昨日の感情/映画産業の大変化/佐藤優と柳美里

Posted at 07/07/06

昨日の感情とか、何か止むにやまれぬものがあったこととかを、覚えておくのは難しいことだなと思う。一晩寝て、とりあえずそういう感情が解消していると、なぜ昨日実際に昨日とったような行動をとったのかを思い出せなくなっていたりする。逆にいえば作家という仕事は、そういうことを覚えているのが仕事のようなものなのだろう。楽しいこととか、悲しいこととか、そういうはっきりした明確のある感情を覚えているのはそんなに難しいことではないけれども、明確な輪郭を持たない感情を覚えていて、それを文章に再現することは、多分そんなに簡単なことではないのだ。

もう一つ、作家の大事な仕事というのは描写だと思う。目に見えたもの、耳に聞こえたもの、匂い、雰囲気、手ざわり、触感、快感、嫌悪感。それを直接的あるいは間接的に表現する。このあたりもやはり記憶にかかわることだ。感じたときにフレーズになることもあるけど、大事なことは書こうとしたときにフレーズになることだ。感じたときにフレーズになってしまったものは、自分の中で陳腐化してしまうことが多い。たとえ誰がその表現を使っていなくても、自分の中で陳腐化していたら文章のその個所でのビビッドな使い方は難しい。逆に名文句を引用するような形で使うことで効果を得ることは出来るだろうが。

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昨日はふとんを剥いで寝てしまって、今朝気がついたら電気もつけっ放しだった。あまりそういうことはないのだが。仕事は暇だったし、ご飯は食べすぎ感があるし、疲れているというよりはどちらかというとエネルギーが変に余って体を妙な方向に壊そうとしている感じがなくはない。少なくとも食事の量を減らす必要はありそうだ。なんとなく風邪っぽい感じがある。

しかし今朝は珍しく晴れている。だいぶ気温が上がりそうだ。近くの高校が二つとも文化祭だし、職場の地域も夏祭り(七夕祭り)で相当賑やかになりそうだ。『バロックの森』を聞きながらこれを書いているが、なんていうか高原の朝という感じではある。

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昨日は、現代という時代をもっと感じ取らないといけないと思い、そのためにはどうしなければいけないか、というようなことを考えていたのだった。午前中、久しぶりに市内の少し大きな書店まで歩き本を物色するが、少し大きなといっても東京の地元の駅前の書店ほども本がない。さんざん探したのだが、結局『創』7月号(創出版)が映画特集をしていたのでそれを買った。店を出て向かいのセブンイレブンでミニパウンドケーキと温かい缶コーヒーを買って『文学の道』を歩いて、途中のベンチで休憩がてらそれを食べながら『創』を読んだ。

創 (つくる) 2007年 07月号 [雑誌]

創出版

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このときになってはじめて気がついたが、この雑誌のスタンスは左翼なんだな。冒頭がマッド・アマノの品のないパロディー写真で、(そういえば昔フォーカスの巻末が彼だった)筑紫哲也や佐高信が書いていたりする。若松孝二の『実録・連合赤軍』の記事やAV業界の記事が並んで載っている感じが左翼っぽい、というより団塊っぽい、という感じか。保守・右翼系の雑誌というのはこういうエロ産業的なものを取り上げたりはしない。エロが左翼で保守がまじめ、というのは保守は基本的にセックスに関しても保守的だからということなのだが、フェミニズムが絡んでくると状況が混乱する。フェミニズムはセックスに深く関わる思想であるのだが、保守的であるべきか開放的であるべきかと言うことに関してはさまざまだ。女性も性に関して積極的であるべきだというテーゼも少なくとも過去にはあった気がするが、それがすべての人にとって幸せにつながるかどうかは男性にとってもそうであるのと同様、疑問ではある。話が脱線した。

映画産業の現況の話は興味深い。2006年は興行収入が日本映画が外国映画を上回ったとか、東宝が一人勝ち状態だとか、角川映画が大映や日本ヘラルドを吸収して東宝・東映・松竹に次ぐ第4の制作・配給会社になったとか、シネマコンプレックスの普及でスクリーン数が増加に転じているとか、東宝・東映以外はブロックブッキング制度を廃止して以前のようなロードショー・二番館・三番館と順番に公開されるやり方でなくなり、興行収入があがれば長期公開に、外れるとわかったらすぐ打ち切りになるようになっているとか、カメラが35ミリのフィルムでなくHD24Pのビデオ撮影になっているとか(このへんの技術的なことはもう一つよくわからないところもあるのだが)、今までの映画の「お約束」みたいなものが最近は激変しているのだということがよくわかって非常に興味深い。

また製作もテレビ局を中心にした「製作委員会」方式でリスク分散・資本調達・広報宣伝がスムースに行くようになっているという話もへえっと思う。

AVも作品主義、つまり監督主導から流通主導に変化しているというのもへえ、という感じ。しばらく前によく映画監督が愚痴っていたハリウッドの流通至上主義のようなものの波がAVにも押し寄せていて(確かにコンテンツ産業としてはすでに相当大規模なものになってるんだろうな)、アーティスティックな意味でのいい作品を作りたいという人の活動の場所はある意味どんどん狭まっているのだなと思う。逆に広がっている側面もあるんだろうけど。

まあこれがグローバリズムってものですね。

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柳美里を最近いろんな雑誌で見るが、これは『月へのぼったケンタロウくん』という童話?を出したためらしい。柳美里ってあまり美人だと思ったことはなかったが、ブログに掲載されているという携帯で撮った写真でメガネをかけているのをみて綺麗な人だなと思った。やはり私にとってメガネが萌え属性であるのは確からしい。メガネを取ったときのがっかり感がない人でないとアレなんだけど、メガネをかけているときとかけてないときのズレを楽しむということはやはりあるんだろうな。そういう意味ではある種のコスプレでもある。ただ、いわゆるコスプレはキャラクターの記号という意味が強すぎるから萎え属性の方が強いのだが、英語で時代劇をコスチュームプレイというような意味では、豪華な衣裳を装ったりするのはいい。話がずれた。

柳美里と佐藤優の対談というのは異色だと思ったが、佐藤優がずいぶん『月へのぼった…』を読み込んでいるので驚いた。印象に残ったセリフ。

佐藤「スパイの大物は猫が好きだ。小動物は決して裏切らないからだ」
柳「人は裏切りますからね。それはもう、どんな人だって裏切る。裏切らないだろうから信頼するのではなくて、裏切るだろうけれど信頼する。身投げですよね、信頼って。」

これはよくわかるなあ。信頼は身投げだ、っていう言い方はけっこう好きかもしれない。人を信じる、というのは私などもやはりある点において、というところがある。他の点においては裏切られるかもしれないという感じは常にあるが、しかし人が生きるということは人を信じないとやっていけないことでもあるから、極端に言えば常に身投げを繰り返しているようなものだ。そういう意味では人を信頼するのは常に宗教を信仰するのと似たようなところがあるわけで、そう考えてみると人は裏切るけど神様は裏切らない、ということになるから宗教を信仰するのも別に不思議なことじゃないんだよなとも思う。科学を信奉している人たちも実は人間不信のゆえにそこにたどり着いたという人だって少なくないかもしれない。

佐藤「柳さんの本には、見えない境と見える境のつながりがありますよね。…死というのは回避できない、そして死を恐れるところからスタートする。時代を先取りしていると思うんですよね」

うーん、そういうものでなければ意味ないなあ。つまりは今の時代に無意味に奇天烈な全能感が横溢するような作品が溢れているということでもあり、そのアンチテーゼにもなっているといいたいわけだ。

新潮ドキュメント賞の選考で柳美里と藤原正彦が『国家の罠』を強く推し、桜井よしこが強硬に反対した、という話も面白い。保守=右翼陣営の方には明らかに佐藤に対して強い反感を持つ人たちが(特に女性に)いるのは興味深いが、理由が今ひとつわからない。

週刊誌の取材に関する裏話も面白い。「芥川賞を受賞したアナーキー系作家柳美里の華麗なる男性遍歴の足跡」(『噂の真相』)など、こういった類の記事を書くときは、当事者取材はしないらしい。つまりああいう記事は本人に全く接触せずに書いているわけだ。それを柳が尋ねたら、「取材をすると面白くなくなるから」と答えられたのだという。それに関して佐藤も同意し、「取材をして、逆うちの話が出ちゃうと面白くなくなってしまいますからね」と答えている。つまり、あの手の記事は超一方的だと思って憤慨することが多いわけだが、作る側は「一方的だからこそ面白い」と考え、また読むほうもその価値観を受け入れているということになるわけだ。

なんていうかそれは一面の真実ではあると思う。小説とか、すべてが客観的だったら面白くも何ともないし、だいたい本当の意味で客観的なんてことは人間には不可能だ。それを可能な限り客観的にしようというのが科学的な態度だろうけど、たとえばそれを人間に適用すれば人を好きになる前にいい面も悪い面もすべて知った上で人を好きになれるかといえば、そんなことはない。だいたい結婚前にやっていることは男も女もそうした週刊誌と同じようなもので(逆方向だが)、いい面ばかりをアピールしておいて、結婚したら正体を現す、みたいなことは日常茶飯事だろう。それでだまされた、というのはやはり野暮な話なのであって、週刊誌を真に受けるのもそういう意味での野暮ということになる。世の中そういう手合いが多すぎるけど。

けっこう読みでがあった。

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