娠カレンダー」に比べてすごく自由に書いている。物語の枠をきちんと書かなければいけないという変なプレッシャーもなく、混乱にさらに混乱を重ねるけれどもそれが落ちになると言う、坂口安吾が『白痴』で見せたようなわざを使っているが、こういう感じの作品は好きだ。はちみつが上手く使われている。ネタバレなのでとりあえず書くのはここまでで自粛しよう。
***
私の記憶が間違っていなければ、現在の芥川賞の選考は、その年度の上半期・下半期に文芸5誌に掲載された小説が審査の対象になる、ということだったと思う。その中にはその文芸誌の新人賞受賞で掲載された作品もあるから、文壇デビュー即芥川賞、という場合もあるわけだ。『アサッテの人』などはそうだった。
文芸5誌、というのは『文学界』『新潮』『群像』『すばる』『文芸』の5つのはずだが、それぞれの雑誌はそれぞれのカラーがあるなあと思う。私の印象では、文学界がリアリズム、群像が前衛、新潮がハイブロウ、文芸が新感覚(やや通俗性も含む)、という感じなのだが、すばるがどういう感じかいえないなあと思って、今日出かけていって6月号を買ってみた。すばるは集英社で、集英社は海外の新しい文学を紹介しているから、やはりそういう世界文学性というか、そういう感じが強い、というのが一つの印象。もう一つ今日読んだ感じでは、詩との距離が近い、という感じがした。まだちょっとよく分らないけど。
すばる 2009年 06月号 [雑誌]集英社このアイテムの詳細を見る |
ちなみに小川洋子『原稿零枚日記』が面白かった。最初は本当に日記かと思って読み始めたのだが、あまりによくできた話なので何だ小説だったのかと思い直す。でもこんなあらすじを書いたり読んだりするのが巧みな作家がいると面白いなあ。どうも本当にこういう人がいてもいいんじゃないかという感覚を持った。
ついでに小川のことで書いておけば、芥川賞を取った「妊娠カレンダー」が文学界で「ドミトリイ」は海燕。前者が身に合わないリアリズムの衣装をまとおうと苦心惨憺し、後者では実にのびのびと書いている感じがする。ほんと通過儀礼は大変だ。
閑話休題。
最近の作家は大体どこかの新人賞を経て出てくるので、最初に新人賞を取った雑誌のカラーによって結構分類できるところがある。そこをホームグラウンドにすることが多いからだろう。しかし、池澤夏樹は中央公論新人賞で、この賞は今はない。小川洋子は海燕新人賞で、『海燕』はもう雑誌自体がない。海燕新人賞から出てきたほかの作家には小林恭二、吉本ばなな、角田光代などがいる。川上弘美は朝日ネットのパスカル短篇新人賞出身、というのも異色だ。
文芸5誌に大事に抱えられている作家よりも、家なき子になったこうした作家たちの方が気を吐いているような気がするのは気のせいか。
文芸誌ももちろん商業的な存在だから休刊もあるわけだけど、新人の幅が狭くなっている感じがするのは特色ある文芸誌が減っているという面もあるのではないかという気がする。新しい文化の創造において、文学はやはりまだ重要な役割を果たすべきところがあるはずで、そういう意味ではもっと振興されていいように思う。バラエティに富んだ発表の場が増えることを望みたい。
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