東村アキコ『海月姫』/村上春樹と「文学的距離感」/城アラキ『バーテンダー』
Posted at 09/03/22 PermaLink» Tweet
昨日。昼ころ友人と電話して少し話す。午後、丸の内丸善に出かけていい本がないか探す。結局二階でマンガを二冊購入。城アラキ『バーテンダー』13巻(集英社、2009)と東村アキコ『海月姫』1巻(講談社、2009)。帰りに新丸ビル地下の「えん」で弁当を買う。
昨日は前日の飲み会がどうも尾を引いていて、なかなか調子が出ず。一日ぶらぶらしたような感じだった。
海月姫 1 (1) (講談社コミックスキス)東村 アキコ講談社このアイテムの詳細を見る |
『海月姫』は『ダヴィンチ』の東村アキコのインタビューで取り上げられていたので読んでみようかと思って買ったのだけど、物凄く面白い。
ダ・ヴィンチ 2009年 04月号 [雑誌]メディアファクトリーこのアイテムの詳細を見る |
海月マニアの腐女子・月海が熱帯魚店でタコクラゲとミズクラゲが同じ水槽に入れられているのにショックを受け、決死の覚悟で救出に行く。タコクラゲ(月海はクララと命名)はミズクラゲと々水槽に入れられると弱って死んでしまうのだという。しかしよくわからない専門的なことをまくし立てられた店番のオシャレ男子は戸惑って追い出そうとする。しかし月海はそこに現れたスーパー美女のおかげでクララを手に入れることが出来る。しかしそのスーパー美女は女装した男・蔵之介だった・・・という設定の話なのだが、月海の住んでいる腐女子の館・天水館の面々がそれぞれ書き込まれているのはもちろん、実は大臣の息子で総理の甥である蔵之介のキャラも生き生きしている。政治を嫌い、ファッション界で生きて行きたい彼はめがねを取ると本当は美人(定番)の月海を磨き上げるのに情熱を傾ける。たまたま美人化した月海に出くわした蔵之介の兄・修は月海に一目惚れし…(定番)
と一巻すべてのあらすじをつい書いてしまったが、全く定番どおりの昔の少女漫画みたいなストーリーなのだが、これがめちゃくちゃ面白い。私はもともと昔の少女漫画(それもラブコメ・笑)の構造というのはすごく好きなのだが、その王道をたどっているのに実にアバンギャルドなのだ。それは何だろう、スピード感だろうか。コマ割とか絵柄はピシッとしていて昔の少女漫画の甘さがないのも現代的になっている理由か。絵柄や線は基本的に男子マンガ系というべきかな。あとはギャグの切れ味。言葉だけでなく、ギャグのウケをちゃんと絵でやっているところもいい。そういう意味では古典的でさえあるし、古典的なマンガ群でもこれだけのことが出来ているマンガはそうはないと思う。やはり東村アキコはすごい。
夜になってようやくネットに接続し、大事なメールに返事を出すのが遅れているのに気がつき慌てて送る。同時にブログにコメントがいくつかついているのに気がつき、返信する。村上春樹のイェルサレム・スピーチについてついていたコメントに目が開かれる思いがし、また考えてコメントを書く。朝見たらまたコメントが返されていて、それを読むとしばらく私が持っていた疑問が解けていく思いがした。
「利を与えず利を求めず。それが文学の距離感」
利、というのは「実質的効力」を指すと考えたい。これは全く目から鱗の一言で、確かにそれは村上のスタンスであり、文学が本来立つべきスタンスであると確信した。「政治は誰かから奪って誰かに与えるようなそんな実質的な効力がありすぎる気がします。」というコメントも全くその通り。だから人はつい政治にさまざまな問題の解決を求めてしまうのだが、政治はいわば「無理やり」の解決は出来てもあとに禍根を残すことが多い。裁判で勝っても負けたほうが本当に納得するわけではないから、災いの種が本当にはなくならないのと同じだ。もちろんそうせざるをえない状況があることは認めた上で、しかし文学というものはそれらと同じスタンスにたつべきものではない、というのは全くその通りだと思う。
いわば政治(含む軍事)や裁判による解決は人間の体でいえば外科手術や劇薬の投与による治療・解決のようなもの。うまく行けば劇的な効力を発揮するかもしれないが、それが人間の体に致命的な影響を与えることもある。パレスチナ問題などはまさにそれで、劇薬投与と外科手術続きでずたずた・ぼろぼろになっている体のようなものだ。そこに出かけていってどちらかの治療法の片棒を担いだところで文学が本来的使命を発揮することは出来ない。しかし人間本来が持っている生命力のようなものを少しでも呼び起こすことが出来たら、自然治癒力を少しでも回復することが出来たら、それは何かの希望になるかもしれない。村上がやったのはそういうことなのかも知れず、であればある意味絶望的な中での努力ではあるのだが、実際希望はそこにしかない、かもしれないものでもある。
人が生きる力、人類が生きのびる力を文学が少しでも呼び起こすことが出来ればいい。確かにそれが文学がこの世にある理由なのかもしれないと思う。宗教や教育も本来はそういうものであったはずなのだが、あまりに硬直化して「壁」と化している。この貴台のどん詰まりの現代において、本来人を救うはずなのに逆になっている「壁」はあまりに多い。それに加担することなく人・人類を生きのびさせる方向に働きえるのは文学、より広く言えばアート全般なんだろう。そういう意味では文学は魂の活元運動のようなもので、一見意味のわからないものの中に生命力の秘密がある、と考えるべきなのではないかと思う。政治に絡め取られそうな神経系、頭脳系を、文学的な底流からの善意、希望の側で引き取ることが人類という種が生き残るためには必要なことなのかもしれないと思う。
昨日は疲れたので10時過ぎに寝、せっかくの休日に自分のことをなるべく進めたいので朝4時に目覚ましをかけた。実際に起きたのは4時半前になっていたが、今12時前なので7時間以上はいろいろやれているし、早く起きた意味はあった。
バーテンダー 13 (13) (ジャンプコミックスデラックス)城 アラキ,長友 健篩集英社このアイテムの詳細を見る |
午前中は上に書いたようなことを考えながら、『バーテンダー』を読み返していた。読み返してみて初めて気がついたのだが、このマンガ、その回その回のエピソードに登場する人物が断続的に出演している。売れることを目指しているストリートミュージシャンの女性が最初に出てきたときにはそのときかぎりのキャラクターだと思っていたのだが、次には新人としてCMに起用され、広告会社の社員と恋に落ち、今度はそれが会社にばれて窮地に立たされ…と単行本いくつか置きに出てきたりする。途中からはスーパージャンプの連載でずっと読んでいるので人間関係に押さえもらしたところはないつもりだったが、かなり久しぶりに出てきた人がいると連載ではさすがに覚えてないことがよくある。だから最初から読み返しているとそんなに重要な位置を与えられているように見えない人が何度も繰り返し出ているのに気がついて驚くのだ。
『美味しんぼ』でもそういうことはあったが、美味しんぼのキャラは忘れることはほとんどなかったし最近ではそのとき限りのキャラクターが増えた、それは作者たちのこのマンガの物語としての側面に賭ける部分が減少してきたからなんだろうと思う。しかし『バーテンダー』の登場人物はそれなりに類型的なので、というのは客にサラリーマンが多いからだが、結構忘れたりしているわけだ。『美味しんぼ』では新聞社の社員以外サラリーマンはほとんど出てこないからなあ。しかし銀座のバーが舞台のマンガではそうは行かないだろうと思う。
『バーテンダー』は最近は引用が面白いなと思う。あるシチュエーションをそれにふさわしい、その回の中心(肝という言葉が最近よく使われるが、なんかあまり好きでないので他にいい言葉はないものか)になる台詞を配し、それにふさわしい筋立てを作る、という形でストーリーが作られているのではないかと思うくらい。その人その人にふさわしい、必要な言葉がこんなにあるんだなあとこのマンガを読んでいると思う。もちろん知っているのも多いけれども、それでもそういうものを読みたいのは、その言葉でストーリーを組み立てるとどうなるかということ自体が純粋に面白いからだ。歌舞伎などで定番の役を、役者がどう演じるかが興味深い、というバリエーションの楽しみという部分が最近強くなってきたような気がする。しかしそれでストーリー、というよりも時間も確実に経過していて、美味しんぼのようにいつまでたってもキャラクターが年を取らない、という不自然さがあまりない。登場するキャラクターたちは、厳密にその年齢でということはなかろうが、確実に成長して、あるいは老化して、変化していっている。「美味しんぼ」よりは「あぶさん」に近い。
13巻では主人公・溜の下に新人が配属されてきて、「上司」あるいは「師匠」としての役割をになわされる。このあたり、主要な読者が若手サラリーマンであろうスーパージャンプにふさわしい設定で、「上司」であることに戸惑う人々への応援にもなっている。世の上司マニュアルみたいな本とは本質的に異なる関係が描き出されていて、一服の清涼剤という感じだろう。また、溜の最初のバーの店主・加瀬が亡くなる。上司と部下、師匠と弟子の関係が二つのバイオリンの音色の絡み合いのように描き出されている。このあたりも連載のときには読みきれなかった部分で、毎号読んでいるのにやはり単行本を買ってしまう価値がこういう点においてもある。
***
こうやって本やマンガの紹介をしていると、ある意味で書店員が自分の売りたい本、自分の感動した本のポップを書いているのに似ているなと思う。amazonへのリンクをはっているわけだから、ある意味私はamazon書店の丁稚みたいなものだ。その結果、注文してもらえば微々たるものだが何がしかの報酬がつく。アフィリエイトを毛嫌いする人も多いが、そう考えると本屋のバイトと基本的にあまり変わらない。アフィリエイトで入る収入といっても数ヶ月に一冊分、新しい本が買えるかなという程度のものだが。それでも自分の気に入った本を注文してもらったことがわかると(amazonの場合は何が注文されたかがこちらに分かるから面白い。他のアフィリエイトだとそこがわからないからお金ばかりに注目が行ってしまうのだろう。)嬉しい気持ちになる。
上京花日 1―花田貫太郎の単身赴任・東京 (1) (ビッグコミックス)いわしげ 孝小学館このアイテムの詳細を見る |
いわしげ孝『上京花日』には売りたくない本を売りたくないと宣言し、恋人の書店員から首を告げられる作家志望(現作家)の女性が出てくるが、こういう紹介なら自分が薦めたくない本は特に載せる必要はないので、そういうことを考えないで済む。ある意味仮想書店としてはよく出来ている。昔、街中には個性的な品揃えの書店がたくさんあって、あそこに行けば自分の興味関心にあった本が何かある、という店があったけれども、最近ではなかなかそういう書店もなくなってきた。このブログで紹介している本は原則的に自分が読んだ本だし、どうかなと思う本は基本的には紹介していないので、(もちろん私のめがね違いで本当はいい本であることもあると思う)好みは偏っているけれどもうまくはまるとその人にとっていい本に当たる可能性が高まるということもあるかもしれない。いや、あるといいなと思う。
amazonに関してはいろいろ批判のある人も多いと思うけれども、私はそこのところが面白いし、また少しでも本を買う足しになるのは実際問題大変ありがたく思っている。ご不満の指摘もあるのだが、しばらくは続けたいと思っている。
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