雪の翌朝/机を変える/物語の強さ

Posted at 08/02/04

今朝は気持ちよく晴れている。昨日の雪が嘘のようだ。まだ日陰や屋根には雪が残っているけれども、これももう少ししたら消えていくだろう。

朝の日課をやる場所をベランダ側の西側の部屋の机に変えてみた。今までは居間の食卓でやっていたのだが、ふとそういう気になったのだ。この場所は、10年ほど前に今パソコンを打っている机を東側の部屋に入れ、居間に食卓を入れる前は何を書くにもずっとそこでやっていた。当時はそれが使いにくくて仕方なかったのだけど、今改めてやって見ると椅子が低すぎ、椅子を上げると今度は机の表面が低すぎる、ということが分かった。もともと妹の使っていた机だから低いのは仕方ないのだけど。でも今座っている事務用の回転椅子を持って行って座れば何とかなるということは分かった。しかしこの机から毎回運ぶのは大変なので、一つ買わなければと思う。

西側の椅子は気持ちいい。光が入ってくるし、机の上板を上げれば戸棚みたいになるタイプのヤツなので、目の前が区切られていて集中できる感じがする。窓際で寒いかと思ったらそれほどでもないし、何より明るいのがいい。今いるこの東側の部屋は通路側なので少し気を使うし、窓も小さいしスリガラスなので光も弱い。

いろいろな意味で間違いなく西側の部屋の方がいいのだけど、結局は10年前のいろいろあった時期を思い出して力がでなくなるのではないかということを恐れていたんだなということが分かった。パソコンは今のままでいいにしても、万年筆でものを書くときは西側の部屋に行こうと思う。

ふっと時間があるとつい『テレプシコーラ』に手が伸びる。自分の中に表現したいものがある、と気がつく、それは姉の死という「惨い代償」と引き換えではあるのだが、生と死とのあわい、トゥオネラで踊る姉の姿を振り付け、踊らずにはいられない姿を作者は描きたかったのだろうと思う。本当はこの場面で入れたかったのではないか、と思うところがもう少し前のところにあるのだが、描きたいエピソードがまだたくさん残っていて、それと物語の進行をあわせるのにかなり苦労したのではないかという気がする。10巻のラストは音楽で言えばいわばコーダなのだが、ここを描ききるのは多分大変だったのだろうと思う。ネットで感想を読んでいても、このあたりに疑問を呈する声はかなりあった。自ら表現を志した人間でなければこのあたりのよさは分からないのかなあと思いつつも、もう少し説明があってもいい気もするし、でもそのよけいな説明が興をそぐということもあるしなと思ったり、また単純にスケジュールや単行本収録の都合といった物理的な問題もあったのかもしれないと思ったりもする。

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山岸 凉子
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とにかくスケールの大きな話なので、一つのまとまりをつけることがどんなに困難かということを思いやってしまう。『カムイ伝』の最後も台詞ばかり連続していたし、『日露戦争物語』の小さいコマに説明台詞をめちゃくちゃに詰め込んで最終回はものすごいことになっていた。強い物語は時に作者のコントロールさえ受け付けない。まわりはその物語を作り出した作者の強靭さに感心してはらはらしてみているしかないのだが。

とにかく空は青い。今日は出かけよう。

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by Luke Peterson

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