「良質な物語は、間違った物語を見分ける能力を育てます。」
Posted at 09/02/23 PermaLink» Tweet
追加。一つ前のエントリの続きですので下から読んでもらえるとありがたい。
書き忘れたのだけど、こちらで引用されていた村上春樹のコメント、「良質な物語は、間違った物語を見分ける能力を育てます。」というのは、全くその通りだと思った。村上の言う良質な物語はおそらく必ずしも私がそう思うものと一致しないように思うが、いっていること自体はその通りだと思う。
たとえばオレオレ詐欺。なぜこんなチープな物語に取り込まれてしまうのか。自分の身内が、そうしたチープな物語の中の登場人物のような気がしてしまうのは、自分自身が自分の物語をしっかりと生き、身内もまたそうした物語をしっかりと生きているということに自信がもてないから、それだけ信頼できていないからだろう。
先に書いた、内田の「壁と卵」に対する解釈に従うと、このオレオレ詐欺の構造もそれ自体が一つの記号体系、つまり「壁」なのだ。何だかよくわからない事件に巻き込まれているらしい身内を、お金を振り込めば救うことができる、という物語の構成は、かなり現代社会の問題点の核心をついているからこそ成功率が高いのだろう。良質な物語を読んで間違った物語を見抜く力を身につけていれば、この物語の胡散臭さを見抜ける確率は確かに上がるのではないかと思う。
しかしまあ、この話もそれですんでしまうものでもない。
たとえば良質な物語、古事記や日本書紀、あるいはさまざまな日本の古典を読むことによって、日本性悪論というような間違った物語を見抜く力を身につける、と私は思うけれども、正反対のことを考えている人もいるだろうと思う。ほかならぬ村上が多くの部分でそうなんだろうと思うし。
私は日本国憲法はかなりの部分、間違った物語によって構成されていると思うけれども、そう思うようになったのはかなりの自分にとってのよい物語を読み続けてきたからで、違った種類の物語を読んできた人にとっては多分日本国憲法は良質な物語なんだろう。
よい物語と間違った物語を見分ける力を見抜くことは、大切なことだ。それは、自分自身が生き残るために必要だからだ。しかしよい物語とよい物語が対立してしまうところにこの世界の難しさがあるということもまた、当然ながら忘れるべきでない。作家はだから、自分がよい物語と信じるものを生み出し続けるしかないのだろう。私もまた、作家のようにはそれで生計を立てていけなくても、及ばずながら自分が信じるよい物語の姿を少しでも明らかにしていきたいと思っているし、拙文を操りながら多くの人にそれを読んでもらえるようにしていきたいと思っている。
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