朝青龍のひきこもりと安倍首相の開き直り
Posted at 07/08/11 PermaLink» Tweet
昨日帰京。昨日はなんというか、自分を見つめなおす一日にしようと思っていたのだが、なんだかうまく行ったのか行かなかったのか分からない。平野啓一郎『日蝕』を読みきれないまま返却。午後から夜にかけて仕事。気合を入れすぎて、帰りの特急の時間がぎりぎりになって慌てた。
ダッシュして駅につき息も絶え絶えで気分が悪くなったら、列車が遅れていると知ってがっかりプラス安心。しかし出発時間が結局50分も遅れ、家に着いたときには一時間半いつもより遅かった。特急の中から携帯でmixiに書き込んだりしていたら結構返事が来て面白く、mixiはむしろモバイル環境で出先でやるものかもしれないと思った。
***
朝青龍の問題についてketさんが書いているのを読んで私が感じていることに近いなと思った。
私が初めて相撲に関心を持ったのは貴ノ花だった。といっても亡くなった先代の方の時代。憎々しいほど強い北の湖と、小兵には圧倒的に強い輪島の両横綱がいて、体重96キロ(!)の大関貴ノ花は美しい四股と土俵際の粘りだけで大関の地位を保っていたが、ついに横綱になれなかった。(息子は二人とも横綱になったからそれが利便時だったのかもしれないが本人あまり幸せな感じの晩年じゃなかったし、気の毒だ。)
まあ当時から相撲というのはガタガタはしていた。大麒麟が二所ノ関部屋を飛び出して押尾川部屋を作ったり、輪島が親方になったあと転落して行ったり、なんだかいろいろはあった。ただ、横綱というのは常人じゃないんだな、という感覚はとても強くあったと思う。あの貴ノ花でさえダメだったのだし。
その頃「少年マガジン」に薀蓄系の記事がよく載っていたのだが、(何を隠そう、私の雑学系の知識の根本はこの時代のマガジンによって身についたものなのだ。エバってどうする)野球と相撲はその中心だった。相撲で一番印象に残ったのは双葉山についての記事だ。69連勝という前人未到の記録で丸3年勝ち続けた双葉山は、70連勝がかかった取り組みで安芸の島に敗れた。
その日に言ったとされているのが『いまだ木鶏たり得ず』という言葉だ。これは「荘子」に出てくる言葉で、覇気が表に出てくるような鶏はまだ本当の強くない、まるで木で彫られた鶏のように泰然自若としている鶏が、無敵なのだ、という話からきている。不世出の大横綱である双葉山は、この「無敵の木鶏」にまだ成り得ていない、と自らを反省した、という言葉だ。勝った安芸の島は一躍ヒーローになり、周囲は大騒ぎになったが、師匠は「勝って褒められる力士でなく、負けて騒がれる力士になれ」と諭したという。
朝青龍の騒動、特に「ショックを受けて自宅に引きこもった」という話を聞いて何十年ぶりかでこの話を思い出した。朝青龍は「負けて騒がれる力士」になることの意味が、多分いまだにわかってないのだろうし、ましてや「木鶏」の意味など全然わからないだろう。貴ノ花びいきの観衆にどんなに目の敵にされようとふてぶてしく勝ち続けた北の湖が、晩年には勝って大きな拍手をもらうようになり、ああ北の湖ももう終わりだなと思う一方、最後には「愛される横綱」になったことを北の湖のために勝手ながら少し喜んだことも思い出した。千代の富士でさえ、私から見るとちょっと外連味がある。実際に見た大横綱というのは、やはり北の湖を越える力士はいない。
名人上手はその道を極めれば神の領域に入る、という思想がやはりあるわけで、横綱はそれを体現する、あるいはそれを目指すべきもの、という考え方はやはり自分の中では強い。何しろ御神体の注連縄をしめて土俵入りをするのだから、横綱というのはまさに生きる神なのだ。それにふさわしくない人間には綱を締めてもらわなくていい、と私も思う。
なんていうか、巡業をサボったりモンゴルでサッカーしたりということより、うじうじと部屋に引きこもったりすることだけはして欲しくなかったというのが正直なところだ。それなら親方を殴って廃業した方がまだましだった。
***
三田紀房『銀のアンカー』に書いてあって私もそうだなと思ったが、日本の出処進退に関する文化というのは、責任の取り方、退き方というのは基本的に「切腹」なのだ。現在は腹を切ったりすることをしない変わりに、「辞任する」ということになっているだけだ。そして、最高位のものには捲土重来は許されない。若手のうちは何でも「若気の至り」で許されるが、最高位になったら「潔く身を引く」という形での「切腹」以外の退き方はない。
しかしアメリカ(一例としてアメリカにしておくが)の文化はそうではない、というのは、アメリカというのは郷里で失敗した人たちが捲土重来を期してやってきて作った国だからだ、だから何度失敗しても再チャレンジして立ち上がる人を賞賛する、と三田は言う。それがどのくらい正確かはよくわからないが、基本的にそんなふうに考えてもいいかもしれないとは思う。
日本ではそうはいかない。一度失敗したら、次はない。たとえば戦後、総理大臣で再登板した人は吉田茂以外にいない。戦前は基本的に総理大臣の職につくということは「大命降下」、すなわち天皇の命令によるものだから人事はある意味天命だったわけだが、戦後は議会勢力で決まるわけだからより日本人の体質がはっきりと出ているといっていいだろう。吉田の再登板は当時のいわば二大政党、民主党がしくじったから自由党の吉田が登板、という形だったが、自民党が一党支配を確立してからはそういう形での再登板はない。
佐藤栄作までの首相はほぼ自らの政治生命を燃焼させたという感じだったが、田中角栄以後は不完全燃焼の怨念政治になる。田中は金脈問題で辞職し、ロッキード事件で失脚して以来、憑かれたように権力の座への復活を画策し続け、田中派を肥大化させ「田中支配」のグロテスクな状況を現出させた。三木も「三木降ろし」で降板させられた怨念を引きずり、福田赳夫も予備選で田中の全面支援を受けた大平に敗北して怨念を引きずって下野した。その怨念が「40日抗争」をはじめとする熾烈な対立を招いた。結局は、総理大臣に再登板したい、「再チャレンジ」実現したいという田中と福田の日本の政治風土的には不可能な願いが政治を混乱させ、日本の政治や報道を政局に限定した小児病的な偏ったものにしてしまった、というべきだろう。
だから今回、安倍首相がやめなかったのはよくわかる。若いんだし捲土重来を期せ、と反対派は言うが、日本では一度やめたら次はないのだ。どんなに泥にまみれても、この伝統の延長線上にある限り、やり続けるしかない。そのようにして総理を続けてついに死んだ大平と、再登板の欲望から政局に介入し続けた田中・福田とどっちがましかというと難しい問題ではあるけれども。
この状況が変わるとしたらまさに二大政党制の実現しかない。しかし、小沢では無理だ。小沢は自民党幹事長時代に実質的に位人身を極め、55体制崩壊後はあっと驚く細川政権樹立に成功している。三度目はない。
あるとしたら、小泉前首相の再登板だろう。この人だけは何をするか分からない。自民党も民主党もぶっ壊してあらたな政治状況を作り出し、復活するということはないことはないかもしれない。しかしそんな芸当は安倍さんには無理だ。
だから安倍さんには、若かろうが何だろうが今しかチャンスはない。それでいて安倍さんにしかできない政治課題はたくさんある。どんなにぼこぼこにされても、技術的に可能である限り、首相の座にしがみついていくしか彼の選択はないと思う。切腹はいつでもできる。
横綱は神だが、総理大臣は神ではない。(神祇官と太政官?←蛇足)
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