楊逸「ワンちゃん」
Posted at 08/09/20 PermaLink» Tweet
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楊逸『ワンちゃん』のうち、「ワンちゃん」読了。「時が滲む朝」「金魚生活」と読んで来たが、「ワンちゃん」が一番面白い。文学界新人賞を取り、芥川賞の候補になったのもわかる、という作品だ。この三作品の中では「時が滲む朝」は青年が主人公だが、あとの二作品は中年の女性が主人公。作者自身に近いせいもあるのだろう、そちらの方が描写に精彩があるように感じる。しかし「金魚生活」はどうもどぎついというか欲望が剥き出しになっている部分が多くてやや閉口したのだけど、「ワンちゃん」はそういうこともなくすんなりと読める。それは主人公がよく頑張る健気な女性なのに報われないからだろう。
女性を主人公としたこの二作品は、日本人との結婚をビジネスととらえたり在留資格取得のための手段ととらえるくらいのドライさを持っているにもかかわらず、最後に素朴な恋情が吐露されるところは共通している。しかし主人公のタイプが違い、まわりを取り巻く人々の「どうしようもなさ」も違う。「ワンちゃん」の方がそれぞれのキャラクターがはっきりしているし、ドラマの組み立て方もうまいと思う。日本語についてはずいぶん指摘されていたが、少なくとも単行本で読んだ限りでは私はほとんど気にならなかった。多少日本語が変でも、面白い話、「良い」話を読みたいというのが大方の読者の要求ではないだろうか。
そういえば芥川賞選考の選評で山田詠美は「時が滲む朝」の「リーダブルな価値は直木賞向きではないか」と書いていたが、「金魚生活」を読んだときには私もそれを強く感じた。「ワンちゃん」にしてもそうだろう。文学界新人賞を取ったから芥川賞候補になった、ということなんだろうけど、中身から言えば直木賞方面ではないかとも思う。しかし直木賞というのはもはや流行の中堅作家が受賞する賞になってしまったので、そういう意味では異質すぎるかもしれない。芥川賞というのは文学の新しい可能性を開く新しい才能を発掘するというのが趣旨なのだと思うけれども、楊逸のような作家が続いてバンバン現れてくるとは考えにくいし、特例的な感が強い。芥川賞という賞の性格自体も問われる部分があるように思った。
彼女の作品であと読めるのは「ワンちゃん」に併録されている「老処女」だけになる。この作家の作品と日本文学の現状、そして世界の文学との関わりについて、いずれ論じてみたいと思う。
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