オルハン・パムク/沖縄の複雑さ/小林よしのりと瀬長亀次郎
Posted at 08/07/14 PermaLink» Tweet
昨日。夕方もう一度出かけるつもりだったのだが、ウィンブルドンの決勝の再放送から名古屋場所初日の土俵とテレビを見てしまい、夜も『ダーウィンが来た』だの『N響アワー』だの見てしまったのでとうとう出かけなかった。しかし『新日曜美術館』のコローは見逃してしまったな。残念。
収穫は、etv特集で『東と西のはざまで書く~ノーベル賞作家オルハン・パムク 思索の旅』が見られたこと。これは全然期待していなかったので、ありがたかった。パムクという人が自分をビジュアルな人間なので日付入りの写真を撮っておくとすべてのことが日記に書いたように思いだせる、といっていて、面白いなと思った。私はそういう意味でのビジュアルな人間だろうか。その人のことを思い出せるのは、映像だろうか、文字だろうか、それとも音だろうか。匂いや味という人もあるだろう。私は、音の系統かなという気がする。そのとき、ふとしたときに聞こえてくる音が、自分のいる場所、風景、そういうものを蘇らせてくれる。視覚も必要だが、音の力は大きい。
郷里にいるときは、私のいる部屋の近くに川が流れているので、ふと気がつくと川が流れる音がする。遠くでバイクが通る音、草刈り機の音、工事の音。近くの公園で話をする音。そんな物がありありと記憶を蘇らせる気がする。だからといって聴覚芸術の方に行かなかったのはなぜだろう。でも声は、自分にとっては大きな要素だな。いま詩の朗読などしているが、そういう意味では全然満足な物になっていない。しかしとにかく喋りたいという欲望はある。その勢いのあまり、朗読などしているのだが、本当はもっと遠慮なく声を出したいんだと思う。しかし声というのはポリフォニックなものなので、一人でやるには限界がある。出来合いの音源を使うのは著作権上の問題があるし、かといって自分でつくるほどには出来ない。結果、いまのようなさびしい状態になっているのだが。
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話がずれた。パムクは一時画家を志した人だから、今でも画材などについてはとても関心があり、京都の画材屋さんを訪れたときの嬉しそうな感じはとても印象的だった。『わたしの名は紅』に出てくる絵を描く喜びのようなもの、純粋な悦びを彼は確かに持っている。よかったのは、パムクと石牟礼道子の会話。石牟礼は盛んに精霊ということをいい、そのあたりのものを重視する感じは私も共感できるところが大きい。ただ彼女の作品を読もうとするとどうも読めない物があって、それがどこに原因があるのかはよく分からない。
もう一人対談した相手は大江健三郎。しかもネタが『沖縄ノート』。最も気色悪くて私が避けているネタをNHKが嬉々として延々と取り上げていて、本当に閉口した。パムクの番組なんだから大江は引っ込めと画面に向かってぶつぶつ言っていた。とりあえず大江のしゃべくりはスルーすることが何とかできたが、おかげでパムクの重要な発言も受け取りきれなかったところがある気がする。全く迷惑だ。
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パムクが発言して引っかかったのはクルド・アルメニア問題。これはトルコ政府にとって最も敏感な問題なのでが。パムクはイスラム勢力にも政府側の世俗勢力にもどちらにも属していない、いわば孤独な立場で戦っている。『雪』はそのあたりの作品だ。大江は左翼の分厚い勢力に守られ、ひとつの旗頭みたいに担がれているのだから、パムクの立場とは根本的に異なるのだ。同一視するのは事実を歪めている。
しかし、パムクという人を映像で見られたのはよかった。大江もそうだが、パムクもまた自分を失敗した詩人、あるいはなりそこなった詩人というような表現をしている。詩はやはりエッセンスを追うのが中心で、小説は構築性がより重要になる。日本においても、詩の地位を向上させることが今後ますます重要であるという気がした。
***
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夜はその後、小林よしのり企画・編著『誇りある沖縄へ』を一気に読了。2時までかかったが。読書メモを断片的に。
『沖縄論』について伊藤隆氏が批判的だったこと。小林の『沖縄論』は反米的なスタンスがかなりあるが、それについて反左翼の立場から反発していたという話。小林よしのりはどういう具合か右派の代表論客のように思われているが、『戦争論』や『沖縄論』ではアメリカ批判をかなりやっていて、いわゆる親米保守からは相当反発を受けている。左翼側は十把一絡げな粗雑な論理で批判しているが、馬鹿げている。しかし、小林のスタンスはパムクと同じで左翼も敵に回し、保守派も敵に回しているので相当大変なはずなのだ。そのあたりのことを多くの人が誤解しているのは残念だが、結局論争にきちんと踏み込んで読み解こうとする人はあんまりいないということなんだなあと思う。そういうことを考えると論争というものをすること自体が馬鹿馬鹿しく感じられてくるのだが。
「大きな物語」からは何も学べないということ。日本悪玉論、日本無謬論という大きな物語はすべてが回収されてしまうから、結局学ぶ物はない。小さいけれど具体的なことから学ぶべき物が多いという話は全くその通りだと思った。
琉球王府を支えていた人たちの多くは中国から渡ってきた人たちとその子孫で、久米村というのはそういう人たちのコミュニティだったらしい。そういう人たちのアイデンティティは今でも特殊な物があるらしく、沖縄の社会構造の複雑さのような物を感じた。
沖縄で沖縄といえば沖縄本島を指し、石垣島では那覇に行くことを「沖縄に行く」というのだという。琉球の方がより包括的な概念だということは初めて知った。
いろいろ本質的な問題も他にもあるのだが、自分の中であまりまとまってない部分もあり、また何かの折にまとまったら書こうと思う。
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ついでに『沖縄論』を引っ張り出して来てあちこち読んだ。最初に読んだときもそうだったが、瀬長亀次郎を取り上げた50ページにわたる「亀次郎の戦い」は何度読んでも感動する。もちろん共産党員だから保守派にとっては敵であり、小林が瀬長を称揚するのは腹立たしいだろう。しかしそんな物を超えた圧倒的な迫力がこの作品と描かれた瀬長の存在にはある。小林のほかの作品に比べると『沖縄論』はあまり売れていないらしいが、間違いなく小林よしのりという複雑な思想的存在を知る上ではもっとも重要な作品の一つだといえると思う。
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