時代が変わることと自分が変わること/アンジェラ・アキ『手紙』とライブDVD
Posted at 08/10/05 PermaLink» Tweet
F―落第生 (角川文庫)鷺沢 萠角川書店このアイテムの詳細を見る |
昨日。上京の特急の中で鷺沢萠『F 落第生』(角川文庫、1998)を読了。一気に読んだ。借りるときは何の気なしに借りたのだが、中身は意外にも私の感性にぴたっと来ていた。しかし何というか、少し古い、1990年代の作品だから当然といえば当然なのだけど、やはり10年前の作品という感じがするのだ。10年前の小説が古いということは普通はそんなにない気がするのだけどそうなっているということはこの10年で世の中が本当に変化してしまったということなのだと思う。2001年の911テロや小泉改革による社会の急激な変化、下流と上中流の分離、地方の逼迫、ネットやIT技術の進歩によるさまざまな面での従来の秩序崩壊、それは経済だけでなく文化面でも非常に大きいと思う。
一昔前はネットの情報をコピペしてレポートに引用するなんてことを思いつくのはごく一部の先端大学の悪い奴に限られていたと思うが、今や誰でもそのくらいのことは思いつく。ということは逆に玉石混交ながら誰でも適当な情報なら簡単にアクセスできるようになったということで、これは実際かなり本質的な変化だと思う。1980年代に卒論を書いた身からすると、当時は基本的な情報を手に入れることがものすごく困難だったことを覚えているのだが、今なら世界中のどんな情報でも比較的簡単に手に入る。私は17世紀スペインのことを調べていたのだけど基本的な情報を集めるのがすごく大変だった。今なら英語やフランス語、スペイン語で適当な情報を収集し、訳すのが面倒なら翻訳ソフトで適当に訳せば大体のことはかなり分かる。それだけのことを10年前にするとしたらそれがどれだけ大変だったことか。
だからコピー情報なら今はアクセス可能性がかなり広がっていて、ということは何か調べ物をするにしてもスタートラインにつくのは以前よりずっと容易になっているということだ。そこから先の努力はまた違う話だが。
そんないろいろな面で世の中はすごく変わっていて、たとえば『F』の中にも社会の底辺のような話はいくつも出てくるのだけど、それは父親がアル中でギャンブル好きで、みたいな話なのだ。今ならいわゆる「底辺」の描き方は全く違うものになるだろう。
一つ大きいのは、鷺沢の書く主人公たちの「大変さ」というのは、私に理解できるものだ、ということだ。最近の作家たちの作品、たとえば川上未絵子の主人公や諏訪哲史の主人公は「この人たちは生きるのが大変だろうな」とは思うけれども、その大変さが私にはやっぱり全然分からない。あるエキセントリックな人間のストーリとしては読めるけれども自分に関わってくるところが全然分からないのだ。鷺沢の書く主人公たちは私にも十分理解できる範囲で悪戦苦闘していて、ああこういう小説を書く人もあるのだと思って私はホッとする。しかし鷺沢が2004年に自ら命を絶ったのもそういうことと無関係ではないのかもしれない。このわけの分からない時代になって自分が一体何を書いていけるのか。鷺沢はすごくかっちりした構造のはっきりした短篇を書く人という印象だが、人の生活や運命についてこうしたはっきりした構造が成り立たないような時代になってしまっている現在、彼女にやれることが何があったか、と思ったのではないか、という気がする。
今日そういうことを友だちと電話していて話していたら、「時代が変わったら自分も変わらなくちゃね」、ということをいっていた。まあ確かにその通りなのだ。そのまんま東が東国原宮崎県知事になったように、時代が変化するなら自分自身もそれに適応していく、そういうことが求められるのは確かだ。それに対応できないと、勝ち組とか負け組とかいう以前に生きていくのが難しくなってしまう。須賀敦子や司馬遼太郎などが阪神大震災の頃にすごく絶望的なことを書いていて、その後しばらくして亡くなったことを思い出すのだが、社会の激変というのはついて行けない人を必ず生み出す。生き残りたければ変わるしかない。それはそれで正しいことなのだと思う、生き物としては。しかしやはりまじめに生きていれば生きていける、という価値観が成り立たなくなるということは日本にとってあまりいいことではないと思うし、そういう意味ではまじめ一方で硬くて融通が聞かない人も抱えていけるような日本であるためにはどうしたらいいのか、ということも考えてしまう。いや人の心配をするより自分の頭の蝿を追えといわれてしまいそうなことではあるのだけど。
というようなことを『F』を読みながら考えたのだった。
***
手紙~拝啓 十五の君へ(初回生産限定盤)(DVD付)アンジェラ・アキERJ(SME)(M)このアイテムの詳細を見る |
昨夜帰宅したらペリカン便の不在連絡票が入っていて、電話で今日午前中の配達を予約する。朝10時頃に届く。中身はアンジェラ・アキの新譜『手紙』(初回限定版・DVD付き)と『アンジェラ・アキ コンサートツアー 2007-2008 "TODAY"』のDVD。『手紙』はもっと早くに出ているが、DVDと一緒の配達で指定したので、この時期になってしまったのだ。ここのところアンジェラもあまり聴かなくて、なんとなくこわごわと聴き始めたのだが、とちゅうでここの展開はすごくいい、というところを見つけてすごく乗ってきた。一緒に声を出して歌っていたら友だちから電話がかかってきた。そういうときはなんか秘密を覗かれたようで少し恥ずかしかったりはする。今度から個室ビデオで見ることにするか。しないけど。
友人とは3時間近く話したのだが、何だかいろいろなことを話した。
電話を切ってもう一度CDを聴き、付属のDVDを見る。屋上でピアノを弾きながら歌っているもの。なかなかいい。『手紙』は自分の印象としては、オーソドックスなメロディライン。アンジェラらしい展開のところも結構あるが、しかし頭の中で無限に繰り返されるというのは、実はアンジェラの曲ではあまりなかった。アンジェラの曲は今まで、ある音の次に出てくる音が自分には思いもかけない音であることが多かったのだ。だからすごく覚えにくかった。歌詞も哲学的な語彙や、漢語の語彙が多かった。『手紙』はすごくこなれている。まあそれは良し悪しなんだけど。『みんなのうた』で取り上げられたり、中学校の合唱コンクールの課題曲になったりするのは別に悪いことではないにしても、方向性としてそれでいいのかなとやや疑問を持っていて、そういう気持ちで聴いていたのだけど、「人生のすべてに意味があるから 恐れずにあなたの夢を育てて」のあとに「ランランラン ランランラン」と展開していくところがとても気に入った。ある意味突飛なのだが、アンジェラらしいというか、ある意味自分でも飼い馴らせない何かがそこにある感じで、すごく好きだなと思った。
アンジェラ・アキ Concert Tour 2007-2008 “TODAY”ERJ(SME)(D)このアイテムの詳細を見る |
見終わってコンサートツアーのDVD。私は昨年末の武道館ライブなのだとばかり思っていたが見てみたら全国ツアーの最終回、東京国際フォーラムのライブだった。2006年末の武道館ライブはまだぎこちなさがあったけど、このライブはアンジェラのペースというものが確立されていてああこういう感じなんだなあと思う。仕切り方がある種宗教っぽい味が出て来ているのはまあこの人が根っからまじめだからなんだなと思う。6曲目の「モラルの葬式」まで聞いたところでだいぶ暗くなってきたので途中でやめにし、アンコールの「Home」に飛ばす。私はこの曲は聞くたびについ涙ぐんでしまうのだが、今回もまたそんな目に。「今でもこんなふうに歌えていることが本当は夢なんじゃないかと思うことがあります。本当は、アメリカの腐ったバーで、誰も聞いていないところで必死に歌っているんじゃないかと。」というようなことを言っていて、なんか本当に大変だったんだなあと思う。やっぱりそういう苦労というのは理解できる苦労なんだよな。彼女の曲のメロディラインが私の体の中に入ってくるのは最初はかなり難しかったけど。
夕方神保町に出かけ、ガイアネットでパンと豆腐を買って、「バーテンダー」の13巻を買い、地元に戻って『週刊アスキー』の最新号を買って帰宅。
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