私が好きなようにするのを、死んでいく人がどうして止められるの?
Posted at 07/12/08 PermaLink» Tweet
川端康成『雪国』(新潮文庫、1947)を読んでいる。
雪国川端 康成新潮社このアイテムの詳細を見る |
現在110ページ。全体の6割強か。この作品も長い間書き出ししか知らなかったが、なぜ今までちゃんと読もうとしなかったのか、残念な気持ちもあるが、今こうして読めることに喜びと楽しみを感じるという作品。手放しでいい作品。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」で始まるこの作品、上越線が全線開通して数年後のものだということを知ると、越後湯沢の鄙びた感触が少しは理解できる。今では新幹線や関越自動車道も出来て大動脈となってしまった清水トンネル越えも、この当時は日に数本しか列車のない田舎の路線だったのだ。いまや並行在来線が三セク化され、あまつさえ横川―軽井沢間は廃止までされてしまった信越本線が当時の大動脈だったことを考えると、今昔の感に堪えない。湯沢は昔の湯沢ならず。玉手箱の向こう側の世界のような、異郷だったのだ。
汽車の窓に映るこちら側の風景と透けて見える向こう側の風景、という幻想的な、それでいて現実的な描写など、川端の文才が遺憾なく発揮されている。
駒子という女の造形は、当時でいう「自立した新しい女」、という感じに、今のところ読める。周囲の因襲に満ちた暮らしの中で、一人半ば都会的に、近代的に浮かび上がって見えるこの女性、飛び抜けて三味線がうまく、何でもきちんとしなければ気がすまない性分。許婚になぞらえられた男の死に立ち会うよりも、主人公を駅に見送りにくることの方を取ろうという女。「私の好きなようにするのを、死んでいく人がどうして止められるの?」そういう女性を魅力的に描く川端の筆致。これは時代なのか、個性なのか。男と女のやり取りのところで少し分かりにくいところもあるのだが、それは時代的なものかなあと思いながらあまり気にせず読んでいる。
それにしても「注解」をどうにかして欲しい。「蝶はもつれ合いながら」という言葉にわざわざ注解がついているので見てみたら「この個所は駒子と島村との愛が破局に至るであろうことを暗示している。」と書かれていてげんなりした。何を考えているのか。小説の読者から想像力を奪うような注解をつける意味がどこにある。この小説に関しては、ほとんど注解をつける必要のないところばかりに注解がつけられているし、逆に注がないと分からないだろうなあと思うところにはついてない。しかし、注など読んで理解した気になるよりは、分からないままほっといて、後でいつか気がつけばいいのだ。たぶん、こんな注解がついているのは、中学生向けの「課題図書」になっているせいだろう。しかし、こんなある意味エロティックな小説を中学生に読ませていいのか。太宰治の『人間失格』も子どもに読ませるもんじゃないよなあと昔から思っていたが、『雪国』もそうだと思う。いや、『雪国』の方が若干ましか。
ちょっと感心したのは、やけにうまく駒子が三味線を引いた後のやりとりだ。
「小さいときこうして習ったわ。」と棹を覗き込むと、
「く、ろ、かあ、みい、の……。」と幼げに歌って、ぽつんぽつんと鳴らした。
「黒髪を最初に習ったの?」
「ううん。」と、駒子はその小さい時のように、かぶりを振った。
「黒髪」という曲は、女の嫉妬や一人寝の寂しさを歌った曲で、祇園で舞妓になる仕込みの時期の踊りの曲の中でも細やかな表現を必要とする難曲だという。三味線では初めのころに習う曲だというが、その曲を幼げに歌い、幼げにかぶりを振るというのはちょっとぞくぞくする感じがある。そういうことを知っていると、川端がいかに天才か、あらためて唸らされる。
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