「六度までは営み得た」/「文学の業の意義深きを感じ」
Posted at 08/08/28 PermaLink» Tweet
このところ朝はかなり涼しい。今朝は結構晴れていたのだけど、9時過ぎになって雨が降ってきた。ちょうど歯医者から帰るところで、傘を持っていなかったのでかなり濡れてしまった。
昨日は午後から夜にかけて仕事。少し暇だったか。昨日は操法に行ったのでかなり疲れが出て早く寝た。今朝も少し起き難かった。体が緩んで、体の歪みが少し取れたからだろう。朝のうちに職場に行って不燃物の処理。家に戻って父に愉気、朝食。別の仕事をして家に戻る。あれこれやっているうちにすぐ歯医者の時間。歯を磨き顔を洗って出かける。郵便局によって預かった郵便物を出し、歯医者へ。今日は奥歯の虫歯の治療で、かなり奥まで掘ったのだが、つい口が塞ぎがちになって何度も口を開けてと言われた。昨日操法を受けて感受性が敏感になっているのでちょっと参った。順番を考えておいた方がいいかもしれない。
10年前の修論をいろいろな個所を読み直す。フランス革命のボルドーにおける進展と、フランス革命期の教育の変遷について書いたのだが、前者は一つの典型的なパターンで今までもある程度研究があるところなのでやはりあまり目新しい感じはしないのだが、教育に関してはあまり研究も進んでいないこともあって、といっても10年前は、ということでその後の進展についてはあまり把握していないのだけど、結構目新しく感じる。研究を進めるとしたらこちらの方だったなと思う。当時は精も根も尽き果てて研究を継続するパワーはなかったのだが、今読み直してみると余熱のようなものが自分の中にあるのが分る。
ミシェル城館の人〈第1部〉争乱の時代 (集英社文庫)堀田 善衛集英社このアイテムの詳細を見る |
堀田善衛『ミシェル 城館の人』(集英社文庫、2004)上巻を読んでいる。現在216/466ページ。モンテーニュが幼少からラテン語のみで育てられるという奇矯な教育法を受けた人だという人物造形はかなり面白い。また少年時代の描写で、かなり性的な経験を積んだことが『エセー』の文章からも伺えるという指摘はとても興味深かった。『エセー』というのは単なる哲学書ではなく、思ったことを何でも書いているという印象を受ける。「6度までは営みえた」、とかいう文章があのモンテーニュの『エセー』の中にあるとは、読んだことがない人はとても思わないだろう。そういうところを拾い上げる視点が小説家的で面白いし、やはり小説家の書く伝記なのだなと思う。
この伝記はモンテーニュという文学上の巨人を描くことだけでなく、フランス16世紀という時代の中でどう生きたかということを描こうとしているので、ある意味ポロソポグラフィー的な感じで面白い。ある種の事例研究のような感じだ。もちろん巨大な文学者という点で特異な例ではあるが、16世紀南西フランスの典型的なブルジョアからなりあがった貴族の2代目、という意味では普遍性もあるので、そのあたりの加減を堀田はうまく書いているなあと思う。
思想家としてのモンテーニュに共感できると思うくだりも出てきた。
われわれは自然の無限の力を、もっと多くの畏敬の念をもって、またわれわれの無知と無能を、もっと多くの認識を持って判断しなければならない。いかに多くの、ほとんど本当と思えないことが、信頼に値する人びとによって立証されていることであろう。だがそういうものいついて、納得できない場合には、少なくともそれを未決のままにしておかなければならない。なぜなら、それらをあり得ないことときめつけてしまうのは、可能性の限界を知っていると自惚れる、大それた思い上がりだからである。
この言葉はかなり胸がすっとする。ほとんど私が思っていることと同じことだけど、モンテーニュ様がいうとやはり説得力があるというものだ。
時系列的に見てきて、現在1557年、モンテーニュ24歳のところまできた。この年ペリグーの租税法院に法官の職を得ているらしい。それまでパリに遊学していたのだが、数年の空白がここでもあるようだ。しかしこの間、フランソワ1世の設けた王立教授団の講義を受け、特にアドリアヌス・トゥルネブスに私淑し、その縁でジャン・ド・モレルのサロンに出入りし、またそこの関係で宮廷にも出入りしたという。時代はアンリ2世の治下で、アンリ2世の寵姫ディアヌ・ド・ポアティエを交えたカトリーヌ・ド・メディシスとの奇妙な結婚生活にも話が及び、またカトリーヌが幼少時ローマに滞在していたときにカール5世の軍勢による「ローマの掠奪」が行われたことなど、カトリーヌという歴史上の異形の存在に対する幼少時の描写も行われていて――これはもちろん、あとの伏線になることだろう――興味深いと思った。なかなか違う国の昔の話を書くときに広がりのある描写をするのは難しいと思うのだが、健闘はしていると思う。
武田泰淳『滅亡について』は面白そうなところを拾い読みしているが、13ページほどの吉川英治論はなかなか面白かった。中核になるエピソードは吉川栄治の年譜を読んでいて見つけた関東大震災に際して吉川が書いていることだろう。吉川英治は関東大震災で職を失う。「焦土の生計として上野の山によしずを持ち牛飯を売る。やや、焦土流離の人びとと樹下に眠り、あらゆる境遇と人間の心に会う。――このことより卒然と文学の業の意義深きを感じ、身辺すべてのものを売って、十月中、北信濃の角間温泉へ篭る。」
武田は、「この同じ大震災で菊池寛氏は文学の無力を感得している。芥川龍之介氏も、はなはだしい動揺をこうむっている。吉川氏の如く、この災害によって「文学の業の意義深きを感じ」た例は、ほかに知らない。」と述べている。
これはもちろん、吉川英治の「文学」と、菊池や芥川の「文学」とでは中身が違うということだろう。しかし元来、人が物語を必要とするのはそうした天変地異のときではないかというふうにも思うわけで、そうなると吉川の文学の方が「真の文学」かもしれないということになる。というか、武田の筆致のニュアンスにはそういうものがあって、その辺は面白いなと思う。私もある意味、いわゆる純文学よりも吉川的な意味での大衆文学を評価する気持ちがあるから、武田の言いたいことはよく分るし胸がすっとする感じがある。
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