理念の政治家が理念を曲げたとき
Posted at 07/09/16 PermaLink» Tweet
今朝の、つまり日曜朝の一連の政治を扱った番組は、どこも麻生・福田の両自民党総裁候補を出演させていろいろ議論をしていた。まあそれぞれそれなりに個性も出ていたし主張の同じところ、違うところもよく出ていたのでまあそれなりに収穫があったと思う。
二人の発言をきいていて思ったのは、この二人には教養がある、ということだった。逆に言えば、安倍首相に足りなかったのは、教養なのだと思った。政治家で教養があるということは、ある意味では悪賢さがある、ということにもつながる。安倍首相にはそれが欠けていた。そこがいいところでもあったのだけど、やはり政治家というものにはある程度の悪賢さがあって初めて安定感があるということは、残念ながらあるんだろうなあと思った。
小泉首相にも、基本的には教養はないと思う。芸術的な面で素養があったりセンスが良かったりはするけれど、普通の意味での教養は少々たりないと思う。だからこそあれだけの蛮勇が振るえたのだと思う。
安倍首相は教養は不足しているが、理念はある。理念しかない、といってもいい。出処進退とか、押したり引いたりというのはやはり教養や悪賢さの範疇に属することで、理念とは違う。その理念の政治家がああいう形で退陣に追い込まれたということに対するショックは、私だけでなくかなりの人が感じていたようだ。
その子とについて今日つらつらと考えながらネット上のいろいろなコメントを見ていたのだけど、一番同意できたのは西村真悟代議士のコメントだった。
しんどいとか、つらいとか、ではなく、テロとの戦いの継続という大義を強調して辞任理由を位置付けていたので安堵した。
逃げ方にも色々ある。背中を見せるのではなく、正面を向いて逃げてくれたので安堵したわけである。 しかも、与野党に、テロとの戦いに如何に対処するのか。
海上自衛隊のインド洋での活動をどうするのか。
この課題を明示した辞任の記者会見であったことは評価できる。
国の内外に対して病気が理由だとか、精神的に参ったとか、まさかそんなことは説明できない。まさにタイミングがタイミングだし。このタイミングで辞職せざるを得なくなったこと自体は大きなマイナスであるけれども、その中ではよくやったといっていいのではないかと私も思う。
そして、何がそれほど安倍首相を追い詰めたのかということについて、西村氏はこういう。
何故、安倍晋三は精神と肉体の限界を超えてしまったのか。
それは、総理大臣として、自分の祖父の生きた時代を「誤り」と発言し、靖国神社への参拝を回避したからである。
この私の思いを冷笑するのが、近代合理主義であることはよく分かっている。
しかし、ご自分の父親そして祖父を、人前で「間違ったことをしたやつだ」と公言して、読者諸兄姉は日々愉快ですか。
さらに、その間違ったことをした者の子として孫として「生きる力」が湧いてきますか。
理屈ではなく、まさに自分がそうすればどうなるかと思って頂きたい。
安倍総理は、まさにそれをしたのだった。
昨年秋、予算委員会における民主党の菅直人氏の
「大東亜戦争開戦の詔書に大臣として署名している貴方の祖父の岸信介大臣の行為は正しいのか誤っているのか」
との質問に対して、「誤っている」と孫の安倍総理は答えたのだった。私は愕然とした。祖父の存在とは当然ながら、自分が今ここに存在する命の連鎖のかけがえのない一つである。
私は、とっさに、彼のために次のように言うべきだったと思い悔やんだ。
「正しかったか間違っていたか、それは、歴史の評価に委ねられている。ただ、孫の私としては、あの祖父があの時に開戦の詔書に署名するという枢要な立場にいて歴史に名を刻んだことを誇りに思っている」
さらに、開戦が「誤り」だと発言した安倍総理は、靖国神社への参拝を回避したのだった。
このことが、この度の辞任に至る淵源である。
つまり、安倍総理は先祖と英霊のご加護を回避したということになる。
ここで使われている「反近代合理主義」のロジックの使い方は、私なら使わないが、いいたいことはよくわかる。「理念の政治家」である安倍首相が、その「理念」を否定したのだ。それが政治家・安倍晋三のアイデンティティの根本を、徹底的に揺さぶってしまったのだと思う。それは周囲の安倍支持への幻滅ということだけでなく、首相自身の内面においても起こったことではなかったか。
政治的にもっとしたたかであったら、もっと違う行動が取れたと思う。今、台湾の陳水扁総統が「台湾の国連加盟を求める住民投票」を行う運動を推進しているが、これがアメリカと中国を困惑させている。北京五輪を軍事侵攻の血で汚すことの出来ない中国共産党と、対北朝鮮宥和政策をまとめたいアメリカはこの動きを封じ込めたいだろうが、実質的にそういう手はない。金正日も相当この手のやり方は得意だが、東アジアで他のプレイヤーもそういう手を使い始めると、収拾がつかなく、つまり米中勢力均衡による安定という形での収拾がつかなくなってしまう。今年の夏はそれを牽制するアメリカが慰安婦決議という形で日本に圧力をかけてきたが、結局はそれの前に屈してしまった。
汚れ役になることも、あえて危険を冒すことも、政治家には必要なときがある。しかし安倍首相にはそれを乗り切るための力量、つまり教養、結局は悪賢さが欠けていた。
そういう意味では、参拝を回避した麻生幹事長、はなから行く気がない福田元官房長官では最初から話しにならないのだが、まあ少なくとも見せかけの安定感は出てくるだろう。「安倍いびり」を執拗に続けて退陣に追い込んだ小沢民主党も、結局は全然次の手を考えていなかったらしいことが白日のもとに晒されて来ている。小沢はもともと宮沢の面接を行って総理にしたのに政治改革を唱えて宮沢政権をぶっ壊し、細川を追い詰めて辞任させ、小渕首相を追い詰めて死に至らしめた、その「内閣壊し屋」としての腕力はたしかに相当なものだが、(ちなみに「内閣壊し屋」は19世紀末のフランスの政治家・クレマンソーの異名である)結局は安倍いびりに熱中していただけで、倒れたらどうするということに考えが及ばなかったということでは、全く政権担当能力がないということになろう。
「何をやるかわからなさ」を一番持っているのは麻生で、一番微温的、つまり「安定感がある」のは福田だろう。国民(あるいは自民党員)が最終的に誰を選ぶのかは分からないが、安定を求めている人が多いような気はしなくはない。
安倍首相がもし今年、靖国参拝を決行していたら、中国をはじめとして猛烈な逆風が吹いたことは100パーセント間違いない。しかし、もしそれで政権を落としていても、首相個人は今のようなひどい状態にはならなかったのではないかと思う。すべては後知恵だが、首相個人のために残念なことだったと思う。
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