得るものと失うものの物語/日本ではなぜ美男俳優が育たないか
Posted at 07/05/02 PermaLink» Tweet
家の裏のヤマダ電機に出かけてひげトリマーを買おうと思ったら、テックランド(家電とデジタル)がテックサイト(モバイル・デジタルのみ)にリニューアルしていて、買えなかった。まいったな。これだけ買いに遠くまで出かけるのも何だか癪に障るし、だからといってひげをカットしないわけにも行かないし。アマゾンなどで注文する手もあるが、ものを確かめたいとも思うし、今すぐ来るわけでもない。はてさて。
近藤ようこ『水鏡綺譚』読了。とてもよかった。この作品は1988年頃から少しずつ連載されていたのを、2004年にようやく最終回を書いて完成させた、というものだということだ。「得るものと失うものの物語であることは最初から決めていた」と近藤はあとがきで書いているが、分かれるという結末をどう書くか、というのは作者自身にとっても大きな問題だったのだ。しかし、この作品は思いがけず、とてもいい終わり方になっている。作者が苦しんだ分だけ、主人公のワタルと鏡子の苦しみが浄化され、透き通ったものになっているのだと思う。
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「私は「作家性」とやらで描いていると誤解されているらしいが、他のマンガ家と同様、好き嫌いだけでやっているわけではないし、描きたいものばかりを描いてきたわけでもない。」と近藤はいう。そう言われてみてはじめて、近藤の必ずしも面白いとは思えなかった作品群の成り立ちについて少し思ってしまったのだが、そりゃそうなんだろうなと思う。しかし「それが唯一、好きで描きたくて喜んで楽しくやっていたのが「水鏡綺譚」だった」のだそうだ。
このマンガは、むかしの二人連れの旅マンガ、「どろろ」とか「カムイ」とか、そういうものの雰囲気がある。ある種そういうオマージュを描くような楽しさが描いていてあったのだろうと思う。
その結末をつけるということは「得るものと失うもの」をはっきりさせると言うことで、つまりは二人の別れが訪れると言うことなのだが、結構のはっきりしたストーリーにはやはり力があると思う。描いているときはロードムービー的な楽しさがあるのだろうけど、力を得ることができるのはやはり定型なのかもしれない。
***
昨日は午後、六本木一丁目の書原に出かける。時々普段行かないところに行くのだが、きのうはもうここに行くと最初から決めて出かけた。店内で美輪明宏『世直しトークあれこれ』(パルコ出版、2007)が目に入り、店内を一回りしたけど結局買うことにした。これはスポーツニッポンで2005-6年に連載されたものをまとめたものだそうだ。連載中、一度くらいは紙面で見たような気がする。そのときも思ったけど、スポーツ紙の連載にしては異様に硬派だ。美輪明宏は今ではスピリチュアル系の人と思われていて彼のいままでの実績をよく知らない(つまりアート方面には疎い)人たちにとっては胡散臭い人だと思われているようなのだけど、この人の言っていることは極めてまともなのだ。
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ただ、日本ではまずゲイというものに偏見がある(つまり反発を感じる人が多い)のに加えて、彼はきらびやかで多数の信者のようなファンを持ち、三島由紀夫ら多くの有名人と浮名を流し、毒舌で強く断定的に喋るから、反感を持つ人にとっては突っ込みどころ(反感のもちどころ)のデパートのような人でもある。そういうものに全然めげてないところが彼の強さでもあるし、また反感を持つ人をさらにいらいらさせるところでもあるのだろう。
藤田嗣治を日本から追い出し、野口英世をアフリカで倒れさせ、原智恵子を淋しく息を引き取らせた日本の世間というものは、そういう意味では一つも変わっていない。村上隆が「自分は藤田のようにはなりたくない」と思った、というけれど、村上も「オタクを食い物にしている」などと結局は叩かれている。ノーベル賞の候補とも言われる村上春樹が日本の文壇ではほとんどまともな評価をされず、結局アメリカに在住しているというのも、同じような話だろう。日本人は、今日本にあるオーソドックスな文脈に沿わない存在というものは、あまり目立たないうちはともかく、華やかに脚光を浴びるようになると敵同士が共同してまで引き摺り下ろそうとする風土がある。
実際、『オーラの泉』が土曜のゴールデンに進出したということには、私は強い危惧を持っている。深夜番組なら「いかさま臭い」と思われても目くじらを立てることもない、と思われても、ゴールデンにでてくると多くの人々がいっせいにつぶしにかかる。ブログなど読んでいてもこの人が、と思うような人があからさまな憎悪を燃やして排撃しているのを見ると、魔女狩りというのはこういう感じだったのだろうなあと髣髴とさせられる。人をつぶすのにそんなに情熱を燃やすくらいなら、自分の仕事をもっと熱心にやれば、と思うのだけど。
美輪は韓流ブームは起こるべくして起こった、という。つまり、日本の番組が主たる視聴者である女性の求めるハンサムな俳優を育ててこなかったからだ、というわけだ。本当の需要はそこにあるのに、日本のテレビではそういう俳優はつぶされてきた、のだという。私情を捨てて商売と割り切っていい男を育てようとしない日本のテレビやドラマ作りの姿勢。巨乳女優など本当はそんなに需要がないのに、男の製作者たちが自分の好みで、つまり公私混同して出しているのだという。このあたりの指摘は実態はよく知らないけど非常に説得力があるように思った。
特にカメラマンや照明スタッフが底意地が悪くていけません。きれいに撮ろうなんてこれっぽっちも思わない。イケメンであればあるほど後ろ姿ばかりとか、ライティングがなかったり。わざとフレームから外したりカットしたり、こういうわけで日本では二枚目俳優はほとんど育たない。個性はといわれるちょっと屈折したような一癖も二癖もある顔だちの役者ばかり。
この指摘にははたと膝を打った。これは全く、日本に根強くある同調圧力で、多分団塊の世代に広く共有されていてその下の世代にも押し付けられている価値観であるように思う。昔はちゃんと日本にも二枚目俳優はいた。長谷川一夫とかね。男の嫉妬がそういう俳優をつぶしているという指摘は、そういう側面はあるだろうなあと思ったのだ。
しかし美輪は書かないが、私はもうひとつ原因があると思う。日本ではむかしから、美男もの美少年ものは多い。もう伝統があるといってもいいくらいだ。そしてその支持者は、必ずしも女性ばかりではなかった。『両性具有の美』とは白洲正子の評論だが、世阿弥にしろ森蘭丸にしろ、「男に愛される男」であったのは周知のことだ。
そのことを美輪が書かないのは我田引水、手前味噌になるからだろうと思う。昔のプロデューサー、つまり勧請元はもちろん女性に受けるという商売上の計算もあっただろうけど、本当にその美にやられてしまう人たちも多かったのではないかと思う。中世の話の中には稚児を巡って僧兵たちが激しく争う話が出てくる。円地文子の『女形一代』を言う小説には、女形と駆け落ちする男たちの話がいくつも出てくるが、多分そんなことは珍しくもない風景だったのだろう。もちろん普通に「許される」ことではなかっただろうけど。特に軍隊などでは。(裏はともかく)
現代のテレビ界では、たぶんその表向きの軍隊調のようなものが表面は全く変わってしまっていても底には残っている気がする。美しいものをただ美しいというだけで評価しようというところがないのだ。
まだ読みかけだが、この本は面白い。私は美輪の本は何冊か持っているけれども、どれも女性向けにかかれたものが多く、今ひとつ食い足りない感じがあった。これはスポニチ連載だからいわゆるオヤジ向けで、そのあたりもほかにない感じがする。これはつまり、美輪明宏の『ゴーマニズム宣言』なのだ。70を超えて老骨に鞭打って(?)、ある種の世間に宣戦布告しているのではないか。
「ジャポニズムにみられる『美意識』こそが日本の唯一の資源」という美輪の主張には、私は全面的に賛成したい。各論に行けばいろいろあるだろうけど、少なくとも日本が本当の意味で『美しい国』になることが出来れば、あるはそれを目指す方向で国民が一致すれば、日本の国際的地位は今よりずっと向上するだろう。美輪は日本は「体育は得意でないけど文科系や理科系は得意な少年」のようなものだといい、「なのに無理に体育会系に進んでこてんぱんにやられた」のだという。そのあたりも本当にそうだなあと思う。
各論においては異論が結構ある人ではあるのだけど、やはりこの人はスゴイ人だなと思う。
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