悲しみを乗り越える過程でわかること
Posted at 09/03/14 PermaLink» Tweet
なんとなく体調がすぐれないときにハードなものは読みたくないなと思っていたのだが、金曜の午後は荒れた天気で、気分もすぐれなかった。第一寒い。お昼頃は雪だったのだが途中から雨になる。ストーブの近くで横になっていたが、それでもぱらぱらと目を通して、『NANA』21巻の「作者の言葉」に目が吸い寄せられた。
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この巻はどのシーンを書いていても辛くて筆が進まず苦しんだけれども、皐が出てくるとホッとしたのだという。中でもヤスと皐が一緒にいるコマは妙に癒されたという。これを読んで、このハードな作品でいちばん大変なのは作者自身なのだということに気づかされたのだった。『テレプシコーラ』でも千花の死に作者の山岸涼子自身がとても苦しんだ形跡を感じたのだけれど、『NANA』でもやはり矢沢あいの辛さは一通りのものではなかっただろうと思った。矢沢も山岸もきちんとストーリーを考えて、最初からそこに向かって進んでいるから避けて通れない展開になってしまう、特に『NANA』は未来の場面が出てくるので絶対に逃げられないのだけれど、あえてそういう苦しみを自分に課してしまう業のようなものが作家という人種にはあるのだなあと改めて思った。
悲しみや苦しみをまったく経験しないことは人間生活において不可能だけれども、どうやってそれを乗り越え、乗り切るかということ。その方法を見つけ出すこと。それは表現において大きなテーマとされることは多い。そしてそれを乗り越えるための、「心理学」的な手法や、あるいは宗教、占い、その他さまざまなものが考え出され、投入されている。しかし悲しんでいる、苦しんでいる主体の変化は、外からのそうした働きかけだけではその状態を脱することは難しい。主体自身が一歩前に踏み出さなければ出来ないことは確かなのだが、生きている限り悲しみや苦しみはいつかは過ぎ去っていく。その過程においてその状態から脱け出すきっかけに、そうしたさまざまな働きかけがなるということは十分あることで、その過程を進めるサポートになることも十分あることだ。大きな悲しみや苦しみの前では芸術は無力だと感じてしまうことは多いのだけど、人がよりよく生きるための手助けにいつのまにかなっているのが芸術なんだと思う。
昨日は調子が悪いのでそういう悲しいものは読みたくない、というようなことを書いたけれども、でもそういうものでもない、ということも思い出した。調子が悪いときにこそ、むしろそういう読むのが厳しいものを読んだり書いたりしたほうがいいという面もあるなとあとで思った。
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私はダンテの『神曲』の地獄篇、それも永井豪のマンガやギュスターブ・ドレの版画のものをよく読み返した。落ち込んだとき、気持ちがざわざわするときに地獄で悪事を行った人たちが業火に焼かれるのを読んでいると、不思議に落ち着くので、よく寝る前に読んでいた。自分が何か間違ったことをしてしまって落ち込んでいるときも、それは同じなので何故なのだろうと思っていたのだが、よく考えてみるとそれは、私が「秩序」というものを信じているということなのだ。悪は罰せられるべきなのである。実際にはそれが実現しないのが現世だが、ストレートにそれが罰せられている世界があるというだけで何か落ち着くものがあるのだろうと思う。同様に、『NANA』や『テレプシコーラ』の悲しみの場面を読み返すことで「愛する人と生きる幸福」を自分が信じている、少なくとも共感を持っていることを知ることが出来る。『猫を抱いて象と泳ぐ』の邪悪な登場人物たちの主人公への仕打ちとそれへの主人公の戦いの決意を読むことで、「清らかなるもの」の価値を信じていることを知ることが出来る。
人は悲しみや苦しみの底にいるときにこそ、本当に自分が信じているもの、本当に自分が愛するものを知ることが出来る、つまり「自分」を知ることが出来るということなのだ。
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何が嫌いか、何を信じていないかを知っても自分を知ることにはならない。世の中イヤなものばかりだし、信じられないことに満ち溢れている。そんなものを見つめていても自分は見えてこないが、自分が好きなもの、自分が信じているものに気がつき、それを見つめることで鏡のように自分自身がそこに映ってくるところがある。それは正直言って相当自分を追い込まないと見えてこないことではある。悲しみや苦しみの底にいるとき、そういう意味ではチャンスなのだ。そこで自分というものをつかめたら、悲しみから脱け出す力を得るだけでなく、そのあとの人生を迷いなく生きる道を見つけることが出来るのではないか。カレワラで踊る千花を夢に見た六花が「私も踊ろう。踊るんだ。」と自分の道を見つけたように。
そのほか村上春樹インタビューも読了し、いろいろと分ったことも多いのだが、また機会を見て書こうと思う。
***
昨日買ってきたコデマリと変わりカーネーションを、昨夜は生けないまま水に漬けていたのだが、朝起きてさすがに生けようと思い、いろいろ工夫して生けてみた。生けているうちに、花に指示される感じが出てきて、ああこういう感じがいいなあと思う。花がいちばん綺麗に生けられるのは、花自身がいちばんよく知っている、という感じがする。それにこちらが答えてこういう風にさしたらどうかな、と花と会話をする感じが出てきたときが花を生けていていちばん楽しい。それにしても、型というものの持つ威力はすごいなといつも思う。いけばなの型だけでなく、フラワーアレンジメントの型もどんどん吸収して行きたい。
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