本の感想等々:青来有一『聖水』/玄侑宗久「朝顔の音」/オルハン・パムク『雪』
Posted at 07/07/27 PermaLink» Tweet
昨日。午前中は本を読みつづけ、午後は少し休んでから仕事。なんとなく体が重い。
青来有一『聖水』読了。重い小説。ただ、どことなくお伽噺的な感じもする。
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ストーリーの中心になるのは、主人公の一家が不治の病に冒された「父」が生まれ育った父祖の地に戻ってから亡くなるまでの間に起こった出来事、ということになる。しかし描かれているのは親戚で、新興宗教の教祖めいた男(佐我里)だ、といってよいだろう。父の実際的な商売人の世界観が、病に冒されることで教祖に取り込まれていく。ただ、彼自身が積極的に取り込もうとしたわけではなく、父の方が彼に期待をかけてしまう。
彼らはすべてオラショと呼ばれる独自の経典を持った隠れキリシタンの末裔だが、先祖は「転び」で、しかも同じ隠れキリシタンを告発する側に回った人物だ。佐我里は極左暴力集団に関わって内ゲバのリンチでの殺人に関わった過去があり、現在もリサイクルショップや「聖水」の販売をはじめとする「神がかり」の商法を行っている。
父はそうしたやり方さえも、「商売には、どこか宗教と似たところがある」と肯定するようになる。その理屈が最近の貨幣論によって説明されていくのはちょっと変な感じがした。
この話、自分にとっては身近な問題につながるものとして感じられる所もあるのだが、一般の読者にとってはどうなのだろう。人が死に向かうときの諦めとかその事実の受け入れという心境と、自分の思いが満たされなかった怒りと、それを鎮めてくれるものの存在。
宗教と社会、あるいは資本主義、というふうに問題は広がる可能性を持ったものなのだけど、内面の描写が第一だと意識しているように感じられ、それが独特の「文学的な閉鎖性」を醸し出している感じがする。この閉鎖性は、特に日本において強いように思う。この閉鎖性を克服した作品がこれからは書かれるべきなのではないかという気がした。必ずしも内面描写に傾いてない映像作品やアニメ、あるいは村上春樹などの作品が世界に受け入れられるのに、必ずしも日本文学が世界化していかないのは、そのせいだと思う。内面描写が「バカの壁」になっている。その内部で日本人だけで傷を舐め合うというのもある種背徳的な楽しみかもしれないが、それだけではつまらない気がする。
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玄侑宗久「朝顔の音」(『中陰の花』所収)読了。これも重い。
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この小説には『中陰の花』の拝み屋と同様、「霊おろし」の女性が出てくる。描写からするとイタコのようなものらしい。育たなかった子ども、報われそうにない愛。そうしたものに望みを持つべきでない、と主人公の女性が思ったときに、恋人から貰った平安時代の朝顔が音を立てていた。それを聞いて主人公は朝顔を引きちぎってしまう。「諦め」の重さと悲しさ。
この小説は、扱っている主題の重さに比べて少し短すぎるのではないかという気がする。なんかもうちょっと書いてほしいな、という感じ。主人公が放り出されて泣いている感じがした。
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オルハン・パムク『雪』(藤原書店、2006)、現在142ページ、だいたい4分の1。
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『わたしの名は紅』に比べるとかなり読みやすい。全部で44章に分かれている話の進め方は『わたしの名は紅』と同じ。細かく章立てをするのがパムクの方法のようだ。主人公はKaという40過ぎの詩人で、東部トルコの辺境の街、カルスで世俗的な政府の支持者、あるいは権力側である警察に会ったり、反体制的なイスラム主義者に会ったり、もっと過激な地下潜伏者に会ったり、巧みな話術で人をひきつける宗教指導者に会ったり、宗教的情熱に燃える宗教高校生に会ったり、スカーフを取ることを拒んで自殺した少女たちの家族に会ったり、美貌の昔の恋人に会ったりする。この一晩でつぎつぎにいろいろな人に会っていく様子が読んでいるうちにだんだん幻想的な感じになってくるのだが、つまりこれはお伽噺や民話のパターンなのだ、ということに気がついた。ある課題を与えられた若者が生きずりのいろいろな人に相談したり、いろいろな超自然的なものを尋ねたりして問題を解決する、というパターンが民話には多いが、どうもそんな感じがする。『わたしの名は紅』は確か9日間の話だが、『雪』もかなり短期間の話で、ある意味アリストテレスの三一致の法則をだいたい守っている感じがある。これだけ長大な話が短期間のストーリーに盛られているのは凄いと思う。
この人たちにあっていく間に、4年間作れなかった詩がつぎつぎと詩人に「やってくる」、というのも面白い。私も詩を書くのでそういう感じというのはとてもよく分る。私にもKaのように優れた詩が生まれればいいのだが。
それにしても優れた作家を持つということは、その国にとって本当に財産だなと思う。トルコに対する印象が、このパムクの二つの作品を読んで(インタビュー・講演集である『父のトランク』を入れれば三冊目)完全に一新された。南アフリカもクッツェーを読んで全然印象が変わったし、文学の力は大きいなと改めて思った。
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