谷川俊太郎/キリスト/ポエジーとリアリティ
Posted at 08/04/16 PermaLink» Tweet
昨日帰郷。持ち帰った本は、西脇順三郎『詩学』、アウエルバッハ『ミメーシス』上、『現代詩手帖』、『ギリシア・ローマ名言集』。『ユリイカ』がほしいなと思って帰郷の途路丸善丸の内店に立ち寄ったのだが、売り切れとのこと。『抒情文芸』のバックナンバーだけを買う。どの本もそれぞれ少しずつ読んだ。
現代詩手帖 2008年 04月号 [雑誌]思潮社このアイテムの詳細を見る |
『現代詩手帖』は谷川俊太郎の新作『私』という詩集の特集で、谷川と三浦雅士の対談を読んでいると谷川というのはこういう人だよなあと改めて思ったし、日本の現代詩の置かれている状況、またその中における谷川の特異性のようなものもまた改めて確認されたという感じ。現代詩人といえば普通の人は谷川俊太郎しか知らないけど、その谷川が非常に特異な存在であることによって現代詩は一般の人からいっそう遠いところへ行ってしまう。しかし三浦雅士にいわせると現代音楽も現代美術ももうだめで、でも詩と舞踊だけは人間の根源的な行為だからいつまでも残る、ということになっているらしく、確かに人間がポエジーを感じずに生きていくことは難しいわけで、(特に私のような人間は)そういうものの供給源としての詩の役割というのはなくならないだろう。それがいわゆる「現代詩」であるかどうかはともかく。
ギリシア・ローマ名言集 (岩波文庫)岩波書店このアイテムの詳細を見る |
『ギリシア・ローマ名言集』。いいと思った言葉を一つだけ。
お妃さまを覆う土が軽くありますように。
死んでしまった妃をうたう葬送の歌。愛に満ちた言葉だと思う。「あなたを覆う土が、軽くありますように。」芝居を書くときに使ってみたい言葉。いや、もともとエウリピデスなのだが。
詩学 (1969年)西脇 順三郎筑摩書房このアイテムの詳細を見る |
西脇順三郎「詩学」。現在85ページ近辺の「宗教」という章をうろうろしている。西欧キリスト教徒にとっての永遠観、神秘観など、ちょっとよく分らない分野に入り込んでいるので難しい。印象に残ったくだりを一つ。
地獄と天国、有限の世界と無限の世界という相反するものの調和、または一つのものと合体した存在の権化はブレイクにとってはキリストである。キリストという存在は絶対であるから、すべての関係において可能である。ボードレールもマラルメもそうした「絶対」を愛求した神秘主義者であった。
マラルメの言うような有限の世界と絶対の世界(深淵)との間の交流がありえるのか、というのはずっとこの本を読んでいて疑問だったのだが、その矛盾を超えて存在するものがキリストなのだ、と考えればなるほどと納得が行く。少なくともキリスト教徒がそう思うだろうということは。そして、この無限と有限の弁証法のようなものが、たとえどんなに無理のあるものであっても、彼らの中に進歩のダイナミズムのようなものを生んできたのだということを思わされた。超えられない矛盾を生きた存在がキリストであり、だからこそ信ずべき存在なのだということになる。こういうことは頭で理解していても、コンテクストが違うところで同じような話が出てきたときにはピンとこない。信仰のないものには分りにくい世界ではある。
昨夜は途中までかなり暇だったのに、後半になって結構忙しくなった。10時前に仕事を終え、帰宅。「プロフェッショナル」を見ながら夕食。12時前就寝。
しかしどうも疲れているのか、なかなか早く起きられない。起きたのは6時半。モーニングページを書いて父に愉気、牛乳を飲んで、自室に戻って支度をして松本に出る。車中『抒情文芸』と『ミメーシス』を読む。『抒情文芸』を読むのは久しぶりだが、以前読んだときは詩とインタビューしか眼中になかったけど、小説も投稿されているということに気づく。ただ、この中から何かを得られるのかどうかはどうもよく分らない。
ミメーシス―ヨーロッパ文学における現実描写〈上〉 (ちくま学芸文庫)エーリッヒ アウエルバッハ筑摩書房このアイテムの詳細を見る |
アウエルバッハ『ミメーシス』。まだ第一章「オデュッセウスの傷痕」の途中だが、「オデュッセイア」の中でオデュッセウスが帰還した際のエピソードの描き方について分析している。エピソードの中に挿入される長大なエピソードがある、という構造なのだが、一般にそれは緊迫感を高めるテクニックとして認識されているけれども、著者はゲーテとシラーの往復書簡の中で語られた、それは「低徊」である、という言葉に賛成している。つまり、緊張を高めることを意図して挿入されたのでなく、ホメロスの語りの文体が新しいことが出て来たらすべてを語らずにはいられないという性質を持っており、その文体自体の要請によってそうした語り方になっている、というわけである。つまり物語の構想の必然からそうなったのではなく、文体の必然がそうした構造を生み出した、という分析だ。
それに対比されているのが「旧約聖書」中のイサクの犠牲のエピソードで、神がアブラハムに何の説明もなく突然深淵から現れて「アブラハムよ」と呼びかけ、アブラハムが「ここにいます」と答えることではじまる。これは従来、ギリシャ民族と異なるユダヤ民族の神観の表れであって、ユダヤ民族の神は荒野の孤独な神であるから、と説明されてきた。しかし、著者はこれに関しても、ユダヤ民族の神観は彼らの物事の理解の仕方や表現の仕方の現れであるとしている。つまり、ユダヤ民族が神をこのように語ることによって、つまり語りの文体によってユダヤ民族の神観が生まれてきたと解釈しているわけである。
これは実体論と唯名論に匹敵するようなパラダイムの転換であるように思う。神がこういう性質を持っているからこのように表現される、というのではなく、神がこのように表現されたから、神がそのような性質を持つと考えられるに至った、ということなわけだから。つまり簡単にいえば、「はじめに言葉ありき」ということになるわけだ。
この転換ですべてのことが語りえるのかどうかは疑問符がつくが、しかし面白い発想であることは間違いない。
それにしても前書きで篠田一士が書いているけれども、ヨーロッパ文学のギリシャ以来の長大な伝統というものをまざまざと感じさせられる文章だ。われわれにとっての源氏や古事記以上の重要性を、彼らの文学の中ではホメロスが持っているのだなと思う。
***
篠田によると、「ミメーシス」とは現実模写=リアリズムについての論で、これはプラトンによって提起されアリストテレスによって完成されたらしい。リアルとはどういうことか、というのは最近私が考えていたことと多少関係がある。小説に付き合っていると常に付きまとうのが「リアリティ」の問題だからである。
最近ふたたび小説より詩に近づいてきて、『詩学』を読みながら解放される感じがあったのは、詩に重要なのは「ポエジー」であって「リアリティ」ではない、ということに気がついたからだ。気が付いてみると、私にとって「リアリティ」というのはかなり重苦しいものであって、直截に言えばあまり興味がないのだ。しかしどんな小説でもリアリティは要求されるわけで、それが自分にとっての難行苦行であり、またその苦行はもちろん自分に欠けているものを身につける努力という点で無意味なことではなかったとは思うけれども、しかしその重石が取れてみると非常に解放感があるものではあった。私はポエジーは愛するし追い求めたいと思うけれども、リアリティは半ばどうでもいいんだなと思わされたのだった。
『ミメーシス』というのはおそらく、そうした「リアリティ」がどういう由来を持っているものなのか、そんなに確かなものなのか、という点を明らかにしていく評論なのではないかと思う。(読んでない作品の予測だから違うかもしれないが)そういう意味で少し面白いかもしれない。
***
操法を受けて帰る途中、何度も舟を漕いでしまった。塩尻で20分も停車するかったるい普通電車だったのだが、寝ていたせいであまり気にならなかった。
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