彼らの強さ、われわれの弱さ/人生の意味について考える
Posted at 07/10/04 PermaLink» Tweet
ポール・オースター『鍵のかかった部屋』読了。
鍵のかかった部屋 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)ポール・オースター,柴田 元幸,Paul Auster白水社このアイテムの詳細を見る |
いわゆるアメリカの現代小説、それも純文学(?)の作品を読んだのは、これが初めてかもしれない。読んだことがあったとしても、覚えていないのだから読んだ内に入っていないだろう。英語圏の作品はイシグロやクッツェー、ナイポールといったところを読んではいるが、アメリカの作品は少し雰囲気が違うし、むしろ日本の現代小説に近い感じがする。特に村上春樹には似ているところがかなりある。というより、村上春樹よりもずっと読みやすい。村上はなんというか、風俗を描くところがかなりあざとい感じがするところがあるのだが、オースターの描写は非常に自然で、こちらの方が私の好みだ。
この親近感というのは、ヴェンダースの映画『パリ、テキサス』で夜中の自動販売機スタンドが映されたときの感じを思い出す。夜中の自動販売機という景色は、ヨーロッパで見たことがない。ああいうのがあるのが日本とアメリカの共通性なんだなと思う。そんなような共通性というものを、『鍵のかかった部屋』を読んでいて感じた。
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主人公がパリに行って、「新世界」と断絶した「旧世界」の中で神経衰弱に陥り、自我の崩壊の危機に晒されるが、確かにアメリカ人にとって世界は「新世界」「旧世界」「異世界」から成ってるんだろうなと思った。われわれは「異世界」にいるわけだけど、「新世界」の情報、まあ新世界と言ってもアメリカだけだが、はつうつうでわれわれのところにも入ってくる。生活様式とかもちろんかなり違うところはあるにしても、なんというか思考の進め方がわれわれ自身と、というかもっと言えば私自身と近いところにあるんだなと思わされた。
私自身は、アメリカに行ったことは何度かある。アメリカのデモクラット支持のアッパーミドルのインテリ、という一族を何度か訪ねた。最も夫人の両親を訪ねたこともあって、彼らはカトリックのレパブリカン支持のアッパークラスであったが。インテリという人種の純粋形、のようなものをそこで見たような気がする。ケンブリッジスクール、といったかな、ケインズなんかが属したインテリのサロンのようなところで交わされる知的で高級な会話、みたいなものを彼らも交わしていたわけだが、まあ日本にいても私などは昔はけっこうそういう会話を楽しんだものだった。まあこのブログにかいていることもまあ言えばそんないけ好かないスノッブなこともよく書いてるんだろうと思うが、もっと知識のための知識というか、なんと言えばいいか、知識というものをもっと単純に彼らは信じているんだな、ということをオースターを読みながら思ったのだ。
日本ではすぐに知の世界には「現場」が介入してくるものだが、って言うか私のいたようなところはそうだったが、アメリカのインテリの世界というのはそういう感じがなく、純粋に知的世界は知的世界で完結している。言葉を代えて言えば、「世界」を自分の生活に取り込むことで「満足」している感じ、といえばいいか。アフリカの飢餓の話や、ビルマの独裁政権の話もすれば、新種のワニの話やチベットの密教の教義の話もする。別にそれで何かが生産されるわけではなく、話題として取り上げられ、またそれは知識の倉庫に戻っていく、といえばいいか。世界は新世界と旧世界で基本的に完結していて、「異世界」に行くのは「探検」であり、「非日常」の体験だ。異世界の人々が彼らの世界に入ってくることは基本的には拒まない。しかし、自分たち自身が異世界の一員になろうとすることは、まずありえない。彼らの知的世界は強固で確立されている。
われわれが似たようなものを持っていても、それは脆弱だ。すぐ現実の反撃を受け、弱体化する。彼らの知的世界が強く、われわれのそれがそうではないのはなぜなのか、今ひとつ良くわからない。原因はもちろんいくつも考えられるだろうけど、どうもぴんと来ない。多分昭和時代にアメリカと戦争することになったのも、そういう知的世界の弱さ、脆弱さが一因となっていると思う。また現代の知的サークルはやはり左傾化が強いし、そうした歪みがまた知性の弱体化、痩せた知の弱々しさともつながっていく。日本ではどういうわけか、「知は力なり」という伝統が育たない。「知」はたいていの場合、単なる趣味に過ぎない。
話はかなりずれたが、つまりオースターを読んでて彼らは日常において世界について語ることによって世界とつながる、あるいは世界を取り入れるということを選んでいるし、そういう行き方に満足している。オースターの小説はいろいろなエピソードの引用に満ちているが、こういうタイプの小説を書く人が日本にいるかなと思った。思いついたのは『熊の敷石』を書いた堀江敏幸だが、『熊の敷石』は『鍵のかかった部屋』に比べるといかにも物語の結構が弱い。そのことが起こらなければならない必然性がなく、すべてが偶然に支配されている。それ自体を主題として取り上げるならともかく、そうでないならもう少し必然性がないと物語である意味がなくなってしまう。いろいろ考えていると、こういう書き方をしている人がほかに思いつかないから、自分がやってみてもいいかもしれないという気がしてきた。できるかどうかはやってみなければわからない。
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「人生は意味をなさない」という言葉が出てくる。人生は無意味だ、というと極論になるが、この小説の文脈でいえば、人生には何が起こるかわからないし、モーツァルトのリブレットの作家だったダ・ポンテがなぜかコロンビア大学の最初のイタリア人教授になっているように、一貫性がない、ということをさしている。つまり、マザー・テレサのような貧しい人に一生を捧げた、というような一貫したストーリー、意味といったものは「ない」のだ、ということが「人生は意味をなさない」ということの意味だ。
「人生には意味がない」という言葉を私は「一生を通しての意味」というよりは、「この一瞬一瞬」そのものに意味がない、というふうにむしろ考えていたから、逆にいえばオースターは一瞬一瞬、「今」そのものというものの価値に疑義を唱えているわけではないのだな、と思う。ていうか、考えてみればこの一瞬そのものに価値がないとか言い出したらあまりにラジカルすぎるな。結構私自身の思考も危ないところに来ているのかもしれない。
ていうか、逆に「一生を通しての人生の『意味』」なんてものを、自分は考えたことがあっただろうか、とも思った。確かに、どういうものとして自分の人生は完成される(まあ死ぬときにね)べきものか、というようなことを全然考えたことがないわけではないけど、逆に「今」そのものに手一杯になりすぎてきたな、とも思う。人生の目標、見たいなもの、人生、つまり生きているうちにやりたいこと、みたいなことをもっと積極的に考えてみた方がいいんじゃないかと思った。自分に出来ることを限定して考えすぎているんじゃないかとむしろそんな気がしてきて、多分オースターのいいたいこととはあまり関係はないんだと思うのだけど、むしろもっと人生夢を持って楽しく生きた方がいいんじゃないかという気がしてきた。
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