吉行淳之介と吉行エイスケ
Posted at 08/06/20 PermaLink» Tweet
昨日。昼前に図書館に出かけ、久谷雉や詩の関係のもので面白いものがないかと探す。これ、というものは見つからなかったが、興味をひかれて一冊借りた。吉行淳之介『詩とダダと私と』(作品社、1997)。これが案外「当たり」だった。
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吉行淳之介の父はダダの詩人/作家の吉行エイスケであることは少し前のNHKの連ドラ『あぐり』で知られるようになったが、この本も日付けから言ってその影響で出たもののようだ。(実際には1979年に出たものを97年に新装版として出したらしい。)吉行淳之介が父のことや父との関係を語るものを読んだことは今までなかったが、かなり面白く読めた。吉行自身の詩とのかかわりも朔太郎から始まっている。それは当時にあっては珍しいことではなかっただろうが、そういう点には心を引かれる。
吉行自身の詩作もいくつか掲載されている。『盛夏』という詩などは、
白い蝶は舞い上り
舞い上り 絵画館の円屋根から
蒼穹の青に紛れようとすれば
――そも蝶々なんぞあんなに高く飛んでいいものだろうか
木蔭の午睡に呆うけた独りごと
何ていう連から始まるのだが、この詩作の年月日が(1945.8.6.)となっていることにぎょっとする。戦争末期の、まさに広島に原爆が投下されたその日にこんな抒情詩を作っている人が日本にいたというだけで驚く。吉行の詩は基本的にこういう感じのもので、掲載されているものはほぼ終戦の前後に書かれているが、もちろん後に彼は小説に転向するので詩作もその後はやっていないわけだ。みんながきりきりしているときに飄々とこんな詩を作っているところが私の思う吉行淳之介像とすごくマッチしていていいなあと思った。
私は吉行の小説作品はほとんど読んだことがないのだが、エッセイは好きだ。『麻雀好日』という文庫があって、私はこれを数十回読んで、かなり覚えてしまった。私自身が麻雀ばかりやっていたころで、メンバーが揃わないときなどこういう本を読んで無聊を慰めていたわけだ。だからこの本に出てくる阿川裕之や福地泡介など彼の仲間たちに関しては無意味に親近感がある。今では麻雀はほとんどやらなくなったけれども、彼の文章を久しぶりに読んでみるとその文体に実に懐かしさがあり、吉行という人が改めてカッコいい人、ダンディな人だなと思わされた。
吉行は父エイスケの作品をほとんど全く読んでいないという。若いころは一種の敵愾心によって読まず、年配になってからはその古さによって読まなかったという。作家の娘は父のことを書くことが多いが、息子は書くことはほとんどない、という話はそうだろうという気がする。父と息子というのは本質的にはライバルだからだ、この世界では。
吉行は戦災にあったとき、自分の詩を記したノートを持って逃げたという。それだけ自分の作品に愛着があったということだろう。しかし戦後になってそれを発表してみたら、独自性があると思っていた自分の詩が実は時代性によって書かれたものだということが分った、ということを言っている。なるほどそういうことってあるんだろうなあと思う。
吉行の文というものには、どうも私は知らず知らずのうちに頷いてしまうところがあって、本当にすごいことを言っているのかどうかはよくわからないこともある。印象に残っている言葉をいくつか拾い上げてみる。
ポール・ヴァレリーの言葉で「詩は舞踊で散文は歩行である」という言葉があるそうだ。これは面白い。目的地にまっすぐ行くのが散文・小説であり、その過程の振る舞い、動きそのものを見せるのが詩だということだ。これは感じとしてはよく分る。
また日本語の詩がなぜ行を分けるのか、という必然性について、「結局、日本語の自由詩は、一行一行の与えるイメージを重ね合せていくことに、リズムと行を分ける必然性を求めるのが、最も妥当なところとおもえる。」と書いているが、これはよく納得できる。
ダダの作家・詩人といえば辻潤・高橋新吉、それに吉行エイスケということになるらしいが、エイスケは高橋新吉をかなり尊敬していたらしい。辻潤はそうでもなかったのだが、昭和15年にエイスケが34歳で死んだあとも、辻潤はふらっと吉行家に現れて淳之介に無心をしたりすることもあったらしい。この辺の話はなんというか、貧窮した詩人の話としても父の周辺の人に対する淳之介の心情の話としても微妙な味わいのある話だと思った。
吉行エイスケという存在についても、私は今まであまりちゃんと認識したことがなかったのだが、当時の文学史上においては私が思っていたよりも大きな存在だったことが分った。中学を退学して岡山で芸者を挙げて騒いだりしたようで、まさにおそるべき子どもだったらしく、またエイスケの詩作品としてこの本に掲載されているものがすべて16歳から18歳のあいだに書かれたものだというのを知って驚いた。そう言われてみれば幼さの残るものもあるのだが、周囲の手に負えない彼は17歳で結婚させられたといい、そのあたりは私は見ていなかったが『あぐり』を見ていた人にはよく知られた話なのだろう。どうもエイスケのイメージはほとんど見ていないにもかかわらず野村萬斎の印象が強くていけないのだが、若くして筆を折って株式仲買人になったらしく、淳之介が物心ついた頃には書斎には本はほとんど全くなかったらしい。それで三人の子どもたちのうち2人が作家に、ひとりが女優になったわけだから環境というよりは血は争えないという感じだったようだ。エイスケの武勇伝は事欠かないようで、わたしはそうした話を読んでいるうちにむしろランボーに似た人だったという気がしてきた。エイスケがランボーを読んでいたかどうかは知らないが、もし読んでいたらきっと親近感を持ったのではないかという気がする。
現在184/219ページ。
***
昨日。午後から夜にかけて仕事。それなりに忙しく。ちょっと思うように行かないことがあってやや凹んだが、朝になっていろいろ考えて自分の問題点に気づき、前向きに頑張る気になった。今日の朝は散歩に行かず、1時間以上モーニングページを書いていた。こういう日があってもいいだろう。8時半の電車で松本に出かけ、愉気の会に出る。今日は充実した。帰ってきたらずいぶん疲れが出てしまった。
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