確定申告/ソング・フォー・メグミ/被写体ではなく/不安と希望/芸と人間性の分離
Posted at 07/02/27 PermaLink» Tweet
ここの所ちょっと頑張りすぎているのか、ときどき変なところで休に変な体調の崩れ方をする。リズムってものをあまりちゃんと考えてないせいかも知れないなあ。朝起きて耕し、井うがちて飲む、みたいななるべく自由な構え方で精一杯やることをやろうとしているのだけど、体がついていききれていない感じだ。どうしてもパソコンの画面を見続けている時間は限界があるのだが、今やろうとしていることはパソコンなしにはすまないので、やれる時間に限界があるのだ。ちょっと取り組み方をもう少し工夫した方がいいのかもしれない。
昨日は午前中銀行を回る。何だかぽかんとしていたのか、最初は通帳記入だけしていたのだけど、引き落としのために入金しておかなければいけない口座がいくつかあるのに気がついて、もう一度一回りする。馬鹿じゃなかろか。帰りに液体アタックとティシュペーパーを買って帰ったら、ティッシュはまだ結構残っていて、なんだか。頭が使いすぎで体がなまっている感じだったので少し本棚や回りを片付ける。それだけで少しすっきりした感じ。ただ捨てた方がいいものはまだまだたくさんあるなあ。DOS時代の『桐』のマニュアルなんて取っておく意味はないだろうしなあ。
昼食後さっさと片付けてしまおうと思って確定申告の書類作りに取り組む。国税庁ホームページを使って作るのはもう4年目だろうか。etaxにはまだしていないが、来年からはそうしてもいいかもしれない。それにしても昨年の収入ががくんと減っていて笑っちゃうなあ。一昨年もその前よりは減っているので、こりゃあ大変なはずだわ、と思ってしまう。その代わり税金は増えているはずなのだが、戻り額が今回も3万円を越えている。まあそんなこと嬉しがっても本末転倒だ。
書類をそろえたり確認したりするのにちょっと時間がかかったが、内容を理解しつつ打ちこんでプリントアウトして、正味1時間強といったところか。税務署から書類は届いているのでその封筒を使って(自分で切り張りして作るやつね)140円の切手を貼って郵便局に持っていったら料金はそれで足りていた。
そのまま新宿に出かける。車内では『Customizing Xoops』を読み続ける。オンラインシステムのマニュアルを読み続けるなんてずいぶん久しぶりのことで、そのせいでかなり疲れが出てるんだろうなあとは思うんだが、やはりブログなどとは違ってきちんと理解していないとヤバイ感じがするので、読んで理解できる程度のことは理解しておかなければと思う。
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紀伊国屋でざっと本を見る。2階のCDショップを物色したら、ノエル・ポール・ストゥーキー『ソング・フォー・メグミ(Song for Megumi)』を売っていた。ちゃんと「横田めぐみさんに捧げる・・・」とPOPもついていて、ああよかった、と思う。銀座の山野楽器で探して見つからなかったときは少し暗い気持ちになっていたのだけど、紀伊国屋の帝都無線は偉い。うちに帰った後で聞いたが、何だか懐かしい60年代のテイストだな、やはり。相変わらずフラワーチルドレンの感じがあって、本当にこういう音楽が好きな人たちがやっているという感じがして、それはそれで気持ちいい。商業化というような言葉と違うところにいてもこれだけ長い間やってこれるんだからある意味アメリカというところはたいしたところなんだなと思う。曲は透明な悲しみとでも言うのか、強烈なメッセージ性というものではないが、静に心を打つという感じのもの。一度聞いていただきたいと思う。
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またカフェユイットに行く。5時を過ぎていたせいか、だんだん空いてきて、客層も若くなっていた。この時間に行くのが結構穴なんだろうか。平日ならば、だが。ただ暗くなってくると本は読みにくい。音楽がジャズっぽいピアノだったが、針跳びをしていたのか延々と同じところを繰り返していて、(いや、何だかそういう録音なんだろうな、針飛びにしてはフレーズが長すぎたから)何だか気になった。
コーヒーとメープルキャラメルクリームのクッキーを注文して、美術雑誌を物色して、『日本カメラ』を手に取る。ちょっと感動した。写真がどれもいい。砂漠の写真、ジャングルの木の上のチーターの写真。今まで自分にとって写真というのはどうしてもなにかを伝えるメディアに過ぎなかったのだけど、下手にキャプションがないので写真自体の迫力がすごく伝わってくる。移されている被写体にではなく、写真に感動するという経験は実は初めてかもしれない。写真という芸術というものに浸ることが出来たのは得がたい経験だった。
6時前に店を出てもう一度紀伊国屋に戻り、やっぱり買っておこうと思って掛谷英紀『学者のウソ』(ソフトバンク新書、2007)を買う。ぱららっと見た感じでは、おおむね自分と意見は合致しそうな感じ。しかし多分根本的な譲れないところで合致しない点があるんじゃないかなと思う。まあしかしそれはそれでいいんだろうと思うけど。ほとんど未読。
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それから、人文書も少しは見ておこうと思って上に上がって物色してたら澁澤龍彦『悪魔のいる文学史』(中公文庫、1982)に引っかかった。久しぶりに渋沢の文章を読んでいると、なにか水が心に浸透してくるような感じ。昔は気負って何かを得ようとして読んだような本だが、今ではもう少しゆっくりした気持ちで楽しめそうだ。渋沢もそれなりには読んだが、上滑りした読み方をしていたんじゃないかなという気がする。楽しみながら読めると収穫が多い、そういう種類の作家だと思う。
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帰ってきて食事をし、いろいろやっていたが、どうもやはり無理がある感じで長続きせず。どうも寒い感じがするのはよくないなあと思いつつ、もう寝ようかと思っていたら友人からメールが入り、ちょっと相談事だったのでこちらからかけて少し話し込む。奥さんも出てきて話した。もう13年ぶりくらいだ。就寝は結局12時前。
若いころのことを思い出し、不安だらけだったなと思う。今でも不安はないことはないけれども、ときどき希望に入れ替えているので、昔よりは楽になった。不安も希望も、あんまり根拠がないことに関しては変わらないので、まあ希望も持っていたほうが明るい気持ちで物事に対処できるからいい。事実を確かめるようにしていけば、無駄な不安は少しは減る。事実を確かめて行動することで、少しでも希望を持つようにして、心に種火をともしておいた方がいい。絶望の虚妄なること、希望もまた同じい、といったのは魯迅だよな。
「芸」と「人間性」ということを横尾忠則とタモリと糸井重里の鼎談を読んでから考えていたのだけど、芸と人間性とを完全に分離できる、分離すべきだという考えと、イヤどこかでつながっている、という考えと二つあって、それはどちらがよくてどちらがいけないということでもないな、と思えてきた。分離できると考えた方が日常性に囚われず徹底して芸を追及できるから、非常にラジカルな芸の展開が出来て、横尾の言っていることは基本的にはそういうことなんだと思う。芸が人間性を侵食したり、逆に人間性が芸に滲み出してきたり、一概には言えないが、分離できるかできないかというのは考え方の問題で、そのどちらにも味がある。
談志の話が出てくるが、談志の毒舌を芸でなければ命が危なくなるような、と表現しているが、なるほどなあと思う。それは芸に命を賭けているということでもあるけれども、やっぱり芸と人間性は分離できるという信念があるから出来ることなのだとおもう。小林よしのりなどもそういうことをいっていたな。横尾も信念としてはそうなんだと思う。談志は芸人には二種類あって、下半身を晒せる芸人と晒せない芸人がいる、俺やたけしは前者で古川緑波とか桂三枝は後者だ、というようなことをいっていたけど、芸に人間性の片鱗を見せるという芸もあり、そのタイプは確かにラジカルになりきれない面があるから、ある意味限界はあるのだけど、そういう意味で人間として安心できるともいえる。逆に徹底してラジカルな方は芸としては面白いが人間性として破綻していることも往々にしてあるわけで、近くにいたら大変なタイプということになることが多いのだと思う。
芸と人間性は根本的には分離できない、というタイプは中途半端なようだが、逆に言えば全人的な芸だということも出来る。多分若い頃は大根で年を取ってきてから珠玉のような、と表現されるような芸人はこちらのタイプなんだろう。つまり、芸と人間性を分けるタイプはラジカルで徹底しているが、逆にある意味の限界があり、分離できないタイプは若い頃は馬鹿にされたり中途半端であるように見えるが、最終的には限界がなくどこまでもいけるということになるのではないかという気がする。
多分作家などにもそういうのがあって、村上春樹とか赤川次郎とかは芸と人間性を分けるタイプなのだと思う。田中康夫もそうだが、あの人は政治という人間性が問われるところまで徹底して芸の部分で乗り切ろうとしたところがある意味新しいことなんじゃないかな。そのまんま東はやや中途半端なので少々心配だ。石原慎太郎は芸も人間性もへったくれもなく「全部石原慎太郎」だが。
私はどちらかといえば芸と人間性は分けられない方だな。このタイプは何をやっても仕事に人間性が侵食してくるから結構きついなと思う。仕事は仕事、と完全に分離できるタイプが羨ましいなと思うけど、まあそんな中途半端な芸の文章にお付き合いいただいている皆様には、いつも感謝の言葉もない次第なのです。
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