芥川賞と「現実の文学のありか」/イスラム原理主義を描いた小説
Posted at 08/08/19 PermaLink» Tweet
昨日帰郷。夏休み中の変則スケジュールのため、月曜日に帰郷となった。出掛けに友人から電話があったが、そういうことで話すのは来週回し。いろいろ忙しい。
今回持ち帰ったのは文藝春秋9月号(楊逸「時が滲む朝」所収)、『淮南子の思想』、『カブールの燕たち』の三冊。『カブールの燕たち』はだいぶ長い間読むのを中断していたのだが、このところほんの少しずつだけ読んでいたのだ。ブログには言及しなかったが。
淮南子の思想―老荘的世界 (講談社学術文庫)金谷 治講談社このアイテムの詳細を見る |
列車の中では主に金谷治『淮南子の思想』を読みつづける。老荘の系譜をひく「道」の思想。本体としての、万物の根源としての「道」というのが老子的な「道」で、万物を成り立たせる理法としての「道」というとらえ方が荘子的な「道」であるとか、いろいろ勉強になる指摘がある。読んでいるときはそれなりに理解しているつもりだが簡単に説明しようとすると難しい。思想的なものはなんでもそうではあるのだが。無から世界が生まれる、というところが昨日言及した「ホーキング、宇宙を語る」に共通するものを感じる。世界が生まれ、動いていることをどうとらえるか、というようなことを考える。
時が滲む朝楊 逸文藝春秋このアイテムの詳細を見る |
楊逸『時が滲む朝』。現在25/59ページ。文化大革命の際、右派として下放された知識人の息子が主人公。(おそらくは西安の)大学に進学し、文学への開眼と美しい少女との出会いをきっかけに民主化運動に巻き込まれていく素朴な田舎の青年たちが描かれている。まだまだ何が起こったという感じではないが、民主化運動が当初は全く反政府的な意図なしにはじまった、という描写はそんなものだろうと思う。フランス革命でも、当初王政を打倒しようと思っていた人など誰もいなかったのだから。事物の勢い、というものがどのように書かれているのだろうか、というところがこれから先読み進める際の期待の一つだ。シェリーの詩やテレサ・テンの歌謡曲などが思想背景や時代背景を描き出すのに使われていて、失われた素朴な時代の中国人、あるいはその先に見える日本人の姿がある種の郷愁を感じさせるのだろう。ただ68年の日本人に比べても素朴すぎる描写が可か否か。このあたりはひっかかる審査員は多かったようだ。選評も、学生運動の時代を経験しているか否かが微妙に判断に影響しているようには思う。どっちに転んだかは別として。
しかしこの作品が芥川賞を受賞したことの意味はどの辺にあるのだろう。読む前は単なる話題作り、日本語を母語としない外国人、それも中国人が書いた小説が芥川賞をとることで小説への関心を高めようとしているのかと思っていたのだが、見ている限りそれであまり小説への関心が高まったとは思えないから、もしそういう意図があったとしたらあまり成功しているとはいえない。
しかし実際に読み始めて見て思ったのは、芥川賞選考委員会というより文藝春秋社、あるいは出版界の意図として、芥川賞自体を、あるいは日本の現代小説というもの自体を変えようという意志があるのではないかという気がしてきた。
取り上げられている中国の若者たちの世界は、やはり現代の日本人にとっては想像できないほどでもないけれども遠い世界の話だ。そこではまだ確かに社会や国家とつながった物語というものが息づいていて、物語のない現代日本では書かれないような作品になっている。この作者は、私たちの知らない物語をきっといくつも書けるだろうし、その視点自体が私たちとは違うものを持っているのだ。
この作品が芥川賞を受賞したということは、実は芥川賞が今まで破れなかった殻――ある種の保守性というか、山田詠美や村上春樹に受賞させそこなった「現実の文学のありか」との齟齬――を破ることができるのではないかという可能性を感じさせる。それは今のいわゆる小説の世界の狭隘性を打ち破ることにもつながるのではないか。描写が陳腐だとか日本語が下手だとかいろいろな批判はあるが、文学の目指すところは新しい細かな描写と上手な日本語に尽きるわけではないから、日本の中でも特殊な純文学の世界を越えて溢れることが今日本の文学に求められているのだと思うし、それは商業性ということと別に考えられなければならない。非日本語母語者による小説への授賞というある種の大義名分をもって、そうした壁を実は打ち破ろうとしているのではないかと私は感じたのだ。まだ最後まで読んでいないが、読ませる小説ではあると思う。
カブールの燕たち (ハヤカワepi ブック・プラネット) (ハヤカワepi ブック・プラネット)ヤスミナ・カドラ早川書房このアイテムの詳細を見る |
ヤスミナ・カドラ『カブールの燕たち』(早川書房、2007)読了。タリバンの圧政下のアフガニスタン・カブールでの二組の夫婦の陰陰滅滅とした話がかなり長い間続いて読むのが大変だったが、なぜか読むのをあきらめさせない力がずっと働いていて、少しずつだけど読みつづけていた。ズナイラとモフセンの元上流のインテリ夫婦に破局が訪れたあと、ズナイラとアティクは思いもかけない出会いをし、それによって元ムジャヒディンのアティクと傷ついた彼を看病したことで夫婦となった病気のムサラトの夫婦とのドラマが動き始める。
イスラム圏ならではの状況設定で、原理主義の支配するカブールの日常を描いたシンプルな構成の悲劇。ズナイラの美しい絶望とムサラトの信じ難い献身。状況の変化を受け入れられないモフセンと、怒りと絶望に満ちた日々の中で思いもかけない美と自分の愛という感情に出会ってしまったアティク。読み終えて振り返ってみると、やはり珠玉の一編というべき作品だ。
午後から夜にかけて仕事。10時夕食、入浴、就寝。今朝は5時起床。散歩をしようと思ったがいろいろ考えることが多くて活元運動をしたりモーニングページを書いたりしていたら7時になった。今日は朝9時から夜まで仕事。
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