悪口雑言の小気味よい魅力:村上春樹訳『ロング・グッドバイ』
Posted at 07/03/15 PermaLink» Tweet
昨日。スーパージャンプの新しい号が出る日なので近くのコンビニまで歩く。空は青く明るい。明るさは春の明るさなのだけれど、空気が澄んでいて、まるで真冬のようだ。そして寒い。あちこちに雪が残っていて、一瞬冬の間に積もった雪がまだ残っていたのかと思ったけれど、この冬はこちらでもほとんど雪が降らなかったので、ここ数日の間に降ったのだろうと思い直し、後で聞いてみたら私が東京にいた間にかなり降った日があったということがわかった。三月になってからかなり寒くなっている。暖冬だったが寒い春だ。
セブンイレブンでスーパージャンプを買おうとしたら、コミック乱TWINSも発売しているのに気がつき、二冊買う。帰ってきてぱらぱらとだいたい読む。『王様の仕立て屋』は新展開。基本的にはハンガーに関するエピソードだったが、自分のコートを吊るしてあるハンガーを思わず見直した。自分の服はほんとうに手入れがデタラメだなあと改めて反省する。あちこちがひどい型崩れをおこしている。今回へえっと思った作品は『江戸前鮨職人きらら』。鮨戦争コハダ対決(笑)でコハダの鮨の上手さについて、「喉で味わう」、という表現が、根拠のあることが説明されていた。つまり、喉の奥の口蓋垂、いわゆる「のどちんこ」に味細胞の集まりである味蕾(みらい)があるのだ、という。それは初めて知った。喉で味わうなんて通ぶった表現に過ぎないと思っていたが、科学的にも証明できるんだなと。喉はもっと大事にしなきゃなあと思った。あとは『ゼロ』のヴォイニッチ手稿の話。あまりよく知らなかったが、話としてはなかなかよく出来ている。さらっとまとまった短編小説の趣。
コミック乱TWINS。連載もまあまあ面白かったが、今回よかったのは読みきりの福山信「バラガキ戦記」。近藤勇、土方歳三の子ども時代を題材に、石田村(日野市)と柴崎村(調布市)の子どもたちの「石投げ」の争いをめぐる話。妙に頭の回転の速い土方と頭は回らないが大将の器の近藤が出会って石投げに勝つ話なのだが、なんだか上手く出来ているし、それが後年の流山での近藤の官軍への出頭の話と重なって、ペーソスが醸し出されている。珠玉の、という表現がよいかどうかはわからないが、好感の持てるいい作品だと思う。
午前中はネットの作業いろいろ。ネットの接続スピードの遅さを改めて実感。ノートも買い換えたいが、先立つものが(以下ry。昼食を取りながら知り合いの話になり、結構長く商売をやってきたうちなのだが最近は店舗でなくネットで商売をしているという話になり、へえと思ってあとで調べてみたら大手のeコマースのショッピングモールの中でかなりにぎやかにやっていることがわかり、ちょっとびっくりした。やはり時代はそういう方向に行ってるんだなあと思う。私も頑張らなくては。
午後はチャンドラー・村上春樹訳『ロング・グッドバイ』を読み進める。今220ページ。4割弱というところ。だいぶ面白くなってきた。ミステリー(というんだよなこういうのは。あまりこういうジャンルを読まないから定義もよくわからないのだけど)で筋を説明するのはあまりよくないだろうし、実際あまり意味がないからしないけれども、レノックス事件が終焉させられたことについて新聞が、経営者たちの私生活に関わってくる事件に関してはどこの社も暗黙の了解で伏せてしまう、というところはマスコミ産業というものはやはりそうなんだなあと思う。まあ言わば当たり前すぎるほどあたりまえのことなのだが、ついそんなわかりきったことを面白いと思うくらいには、マスコミや社会に対する期待も私には残っているということかもしれない。
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読んでいてい思わず声に出して笑う場面がたくさんあったが、なんと言うかいわゆる「ハードボイルド」の作品というのは小気味よい悪口雑言に満ちているんだなというのは発見だった。小気味よい悪口雑言といえば歌舞伎の助六だが、あれも助六や揚巻がいけ好かない金持ちの意休への悪口を並べ立てるところが見どころだ。チャンドラーのこの作品も出てくる登場人物が次から次へと悪口を並べ立てて、その悪口にそれぞれその個性が表現されていて、人物造形に踏み込んでいるところがとても魅力的だ。こういう悪口というのはあまり凄んだ表現で訳されていても興醒めだし、多分今までのハードボイルド小説というのが支持を失いつつあるのはそういうところに原因があったのではないかと愚考するが、村上の訳は魅力的だ。
よる朝日新聞を読んだらたまたまその辺のところに関する分析が出ていて、村上訳によって現在売れている『ロング・グッドバイ』は、そのまま「ハードボイルド」の復権にはつながらない、村上はこれをハードボイルドとしてではなく、言わば「都市小説」として訳している、という分析がなされていて、その表現の仕方にはあまり魅力を感じなかったが、言いたいことはまあ分かるし、そうだろうなという気がした。出版社や書店はどこもこのチャンスにチャンドラーや他のハードボイルド作品を売り込もうとどこでも張り切っているが、多分そんなにうまく行かないのではないかと思う。読者は「村上訳の古典的ハードボイルド」だから読んでいるのであって、ハードボイルド一般に興味があるわけではない。それは「村上訳のグレートギャッツビー」や「村上訳のキャッチャーインザライ」も同様だろう。村上自身も、なんと言うか翻訳というものの方向性を少し変えたいということを意識している面が、そう言う「現代の古典」を精力的に訳していることからも、あるのではないかという気がする。少なくとも将来的に村上春樹全集が出るときには、こういう翻訳作品は外せない。彼の小説家としての技量もまた、この翻訳の作業の中で磨かれているのではないかと思われる面もあるからである。
フィリップ・マーロウという人物は魅力的であることは確かだが、「よけいなカッコよさ」がないことが、やはり村上訳の最も大きな魅力なんだろうと思う。しかしそれが「愛好者」には不満だということももちろんよくわかるのだが。
まあいろいろなことを書いたが、私自身が一番感じたのは先ほども書いた「悪口雑言の魅力」である。それを捜し求めて、チャンドラーの作品を他にも読んでみることは、あるかもしれないと思った。読みかけ。
夜は仕事。だいぶ暇だったのでネット関係の作業も進める。早めに上がり、『ロンググッドバイ』野続きを読んだ。『そのとき歴史が動いた』で邪馬台国特集。箸墓周辺の集落の発掘の進展状況については初めて知り、そのあたりはとても興味深かった。視聴者の間では九州説が有力なんだなと言うのもなんだか面白い。まあいずれにしろ、中国で「邪馬台国」という字で書かれた王権が日本列島に存在したことは確かなんだろうが、その存在が日本に当時住んでいた人たちにとってどのようなもので、その後にどうつながるかという日本人にとっての内的な連関性のようなものに関しては、結局知ることが出来ないのだろう。白石と宣長以来の論争というものは、答えが出ないからこそ300年も続いているのだろうと思う。12時に早めに就寝。
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