山岸涼子『牧神の午後』/橋本治『小林秀雄の恵み』
Posted at 08/03/23 PermaLink» Tweet
金曜夜に帰京した。金曜は仕事が忙しかったが首尾は悪くはなかったので、後は任せて東京に帰ったのだ。2時に就寝し、土曜は8時に起床した。
ちょっと満足感とか安心感が広がって土曜日はあまりからだが動かず。疲れていることは疲れているんだろうと思う。友人から電話がかかってきて午前1時間、午後3時間ほど話す。久しぶりだったから話すことがたくさんあった。それにしても話し過ぎではあったが。夕方大手町丸善に出かけ、『ダンスマガジン』の4月号を買う。地元に戻って地元の書店で山岸涼子『牧神の午後』と『Oh!スーパージャンプ』を買う。
DANCE MAGAZINE (ダンスマガジン) 2008年 04月号 [雑誌]新書館このアイテムの詳細を見る |
『ダンスマガジン』はローザンヌ国際バレエコンクールの話が面白かった。審査方法・審査基準が大幅に変わって、例年多数の決選進出者を出していた東アジアのダンサーが今回は一人しか残らず、欧米のダンサーが増えたこと。審査委員長をノイマイヤーが務め、表現力やコンテンポラリーを重視した審査にしたことが影響したのだろう。日本だけでなく韓国や中国のダンサーはみな正確には踊れるが表現力やコンテンポラリーの面では今ひとつという人が多いなと前から思っていたので、これからのダンサーに要求される一つの基準を打ち出したと言えるのではないかと思った。
牧神の午後 (MFコミックス) (MFコミックス)山岸 凉子メディアファクトリーこのアイテムの詳細を見る |
山岸涼子『牧神の午後』(メディアファクトリー、2008)。表題作「牧神の午後」はニジンスキーとディアギレフ、バレエ・リュスを取り上げた話。1989年の作品で絵柄も現在とは少し違う印象を受けた。「黒鳥 ブラックスワン」はインディアンの血を引くバレリーナ、マリア・トールチーフとアメリカ・バレエの原型を作り上げたジョージ・バランシンの話。これは1994年の作品。20世紀初頭のバレエ革命を知るには面白い作品だと思うが、ニジンスキーやディアギレフ、バランシンについて知られていない新しい一面を描き出した、ということはないように思った。マリア・トールチーフのことは知らなかった。ネットで調べて現在でも存命だと知って驚いた。
「瀕死の発表会」「Ballet Studio拝見」は『ダ・ヴィンチ』に掲載されたエッセイ漫画。中高年のバレエは盛んなんだなあと改めて感心させられた。
最後に2007年のローザンヌのレポート。これはダヴィンチ編集部の筆によるもの。山岸涼子の編集者から見た姿が書かれていて、興味深い。
小林秀雄の恵み橋本 治新潮社このアイテムの詳細を見る |
橋本治『小林秀雄の恵み』読了。この本は、小林秀雄論であるとともに日本近代論でもあり、それと対置される形で日本近世論でもあり本居宣長論でもあり橋本治論でもある。橋本治は近代日本に背を向けた、と自称しているだけあって、文芸評論的な用語や暗黙の了解事項などに拘泥せず、書きたいことを書いていて気持ちいい。それは多分、小林秀雄もそうで、そういうところにも橋本は共感を感じているのではないかと思う。本居宣長もそうだ。
小林秀雄の精神史を有名な「當麻」から始まる敗北と敗北からの回復過程での変化においている視点と展開は見事だと思う。「當麻」は一般に「美しい花がある、花の美しさというものはない」という言葉が有名なのだが、橋本はそれよりも「當麻」のシテの美しさに激しく感動したこと=敗北に重点をおき、「無常と言ふこと」以降の作品をすべてその敗北からの自己回復過程と見る。そしてその激しい感動こそが「物のあはれ」であり、それ以後の小林の主張はすべて「読むべき物を読め」になる、という。「読むべきもの」とはそうした激しい感動を与えてくれるものであり、それが「一流のもの」となるわけで、この橋本の直観的な理解はすごいものがあると思う。
「物のあはれを知ること」がなければ「考えること」などおぼつかない、と小林は感じ、考えたと橋本は整理するわけだが、本居宣長は自分が「物のあはれを知っていること」について何の疑いもしていなかった、というより自分の感じ方、あり方が現実の近世世界で肯定されないことに不審の念を持ち、源氏の研究から古事記の研究に行ってここには確かに美しい形があり、自分の感じ方・あり方は正しいのだと確信を持つに至った、と橋本は整理する。宣長は「物のあはれ」を先に知り、そのことの正しさを確かめるために「考える」ことをしたわけだが、小林は「考えること」を先にして「物のあはれを知ること」の大切さに気づき、(それが「當麻」における敗北だ)「物のあはれを知ることの必要性」について説くようになった、しかし、小林自身が自分が「もののあはれ」を知っているかどうかということについては懐疑的だった、と言う指摘も面白いなあと思う。そういう意味で小林は近代人であったし、近代日本人もまた「物のあはれを知る必要」について説かれることが必要だったのであり、だからこそ近代日本は小林秀雄を必要としたのだ、というわけだ。
「物のあはれを知ること」とは「自分の感情の動きを自覚することだ」と橋本は『本居宣長』を読んで思い、「あ、それでいいの」と思ったのだそうだ。だから自分のことを、「それをさっさと”わかった”と言ってどこか違うところへ行ってしまった子ども」だという。結語に近いところに書かれた以下の文が、長いこの本の最終的なエッセンスになると思うが、しかし橋本自身が言うように古典やテキストはエッセンスを得ることでなく、その「古典と言う名のトンネル」を潜り抜けるところに意味がある、ということは思う。
近代の日本人は、エモーショナルなものに惹かれる自分自身を、どこかで煩わしがっていたのかもしれない。それを分析して、いつの間にか「エモーショナルなもの」を我が身に備えることを忘れてしまったのかもしれない。「エモーショナルなものを我が身に備える」ということは、「物のあはれを知る」と全く同じことだと私は思うけれど。
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