アンジェラ・アキの「言いたいこと」/弱い者が弱い者を叩く時代から強い者が直接弱い者を叩く時代へ/ラヴェル自作自演の『ボレロ』

Posted at 08/10/06 Comment(3)»

昨日は夕方神保町に出かけて、ガイアネットでパンを二つと豆腐を買い、ブックマートで『バーテンダー』の12巻を買った。雨が降りそうな降らなそうな天気で、傘を持って行ったのだけど東陽町ではやや降っていたのに神保町では降ってなかった。三省堂をのぞいて週刊アスキーを探したのだけどなかったので東陽町に戻り、文教堂で買って帰る。週刊アスキーがホッチキス綴じでなく背がきちんと糊綴じになっていて驚いた。メンズクラブかと。間違えるわけないが。

アンジェラ・アキ Concert Tour 2007-2008 “TODAY”

ERJ(SME)(D)

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夜は『ダーウィンが来た!』でナビブ砂漠にすむカメレオンの話を見たあと、アンジェラ・アキのコンサートツアーのDVDの続きを見る。好きな曲とそうでもない曲の落差は結構ある。しかし、最初にCDで聴いたときにはあまり印象に残らなかった「愛のうた」や「One Melody」がかなり印象に残るようになってきていて、私が聴きこんでいるせいもあるがアンジェラも歌いこんでいるうちに表現が深くなってきているのではないかと思った。

アンジェラを聴きながら思う。彼女の歌詞は、いわゆるメッセージ性に溢れている。結婚を境に、以前の曲は愛の辛さ、孤独のようなテーマが多く、その後のものはそうした中にある人への応援、という側面がプッシュされてきている。最新曲の「手紙」などはその典型だ。だから、アンジェラの「言いたいこと」とは「そういうこと」、なのかというと、実はそうじゃないんじゃないかと。歌詞が求心性を持ってテーマに肉薄していくと、その最後の歌詞は「la la la la la…」になっている。ことばにはならないのだ。

私は聴いていて、これが本当にアンジェラの言いたいことなのではないかと思った。la la la la la…彼女は歌詞を本当に考えて考えてつくっていると思う。しかし、その最後をことばでしめることは出来ない。ことばは、本当には心を伝えられないからだ。だから最後はla la la la la…になる。そしてそのla la laに、聴いている人は無限のメッセージを聴く。そういうことなのではないかと思った。彼女がどう考えているのかは分からないのだけど、もし訊く機会があったら(そんなものがあったら嬉しいが)訊いてみたいと思う。

聴いているうちに前の武道館ライブのDVDも見たくなったのだが、それは「Train Train」を聴きたく(本音で言えば歌いたく)なったので、だ。DVDでそこを探すよりもYouTubeでブルーハーツが歌っているものを聴こうと思い、探して聴く。というようなことをやっているうちに心はどんどん盛り上がってくる。

「Train Train」のなかに、「弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく / その音が響きわたれば ブルースは加速していく」という歌詞がある。これは1988年の作品なのだが、確かに当時の日本はそういう社会だったという気がする。痛めつけられるのは弱い者で、痛めつけるのも弱い者だ、という社会。本当に強い者が、手を汚すことはない。そういう意味で閉塞性はあるのだが、社会の表面上は平穏。そういう社会だった気がする。しかし今は違う。弱い者を弱い者が叩くのではなく、強い者が直接弱い者を叩く社会になっているのではないか。アメリカ的な弱肉強食。叩いていた側の弱い者も叩かれる側になって。そういう社会的な暴力性が剥きだしになっている。閉塞感というよりも絶望感がより強くなっているのではないかと。その中で音楽がどういう役割を果たすのか。

小早川伸木の恋 (3) (ビッグコミックス)
柴門 ふみ
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友人と話していて話題になった『小早川伸木の恋』に出てくる、左思という漢詩人の『詠史』という詩をネットで検索して読む。

 詠史
      左思

鬱鬱澗底松
離離山上苗
以彼径寸茎
蔭此百尺条

世冑躡高位
英俊沈下僚
地勢使之然
由来非一朝

金張藉旧業
七葉珥漢貂
馮公豈不偉
白首不見招

百尺の松であっても、谷底にあれば山上の若木の苗に光を遮られる、というようなことだろうか。自らの不遇を嘆く詩ではあるが、逆に人の真価は世に如何に評価されているかでは測れないのだ、という主張でもあって、後者の方で作品の中では取り上げられている。私などが読むとどちらかというと鬱々とした側面を強く感じてしまうが、ポジティブに考えれば見る人が見ればいつでも十分に力を発揮できるのだから、『百尺の松』たることに専念すればいい、というふうにも読める。

これは私に麻生首相のことを思い出させた。首相になってからかなりやりたいようにいろいろやっているように見えるが、首相になる前はそんな力量があるとは思わなかった。しかし彼は失脚を恐れない、恐れる必要のないエスタブリッシュメントであるために、自由に政治を動かす余裕を持っている。そうした余裕を持った政治家は戦後あまりいなかったのではないかと思う。失言が出来て、それでも根本的には失脚しない政治家はやはり吉田茂が最後で、池田勇人などでもそこまでの余裕はない気がする。ケネディが旧弊を恐れず改革に邁進できたのも彼が富豪のケネディ家の跡取りであったからで、本当に清新なことが出来るのは資金的にもステータス的にも余裕のあるそういう人たちではないかという気がする。それをイギリスではノブレスオブリッジというわけだが。麻生は久々にそういう言葉を思い出させる政治家だ。

寝る前になって今日はフランス語をやっていない、ということに気づき、持っているものの中で何かをやろうと思って、フランス語単語トレーニングペーパーを出してきた。やり始めたのは1982年だから26年前。出版社名も変わっている。数ページやってみる。以前よりずっと自分の中でこういうものに取り組みやすくなっている。以前より英語の力が上がっていることが大きいと思う。やはり中高で英語を徹底的に文法からマスターすることがいかに重要なことか、と改めて思う。それは人の一生を左右することになるのだ。

トレーニングペーパーフランス語/単語

ニュートンプレス

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映像を見ているうちにシルヴィ・ギエムを見たくなり、Youtubeで画像を探してしばし見る。ついでにジョルジュ・ドンのボレロも見た。となるとラヴェルの演奏も聞きたくなりCDを聴く。今朝雑誌を読んでいたらラヴェルの自作自演の音源があるということを知り、ネットで調べたらこちらにあった。何だか適当な演奏で笑ってしまうが、本来こういうユルイ作品だったのではないかという気がした。広がりがあって、私は好きだ。

"アンジェラ・アキの「言いたいこと」/弱い者が弱い者を叩く時代から強い者が直接弱い者を叩く時代へ/ラヴェル自作自演の『ボレロ』"へのコメント

CommentData » Posted by @音三昧 at 08/10/06

はじめまして^^
通りすがりにお邪魔させて頂きました^^ 応援ポチッ!!
宜しければ私のところにも遊びに来てくださいね♪

CommentData » Posted by shakti at 08/10/07

いま、日経ウーマンをコンビニでみた。読書特集だったが、アンジェラ・アキのもありました。ビジネス書とかは全然無く、秘密の花園のような小説ばかりで、私の趣味とも合っていて好感を持てました。

CommentData » Posted by kous37 at 08/10/07

>音三昧さん
どうもよろしく。

>shaktiさん
情報ありがとうございます。日経ウーマンですか。読んだことがないのでよくわかりませんが、アンジェラ・アキは最近ずいぶんいろいろなところで取り上げられていて、全然フォローできていません。(苦笑)

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