何かに憑かれたり熱に浮かされたり/シルヴィ・ギエム/便利な世の中で、ただひとつ便利にならない「人間関係」:『賢い身体 バカな身体』
Posted at 08/02/18 PermaLink» Tweet
昨日。何をやったのか正確には覚えていない。何かに憑かれたり熱に浮かされたりする現象が近づいてきている感がある。そういうときの自分がプラスのエネルギーを発揮できるといいのだが、ここのところあまりいい方向に出ていないので注意を要する部分もある。
ただ、物を作ろうというときには、こういう状態は必要なのだ、少なくとも私自身にとっては。今回の波は『テレプシコーラ』を読んだ頃から始まって、バレエ熱という形で続いている。それが心の中のいろいろなものを呼び起こして、嵐のような状態になっているのだろう。そうなると体もいろいろ変調が出てくる。昔ならあまり感じなかったような小さな変化やストレスが、いい意味でも困ったなという意味でもよく感じられる。
シルヴィ・ギエムの動画はYoutubeを探して見ると結構ある。
シルヴィ・ギエムは完璧な美なのだが、こういうものを見ていると人間というのは本来こういう動きが出来る、いやこういう動きをすべきものなのだという気がしてくる。そういう意味で彼女の動きは「個」の美ではなく、「類」の美というべきものだろう。人間はみなこのように美しくあるべき、というような。
彼女の体の動き一つ一つが美しく、また人間の動きとは本来こういうもの、ということを思わせる。そしてまた、よく考えて見ると頭の中で考えた理想の動き、というものがそのまま実現しているという途方もない事実に思い当たる。普通の人間にそんなことは不可能だ。考えれば考えるほど驚くべきこと。
それからジョルジュ・ドン。Georgesかと思ったらJorgeなのだな。アルゼンチン生まれなのだから当然か。ジョルジュでなくホルヘなのだ、本来。なんとなくマラドーナに似ているというのは牽強付会だが、ドンはロシア移民の子というから何というかバレエの血が流れているような気がしてしまうな。
これもベジャール振付らしい、相手はリタ・ポールブールド。この人も素晴らしい。
今までデスクトップをブーシェの『ヨーロッパの誘拐』にしていたのだが、ギエムの『聖なる怪物』(アクラム・カーン振付)に変えた。カーンはバングラデシュ出身でカタクというインド舞踊のダンサーであり振付師でもあるという。いずれにしてもちょうどいいような画像がなかなかない。
***
午後日本橋に出かけて、丸善で桜井章一・甲野善紀『賢い身体・バカな身体』(講談社、2008)を買う。
賢い身体 バカな身体桜井 章一,甲野 善紀講談社このアイテムの詳細を見る |
上のような装丁なのだが、甲野が自分のサイトでこう書いている。装丁は鈴木成一。『プロフェッショナル』でも見たことがある人。この人、本を全部ちゃんと読んで装丁を作るんじゃなかったかな。そういう意味ではどういう価値観でこれをデザインしたのか作り方と受け取り方について甲野と討論してくれると面白いのではないかという気がするが、さてどんなもんだろう。
実は、私は買う前にこのサイトを読んでアマゾンで調べてこれは・・・と思ったのだが、桜井との対談本は以前から楽しみにしていたので早速買いにいった。内容的には非常に面白い。甲野も桜井も自分の分野のことだと話すことが限られてくるのだけど、こういう異業種バトルみたいな対談だと彼らのもっている深い知識や知恵のようなものが一層浮かび上がってきて心の深い部分、おそらくは魂の部分で共鳴するものがある。
「最近は命の大切さということをよく耳にするんですが、命が一番大事というのは、本当に身も蓋もない話です。確かにかけがえのないものであることは分かりきっていますが、そのかけがえのない命を何かに賭けてこそ、人間というのは生き生きしてくるものがあるのに、…(中略)…大切さだけを思想的にも至上の価値のように認めてしまうのは、本当につまらないことだなと思いますね。」
これは最近の「命の大切さ」教育に対する私の違和感をうまく代弁してくれていると思った。全くその通りだと思う。
また、便利を追求する世の中で、なんでも便利になったけど、ただひとつ便利にならない、なりえないのが「人間関係」であって、そのストレスがトラブルを増大させている、という指摘もその通りだと思った。何でもかんでも不便だったら人間関係のギクシャクもワンノブゼムに過ぎず、そんなことにかまっちゃられないとしやすかっただろうに、今ではなんでも便利だから人間関係くらいしか「かまう」ことがなくなってしまったということは大きいだろう。で、これだけは便利になりようがない。ギブアンドテイクの関係にしようとか、他人にはなるべくかかわらないようにしようというのはそういう人間関係の「便利化」の現われなのだろうけど、どんなにそうしようとしてもそうできないものが人間関係だ。
面白かったのは千代鶴是秀という鍛冶職人の話。神様といわれた道具鍛冶だったというが、普通の鑿(のみ)の十何倍もの値段の物を他の鍛冶屋の十何倍も時間をかけて鍛える人だったという。あるとき「江戸熊」という大阪の腕のいい大工に頼まれた千代鶴は会心の作を大阪に届けに行くことになり、質屋に行って旅費を工面して大阪に出かけたのだという。すると江戸熊は大阪駅で幟を立てて千代鶴を迎え、自宅に戻ると千代鶴の仕事を見てぽんと大金を払ったという。千代鶴がつい「どうやってお金を工面したのか」と尋ねると、江戸熊は懐から質札を取り出して見せたという。それで千代鶴も懐から質札を取り出し、お互いに大いに笑ったということだ。
また彫刻家の平櫛田中(歌舞伎座にある六代目菊五郎の鏡獅子の像を彫った人)がドイツの刃物しか使わないというのを聞いて彫刻刀を何本か作り、平櫛の自宅に出かけたのだという。平櫛はそれを試すことを承知し、夜までずっと作業。その間昼になると千代鶴には昼食が振舞われ、夜になると夕食が振舞われたという。そして無言のまま夜半になって、平櫛は「これから私の彫刻道具はすべてあなたに作っていただきたい」といったのだそうだ。千代鶴は「日本にもよい刃物を作る鍛冶屋がいることさえ分かっていただければいいのです」といったそうだ。
また当時、「まないたの寅」という凄腕の指物師がいたが、それに次ぐ腕前といわれた野村という指物師が弟子入りしようとしたのだという。それを受け入れたまないたの寅に、親方、何からやりましょう、といったら鉋を砥げ、といったのだそうだ。ちゃんと砥いだのに、と思いつつまた何をしましょう、といったらまた鉋の砥ぎを、というのでまた砥いだのだそうだ。それが一週間続き、野村が砥いだ鉋を見てまないたの寅がいい砥ぎになった、と認めたのだそうだ。それでは次に何を、と聞くと、「これで年季は明けた。あなたも私と腕に違いがあるわけじゃない。ただ私のほうが砥ぎが少し上だった。違いはそこだけだ。だから帰って自分の仕事をしなさい」といったのだそうだ。
こうした話はみなカッコいいと思う。私は職人についてはあまり関心がないからよく知らないのだけど、甲野は非常に詳しい。一部の例を取り上げて見たけれど、この本はいろいろと深いところで啓発されるところがあるので、そういうこと(深いところで啓発されること)に関心のある人にはお勧めの本だ。
私も啓発されたせいか、昨日から新しい作品を書き始めた。書く気になりアイディアがまとまるまでが大変だが、なってからもなんだかものすごくプレッシャーを感じたりしている。でも多分、このプレッシャーと戦うことに意味があるんだろうと思う。
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