サディズム・マゾヒズムという手がかり/殺したのはわたしであり殺されたのはわたしだ
Posted at 08/05/24 PermaLink» Tweet
朝のうちは曇っていて日ざしがなかったのだが、9時半を過ぎて明るい日が射してきた。でもまだ空は薄く靄がかかっている。
昨日。午後は本を読むつもりだったが、疲れが出て横になっている時間が長かった。『カラマーゾフの兄弟』5巻の解題を少しずつ読んだ。午後から夜にかけて仕事。昨日もそれなりに忙しく、夜までかかる。しかし、夜になると朝の疲れがかなり出て、ちょっときつい感じになってしまった。夜は食事と入浴を済ませてすぐ就寝した。
恥部―島田奈都子詩集島田 奈都子かまくら春秋社このアイテムの詳細を見る |
島田奈都子詩集『恥部』読了。前半の詩は、自分の中にいるもう一人の自分に語りかけているような詩だ。改めて感じたのは、言葉に実感がこもっていること。リアリティのある手ざわりのある言葉。私小説のような、私詩。孤独のこもった、日常の感情の疼きをドラマチックに描き出す力。
胎内回帰願望。幸福な過去とそうでない現在。少女趣味のように見えるがそれに留まらず、リアリズムのみのように見えるがそれに留まらない。生活者の夢がときに静かな破壊力を持つ、力強い自己肯定の文学。
後半はだんだんフィクショナルな、また回想的な詩が多くなる。現在、とは少し距離がある作品というか。客観的に自分を見る余裕が出てきたというか。作者の置かれた状況の変化が感じられる。
この作者の言葉は、言葉がリアリティを持っている。ごつごつした、プロレタリア文学でも読んでいるかのようなごつごつしたリアリティで、繊細な内面を描き出そうとする、その落差にこの作者の魅力があるのかもしれない、と思った。
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奥野宣之『情報は一冊のノートにまとめなさい』読了。いろいろなアイディアがあって面白い。中には既に実践していることも、思いついてはいるがやってなかったこともある。今使っているスケジュール帳はA6のサイズで、ToDoなども全部そこに書き込んでいるので、使い方として似ている面もかなりある。ためしにA6のノートも買ってみたのでいろいろ使い方を研究してみたい。
カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 (5) (光文社古典新訳文庫)ドストエフスキー光文社このアイテムの詳細を見る |
『カラマーゾフの兄弟』5巻、訳者亀山郁夫による「ドストエフスキーの生涯」「解題 「父」を「殺した」のは誰か」「訳者あとがき」を読了。この小説にさまざまな解釈があることを知ったし、なるほどこの小説の構造を三層構造と捉えるととらえやすいということも分った。ただ、もちろんそういう読み方もできるだろうと思うけれども、文章のあやをそのままひっかかりながら「ただ読む」ことによってしか行き着けないところもあるのではないかと思った。
作中人物の抱えるさまざまな問題性は、亀山の解釈により私自身の中で補強されたところもあるが補強されなかった、つまり私自身の解釈とは対立するところもなかったわけではない。リーザ・ホフラコーワの存在の重要性は読んでいるときはあまり気がつかなかったが、言われてみるとなるほどと思うところがある。また、サディズムとマゾヒズムのドストエフスキーにおける重要性というのは、私がほとんどそういう感覚と無縁であるのでやはり分りにくい。しかしリーザ・ホフラコーワがドアで自分の指を潰す場面は強烈な印象が残る。バタイユの『眼球譚』を読んだ時の印象が蘇る。金原ひとみが最も影響を受けた作品として中学のときに読んだ『眼球譚』を挙げ、また『カラマーゾフの兄弟』を読んで「何なんだこれはこんなに面白い小説があるなんて!」と言ったということに亀山は触れているが、なるほど金原はそうした自我とサディズム、マゾヒズムに降りていくところの感覚を書こうとしている作家なのだなということに思い当たった。『蛇にピアス』しか読んでいないが、この強烈な違和感も、そうしたものを描こうという試みであるのだろう。日本では受け入れられにくいと思うが、サディズムとかマゾヒズムというものは私の感じでは女性にそういう感覚を持った人が多いと思うのだけど、そういうものを代弁しているところがある作品は、ある程度は受け入れられていくだろう。考えてみれば『NANA』にもかなりそういうところがある。
また翻って考えてみると、諸星大二郎にもそういうところがあるような気がする。何か精神の深み、狂気との境目のようなところを自覚するのに、そうした嗜癖というのは有効なのだろうと思う。なんというか私などは、狂気に陥ろうとすればあっという間におちていける気がするし、またそれでいて全然精神の深みには入り込んでいけない感じがするので、そうした狂気一般について避けて通っているところがある。狂気にもたとえば、もっと前向きな狂気、みたいなものもある。明晰な狂気、とでも言うか。しかし、私がほしいのは明晰であり明瞭なのだがそれであると同時にその明晰や明瞭が崩れぽっかりとどこかへの通路が開く、そういう感覚でもある。その虚空の先に何があるのか、あるはそれは求めるべきものであるのかもよくわからない。神かあるいはもっと違う何かの領域かもしれないし、そこにはいることが許されるのかどうか、あるいはまたそれが記述可能なものなのか、またそこに入って帰還可能なものなのか、もわからない。それに比べるとサディズムやマゾヒズムは手がかりになるものが割合はっきりしていて取り組み易いのではないかという気もしないではない。はっきりしすぎているからのたうちまわるような困難が伴うこともまた容易に想像可能ではあるのだけど。
亀山の解釈に疑問を感じた例をひとつ挙げておくと、ゾシマ長老の理念についてだ。亀山は、「人間は大きな罪を経て、初めてある世界に到達できるというゾシマ長老の考え方は、現代社会においてはとうてい受け入れ難い、ほとんど不可能に近い信念ではないだろうか。とりわけ競争の激しい現代社会では、人は、少しでも罪を犯したら終わりであり、命とりとなり、脱落を迫られる。」と書いている。確かに、亀山の生きている世界、つまり学者の世界は沿うかもしれないが、それを一般化することはできるだろうか。エリートサラリーマンの世界もまた同じようなものだとは思うが、現代社会に生きる人をそうした場所に置かれた人たちと一般化することは必ずしも正当ではないように思う。
人は多かれ少なかれ、「罪の記憶」を持ちつづけるものではないだろうか。現代社会に広がっているのはそうした成功者の世界だけではなく、ニートもいればワープアもおり、オーバードクターもいれば大きな疾患を抱えた人たちもいる。鬱の傾向のある人は二桁のパーセンテージを占めるだろうし、場合によっては自分のしたこと、また考えていること、あるいは存在そのものを「罪」と感じ、考える部分を持っている人は少なくないと思う。そしてその「罪」をどう意識し、贖罪にしても忘却にしてもどう対するかによってそれがないときとは違うものが見えてくるということはだれにでもあるのではないかと思う。
人には人の死を願うという根源的な罪、原罪を持つという解釈を亀山は書いているし、そう下目配りがないわけではないと思うのだけど。私は、ゾシマ長老の理念には坂口安吾の「生きよ堕ちよ」という主張が重なって見える。現在はまた戦後とは違う、というかもしれないが、しかしある意味廃墟のような現代社会において、安吾の思想がある意味魅力的であることは確かである。そう考えてみると「現代社会」というものをどう解釈するか、どのようなものととらえているかと言う点が、私と亀山の相違点なのかもしれないとも思う。
「父殺し」の物語を書き、殺される父に「フョードル」という自分の名前を与えるドストエフスキーの心性を「殺したのはわたしであり、殺されたのはわたしだ」とまとめたのは唸らされるものがあるが、そのあたりはなるほどと思うしジョン・ダンの「何人も孤島にてはあらず」の詩を思い出す。「されば問うなかれ、誰がために弔鐘(かね)は鳴るやと。そは汝がためになるなればなり」という世界の広がりが、ドストエフスキー個人に収斂する。未完でありながら、圧倒的な自己完結性をこの小説が持ちえるのはそういうところかもしれない。そうなるとこの『カラマーゾフの兄弟』は完璧なフィクションであると同時に完璧な私小説でもある、ということになる。
また少し日が翳り始めた。現在11時少し前。
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