叩くこと・叩かれること/壁もまた卵で出来ている
Posted at 09/03/09 PermaLink» Tweet
昨日。午前中はいろいろしていたら、友人から電話がかかってきて2時間ほど話す。その中で「叩く」ということが話題になり、友人は語気強く「そんなものは気にしてはいけない」と断言していて、そのときは何のことを言いたいのかまた自分でもよくわからずに曖昧な返事をしていたが、あとでそのときの認識の相違のポイントがわかった。
私は「叩く」ということに「対立する」ということを含めていて、藤原正彦が「叩かれている」ということをまあ本質的には左右の意見の相違から攻撃されているというような意味を含めていったのだけど、友人は一方的な「叩かれ方」、つまり村上春樹が一部文壇に叩かれているとか、塩野七生が日本の学界から目の敵にされているとかそういうような叩かれ方のことを言っているのだということに思い当たった。もちろん10年以上前の左翼的・進歩的文化人の楽園の時代の出版・放送・報道界にあっては保守的な意見そのものが冷笑・憤激・無視の対象であったわけだから藤原が叩かれているという表現も以前だったらもっと妥当だったのだが。今は幸か不幸かそういう進歩勢力が弱体化・畸形化しているので以前ほど打撃が強くはないと思う。その分偏執狂的になっている感はなくはないが。
話を戻すと、まあつまりそういう叩かれ方というのはある種の日本の閉鎖的な空間における「イジメ」的なよくない文化現象の表れで、いやこれを文化現象というのは何だな、むしろ非文化現象なのだが、学界とか文壇とかそのほかいろいろなところで起こりがちなことだ。そういうものの相手は確かに避けたほうが正解で、村上もそれが面倒になって「批評は一切読まない」と宣言し、アメリカに移住してしまったし、塩野もイタリアに住んでいる。日本のそういうしちめんどくさい状況を相手にしないのは賢明な選択だということは確かなんだろう。
日本には「出る杭は打たれる」というイヤな格言があって、まさにそういうことを象徴している。「出すぎた杭は打たれない」という言葉もあるが、まあそれはある種フェアな状況が現出している場合であって、閉鎖的な権威と嫉妬と足の引っ張り合いとが権力闘争を成しているような場ではなかなかそういう状況が現出しにくい。
マンガなどでは今なお「売れたもの勝ち」なので、ある意味フェアだ。しかし文芸というのはそうは行かない。村上春樹も何度も芥川賞の候補になりながら結局受賞せず、『ノルウェイの森』が爆発的に売れてしまってその期を逸してしまった。多分それは授賞側でもある種の痛恨事だったと思われ、村上が候補になっていた80年代後半にはよく「受賞作なし」だったのだが最近ではとにかく受賞作を出すという方向になっている。しかしまあ芥川賞の側にすれば村上に賞をやりそこなったということがおそらくはトラウマになっている。塩野に関しては以前「塩野七生が叩かれる理由」というエントリを書いたら一時凄くアクセスが集中したときがあったが、そちらに書いたので今回は書かない。
まあそういう意味での「叩く」というのは、自分たちの既得権を守るためなのである意味必死だ。そういう意味では世代間闘争の面もあるし、場合によっては学界というムラ社会の秩序を守るための闘争という面もある。確かにそれは全く意味のないことではなく、外来種の侵入を水際で防いで絶滅危惧種の生存環境を保護するというような側面もないことはない。売り上げ至上主義の資本主義経済が文壇や学界に持ち込まれたらたまらないという面もあるだろう。そういう意味でむしろ生理的な反応なので人間生存環境保護の立場からはわからないこともない。
しかしまあ、人間というのも生物だからそういう免疫反応みたいなことが起こるのは仕方がないとはいえ、人間というのは唯一精神的に進化する存在でもあるのでそういう異物が引き起こす痛みに耐えて新しい世界を切り開く姿勢もあったほうが望ましいのは確かだと思う。異物の側も新しい世界を切り開くという任務があるともいえるし、また一個の生物としてその世界で生きていかなければ生きていけないのだからある意味必死になるのも当然なのだ。異物になりがちな真のクリエーターがそういうことを言下に否定するのは当然のことなんだと思った。
歴史現象的に言えば、カトリックは閉鎖的に思われているけれども、たとえばフランシスコ派の運動は異端にせず受け入れ、托鉢修道会という新たな世界を切り開いてカトリックの新生に寄与させたわけだし、ダンテの『神曲』なんかも教義に取り入れてその世界を豊かにしたりしている。フス派なんかは全然弾圧され、100年後のプロテスタントの分離につながっていくが、まあこういうことは「教会」側の問題でもあり「新しい意思」の側の問題でもある。弁証法的に言えば正反合の止揚がスムーズに行くか、新たな合が形成されずに正反の対立がずっと続くかというような違いだ。またそれも時代の流れの中で解消されて異端派が正統の中に組み込まれていくことも珍しくない。石川啄木とか西行とか太宰治なんかはそんな感じだが、一方で一世を風靡しながら顧みられなくなる島田清次郎などの例もあるし、まあなかなか大変なことだ。
まあそういうグランドビジョンを持っていま自分がどこの局面にいるのかということを感じ取りつつそのとき取るべき行動を選択していくことがうまく出来るのならば、自分の力もフルに発揮でき、また世界も豊かにしていくような行動がとれ、実り多い作品製作が可能になるのだと思う。まあそれは言うは易く、現実問題として実行していくのは困難な面が大きいとは思うけれども。
いや、やはりこの話は大きな話だった。実際は制度の側の硬直化がやっぱり相当進んでいるので大変は大変なんだよな。……そうか、これが村上春樹がイェルサレムスピーチで言っていた『壁と卵』の問題そのものなんだ。村上自身が危うく割れそうになった卵であり、文壇のような既成勢力が壁だったわけだ。
まあしかし、そういう方向で考えてみれば、つまりは文壇のような「壁」によって守られている「卵」もたくさんあるということなんであって、つまりは「壁」自体も「卵」で出来ているということは留意すべき、忘れてはならないことなのだ。村上の視点というのはどうもその「壁」も「卵」で出来ているということを忘れている、あるいは意図的に落としているという面がある気がする。そういうところに村上の視点の一方性を感じてしまうんだろうなあと思う。
「私はいつでも卵の側に立ちたい。壁の側につく文学に何の意味があるか。」
この台詞、魅力を感じた人も多いみたいだが、私はむしろ村上の狭さを感じる面が大きいと前々から思ってはいたのだ。
先のエントリで引用した塩野がインタビューで見せたスタンスの方がずっと余裕を感じるんだよな。それは塩野が本当の意味で歴史を書いているから、そういうことを達観できるという面も大きいんだろうと思う。
とんでもなくでかい話になってきたのでこの辺でひとまずこの話は終わりにし、エントリを改める。閑話休題。
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