『フランス妖精民話集』:ご都合主義の魅力
Posted at 07/05/18 PermaLink» Tweet
『フランス妖精民話集』を読みつづけている。「試練」のカテゴリの四つの話を読み終わった。
昔話や民話、神話の中には主人公が試練を与えられる話がよく出てくる。「~したら願いをかなえる」「~したら呪いが解ける」といったパターンだ。いろいろ無理難題を吹きかけられてそれをみごと解決していく主人公の活躍に、小さいころの私は感動していたんだな、と思う。そしてそんなふうに雄々しく難問に立ち向かい、みごとに解決していくことに憧れた。大人になって、現実社会の問題は、民話に出てくるようなわかりやすい問題ではなく、何が問題なのかわからないということからはじまる問題ばかりで、立ち向かったり解決したりしていくことがなかなか出来ないことが多いのだけど。しかしそういう人間に憧れた自分を思い出すことは、なんだか心が躍る。
「ばら色の水の泉」。他の話もそうだが、この民話集の中にはコルシカ島の話が多い。コルシカというのは純然とフランスとはいいにくい。イタリアっぽくもあり、またコルシカの独自性もあるように感じる。しかしフランス的なものも多いことも事実だ。しかし地中海的な、都会的な雰囲気の話が多いのは、北フランスやブルターニュとは趣が違う。
父の病を癒す「ばら色の水の泉」を探しに行く三人の息子たち。かぎとなる人物に出会ったときに、ていねいに対応した一番末の息子だけが泉での困難を乗り越える知恵を授けられる。死者をも蘇らせる泉の水を手に入れた息子は帰り着いた数日前に亡くなった父を蘇らせる。この水が多くの不治の病人を治したため、この息子が生きている間は「一人として死ぬものがなかった」、という突飛さがおかしい。この息子が死んだときはもう水が使い果たされていたわけだ。
「王女マリ」これもコルシカの話だが、筋立てはようするに「リア王」だ。違うのは城を追い出された三女が長く苦難の旅を続け、死んだロバの毛皮をまとって自らの美しさを見せないようにして山羊飼いとして働いたところを王子に見初められる、という部分である。
そこで苦難が語られるためだろう、最後は王子は上の二人の娘を倒して気が狂った老王を助け出し、盛大な婚礼が行われてハッピーエンドになる。これをハッピーエンドにしなかったのがシェイクスピアの近代性なんだなと思う。
「黄金牛の貴人」これが一番好きだ。すべての人に気前よくふるまう貴人が没落したとき、助けたのは貴人の財産を横領して一財産築いた「黒衣の従者」だけだった。彼は貴人が没落し、気前よくしたすべての人が彼を見捨てることを見越して、貴人を迎えるために財産を築いたのだった。「黄金牛の貴人」は「黒衣の従者」に深く感謝し、秘密を打ち明ける。
「<黒衣の従者>よ、私はもしその気になっていれば、とうに以前よりはるかに金持ちになっていただろう。だが、私とおまえを除けば、この世は下種(げす)な人間しか住んでいない。だから、私はもう友人を求めないことにした。<黒衣の従者>よ、私は年老いた。一年後に私の亡骸は地下に眠っているだろう。この世を旅立つ前に、私はおまえにフルートの作り方と曲の吹き方を教えておきたい。……」
「私とおまえを除けば、この世は下種(げす)な人間しか住んでいない。」という断定が盛り上がるし、死の渕に臨んで言い伝えることがフルートの吹き方だということもいいなあと思う。まるで古今伝授だ。
しかしフルートを作るためにはある試練が与えられる。フルートを作るためには長い葦の生い茂る沼地の、一番長い葦を切り倒さなければならない。しかし貴人は「葦は懸命に抵抗するに違いない。葦は三度その姿を変え、実在しないものをおまえに見せるはずだ。気にせず仕事を続けるがいい。三度だけ叩けばよいことを頭に入れておくことだ。」という。<黒衣の従者が>その言葉に従い葦を切り倒そうとすると、葦は大蛇に姿を変える。<黒衣の従者>は恐れずに最初の打撃を加える。次に葦は、洗礼前の幼児に姿を変える。<黒衣の従者>は恐れずに二度目の打撃を加える。
しかし次に、葦は<黒衣の従者>の死んだ恋人に姿を変えるのだ。それを見ると<黒衣の従者>は「木の葉のように震え始めた。」しかし貴人の言葉を思い出し、ついに三度目の打撃を加えてフルートを作る葦を手に入れるのだ。
こういう「試練」こそが本当の「試練」だよなあ、と思う。一番大切にしているものの思い出を断ち切ることはほんとうに難しい。しかしそれが出来なければ前に進むことは出来ない。多分こどものころなら読んでもこの試練の意味がほんとうにはわからなかったと思う。民話というのは本当は大人向けのものなのだと思う。
こうして手に入れたフルートを吹くと、地下から7頭の黄金の牛が現れ、その乳を搾るとそれがすべて金貨に変わる。なんというかお金がロマンチックなものに見えるところがこの話のいいところだなあと思う。
結局<黒衣の従者>は大金を手に入れて「黄金牛の貴人」を裏切った人々に罰を与えるが、この大金で修道院を立て、「黄金牛の貴人」の魂のために神に祈りを捧げる。「この世で下種でないただ二つの魂」の友情の物語なのだなあと思う。これはガスコーニュの話。
「七足の鉄の靴と三本の木の棒」。これが試練としては一番凄い。「もっと高く上れ」という不思議な声に誘われて山の上に登った少女は石にされた王子を生身に戻すために「七足の鉄の靴と三本の木の棒」を与えられ、鉄の靴がすべて磨り減り、木の棒が扉をたたきすぎて磨り減るまで戻ってきてはならない、という試練を与えられる。しかしその試練で世界を駆け回っている途中で少女を助ける不思議な老人、不思議な農民、不思議な隠者に出会ってそれぞれ魔法を持った梨、くるみ、アーモンドを授けられる。その力で石にされた王子の父王に出会うことができ、父王を王子が幽閉されている山の麓に連れて行き、すべての靴をすり減らした少女はついに王子の呪いを解いて父王との再会を果たさせる。
こうしてみると、ヨーロッパの民話は少女に試練が与えられる話が多い。その中でもこの話の試練は想像するだに滅茶苦茶だが。それでもちゃんとやり遂げてしまうところがすごいな。関係あるかどうかはわからないが、「妹力」という言葉を思い出した。あれ、これもコルシカ島の民話だ。アーモンドとか梨とか、確かに地中海的ではある。
最後に王はこういう。「息子よ、この娘はおまえを救うために世界をめぐり歩いてくれた。だから、この娘と夫婦になってその苦労に報いるのが当然ではないか」
それに対し、物語はこう続く。「王の息子は願ったり叶ったりだった。それというのも、カタリネッラはとても美しかったからだ。」いきなり願ったり叶ったりなところがおかしいし、それまで容貌について全然語られてなかった少女がいきなり「とても美しい」ことになったりしているところがいい。なんていうか、性格とか容貌とかの定義が結構適当というか、その人間の人格とかとあまり不可分に結びついている感じがなく、融通無碍なところが面白いと思う。
「黄金牛の貴人」にしても、すごい魔法を使えるのに施しを受ける人たちの本性について全然わかってなかったり、黒衣の従者も後に貴人を助けるためとはいえ平気で横領したりするところが可笑しいと思う。人物像の形成に、あまり緻密さがないところがこういう民話とかの魅力なんだなと思う。
しかし人間って、実際には結構そういうものなんじゃないのかな、と私は思うんだよな…
そのあたりが私が近代的なセンスが欠けるところなんだけど。
現代劇ではそういう性格の一貫性みたいなものの喪失というか欠落というものがまたひとつのテーマになったりするわけだけど、現代劇だとどうもそういうのがわざとらしいというか、あえて不条理を強調するみたいな仕立てになっている。おそらく、民話のような筋立てではあまりにご都合主義だ、と思うのだろうけど、しかし実際には、人間の性質と言うのはある意味ご都合主義で変化するところもあると思うんだよな。
だから、「ご都合主義の面白さ」のようなものを表現できる作品が書けるといいのにな、と思う。コメディではそういうのは書けるかもしれないけど、もっとロマンティックなものでご都合主義的な面白さが書けるときっとそれは私の好みだと思う。
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