小川洋子『猫を抱いて象と泳ぐ』/『ユリイカ』諸星大二郎特集

Posted at 09/03/08

昨日。『ダヴィンチ』を読んでいて、なんとなく小川洋子の『猫を抱いて象と泳ぐ』が読みたくなり、車で蔦屋に出かける。しかし上川を渡る橋が大渋滞を起こしていたので急遽方向を転換し、西友近くの誠林堂に。ここはちょっと駐車場が入りにくいのが難だが、小川洋子程度のメジャーなものならあるだろうと思っていったらあった。考えて見たらこの書店で単行本の小説を買うのは初めてじゃないかという気がする。職場によって軽く用事を済ませて帰宅し、いろいろ準備して昼食後、職場へ。仕事はあまり忙しくなかった。7時の特急で上京。

猫を抱いて象と泳ぐ
小川 洋子
文藝春秋

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車中、『猫を抱いて象と泳ぐ』を読む。チェスの話。『博士の愛した数式』は野球と数学の話だったのでわからないことはほとんどなかったが、チェスでは実感としてあまりわからない部分がある。将棋のヨーロッパ版という印象が強かったが、将棋は取った駒を再び使えるので盤上があまり淋しくなることはないが、チェスではどんどんなくなって双方とも三駒ずつしか残らないというような状況もあるんだと知り、実際にはかなり違うゲームなんだなと思った。私は駒の動かし方は知っているが、子供同士のゲームしかやったことがないしプロの対戦なども見たことがないので、この小説はふうんと思うことが多い。

何より驚いたのは、駒の動かし方に関する表現が実に詩的であることだ。将棋でも棋譜を大事にすると聞いているが、チェスはまた独特な感じがする。駒の動かし方の表現はまるで『神の滴』のワインの味わいの表現のような感じだ。しかし最初はそういうのが大仰な気がしていたけど読んでいるうちに自分もその世界の中に入っていくような感じがしてきて、逆にただ何を言っているのかあまり理解できていなかった『神の滴』での表現が理解できるようになってきた。

何よりも、小川洋子の小説の味わい自身が、自分にとってとても詩的な表現になって迫ってきたのだ。彼女の小説世界は、とても深くて真っ黒な深淵のようなものを感じる。しかしその闇はどろどろとした暗さではなく、逆にしんと静まり返った、そしてとても澄んだ、透明な暗黒が広がっているように思った。これは彼女のいろいろな小説の背後にも感じる、通奏低音というか背景輻射というかだ。つまりこれが小川洋子の世界なのだ、と感じられた。

私はどうもここ最近は小説に関してストーリーというものにとらわれすぎていたなと思う。本当に味わうべきはこの作家の持つ世界なのだということを改めて思いなおした。もともと子供のころ『ナルニア』が好きだったのも、高校生のころ高野文子が好きだったのも、大学生になってから諸星大二郎が好きだったのも、みなその作品、作家が持つ背後の世界が好きだったわけで、実はストーリーなんかあんまり覚えてないというか、少なくともそれが一番大事なものではなかったのだ。

そうそう、だから好きな作品の映画化は危惧してしまうのだな。ナルニアのディズニーによる映画化はみる気がしないし、『カスピアン王子のつのぶえ』が公開されたときに「イケメン王子登場!」とか書かれていたのは心底ふざけるなと思った。全く作品世界に対する冒涜だ。

通常の小説であまり好きなものがなかったのも、要するにその作家の持つ世界が好きだという感じのする人がいなかったからだなと納得できる。やっぱり小川洋子の世界は好きなんだなと思う。話の作り方とかそういうところや、言葉の使い方とかそういうところも、なんていうかそういうところはそんなに好きでもないんだけど、彼女がバックに持っている世界はやっぱり好きなんだなと思う。

なんかいってることが分かりにくいかもしれないが、そういうのって別に小説だけではなく、アート全体なんでもそうだ。絵でも音楽でも、どういうスタイルが好きだとか、どういう絵柄が好きだとかそういうことは基本的にないのだ。そのアーチストが持っている世界が好きかどうかがαでありΩなのだ。ピカソが好きだからといってピカソの線がどの時期のものも好きかというと必ずしもそうでもない。でも買ってもいいお金さえあれば。逆に、池田満寿夫とか一つ一つの作品は嫌いではないものもあるんだけど、全体的にあまり好きでないのは、彼の持つ作品世界がどうもあまり好きでないということなんだなと思う。

ユリイカ2009年3月号 特集=諸星大二郎

青土社

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諸星大二郎なんかは、今回の『ユリイカ』の特集を読んでますます凄いなと思うようになったし、自分が読みきれてなかった深さに気づいている人がたくさんいて、マンガ評論というのも捨てたものではないなと見直した部分が多い。何より、インタビューに答える諸星自身のとぼけた受け答えがますます私をしてファンの方向へ押しやっている。『栞と紙魚子』のシリーズとかほとんど読む気がしなかったのだけど、読んでもいい気がしてきた。だいたい『ど次元世界物語』とかでたらめな作品だって読んでいるうちに面白くなってきたからなあ。あの作品など、読んでいるうちにこの人本当に大丈夫かと心配になってくるようなものだった。詩化しなれてくるとあれが面白くなってしまうんだから人間というものの面白さの見つけ方には本当にかぎりがない。この世の中で最もシュールなものが人間であることだけは間違いない。

『猫を抱いて象と泳ぐ』は現在174/359ページ。

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by Luke Peterson

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