教育大粛清

Posted at 06/10/28

昨日。午後から夜は仕事。8時過ぎの特急で帰京。列車の中では『コミック乱』を読んだりアンジェラ・アキを聞いたり。甲府で隣の席に座った人がSAPIOを読んでいた。ほかの人がSAPIOを読んでいるのを見たのははじめたかもしれない。へえと思った。

SAPIOは木曜のうちにもう読んでいたのだが、印象に残ったことを二三。三浦しをん『風が強く吹いている』(新潮社)の書評が増田明美と編集部との対談の形で出ていて、これはとても印象に残った。スポーツの本というのは私は結構好きなものが多いのだが、小説には余り手を出していなかった。しかし、きっと小説でないと表現できない部分もあるのだろうなと思う。そういう意味で期待できそうな本だと思った。

風が強く吹いている

新潮社

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佐藤優「インテリジェンス・データベース」。安倍訪中で何が変わったかということについて、今までは実態のない「友好」外交=「予定調和」外交であったのが、お互いに実務的に実利を追求しあい、協調できる所は協調し、そうでないところではお互いに足を引っ張り合ういわば「帝国主義」外交の幕が開いたのではないかという分析がなされていて、多分それはそうだろうと思った。残念ながら現在のところ、中国共産党政権はお互いに理想を共有できる相手ではない。結局そういう相手とは是々非々で付き合っていくのがもっとも重要なことであって、変にこちらが卑屈になることで誰も信じていない「友好」を演出しても意味がないとお互いに考えるようになったのだと思う。そのあたり、変に贖罪感が強い戦前派に比べて戦後派はお互いをしっかり正面から見据えられるのだと思う。韓国は相変わらず変だが、中国とはその線で普通に丁々発止が出来るようになっていくのではないかと思う。

世界の戦争博物館の紹介。さまざまな博物館やそのサイトが紹介されていて、アメリカ・ロシア・中国の博物館の中には旧日本陸軍の物でももう日本国内にはないものが展示されているところもあるらしい。そういう意味では軍事史的な視点だけでなくもっと広い視点からでもこういう戦争博物館を訪れてみることによって見えてくることがあるのではないかと思う。

中でも凄いと思ったのがアリゾナ州のタイタン・ミサイル博物館。なにしろICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射サイロをそのまま一般公開しているというのだからものすごい。一歩間違えば、ここからモスクワや北京に向かって実際に核ミサイルが発射されていたかもしれな場所なわけである。そのサイロには、もちろん現役ではないだろうが、ミサイルがいまだセットされているのだという。

***

単位未履修問題が広がりを見せている。現場の教員たちは戦々恐々だろう。受験勉強を邪魔されて怒り狂っている多くの受験生に対して何十時間もまじめに勉強してもらえることのほとんどないだろう世界史の授業をぶっ続けてやることなど、考えるだけでぞっとする。

この問題はいろいろな側面から語られていてそれぞれに点で勝手な見解が述べられているからいろいろ物がいいずらいのだけど、ここではひとつだけ政治的な視点から述べてみたい。

政治的な構図で言えば、これは小泉政権の時代の「年金未納問題」や「耐震偽装問題」と同じ構図を持っているということである。年金問題は、以前は政府から年金をもらう意思があるか否かというような視点で、もらう気はないから払わない、というような視点もありえたのに、年金財政破綻という状況を受けて払っていないものは社会的な義務を遁れるとんでもない存在として糾弾されるべきという構図が成立した。そんなつもりはなかったんだけどなあとあとで思っても、もうあとで払うことも出来ず、要するにゲームのルールが変わってしまったのだとしか慰めようのない状態になっている。政治家もずいぶんたくさんの人がそれで恥をかいたが、年金財政問題をクローズアップするにはものすごく効果的な出来事だった。

耐震偽装は安全に関わるだけにもっと深刻な(年金が深刻でないということではない)問題だが、これもなんとなく業界内の雰囲気が出来上がってしまっていて、結局それに粛清のメスが入ったということであろう。この問題も建設業界を震え上がらせるには十分な力を持っていた。

小泉政権で問題になったこれらの問題に対し、安倍政権のテーマのひとつは教育改革であるから、教育界に対する大粛清が始まったなというのが私の感想である。

一番ポイントになるのは、「指導要領」をどうとらえるかという問題だ。指導要領はもちろん法律ではない。また政府が出す政令でもない。文部科学省が出す省令のレベルの存在である。これも出された当初は目安的な意味合いが強かったのが、徐々に強制力を持つ存在に強化されていった(と私は理解している)。現場での影響力は、もちろん現場は原則的にはそれを実行しなければならない立場ではあるのだけれども、どちらかというと国旗国歌などと同様、尊重されていたとは言いがたい部分がある。

私の高校時代なども、じつのところ、今問題になっている単位の読み替えなどは普通に行われていたと思う。家庭科など、男子にも必修化してからも、私立の進学校では実際には授業は行われていないという話もよく聞いた。結局それでまかり通っていたのが、いきなりだめになった、という印象が現場にとっては偽らざるところなのではないかと思う。

ただし、われわれの時代などは「大学受験のため」という名目の学校ももちろんあっただろうが、より教養主義的な立場から科目の軽重を決めて、生徒の教養に資すると考えられるものを重視する、という印象を私は持っていた。だからもし今のような摘発があっても、学問・教育の自由と教養の価値というよりハイブロウな主張を掲げて文部科学省の管理強化と対決する骨のある校長が出る可能性もあったのではないかという気がする。現在とは比べ物にならないほど高い組織率の教員組合、高教組などももっと強い主張を(私が賛成できる視点ではないだろうが)出しただろうと思う。

現在の校長の対応を見るとみな基本的に平身低頭で、往生際の悪いことを言っている校長の主張は「生徒のためを思って」「受験のため」というようなことを言うだけで、それだけでは世間=マスコミや、そのバックにいる文部科学省のコンプライアンス、「遵法主義」の主張にするにはあまりに卑小である。教員組合の動きなどもう瀕死の状態である。そういう意味で、高校教育界の実利主義的な堕落の現状から抵抗は不可能だろうという見通しを得て、今回のような粛清に踏み切ったのだと思う。

文部科学省の狙いは、つまりは指導要領の完全な金科玉条化である。省令であれ、もちろん拘束力のある存在ではあるが、教育権(教育を行う権利)が一体どこにあるかという問題に絡んでくるので、これは法理論上は結論が出ているとはいえない状態なのだと思う。アメリカなどでは教育権は親にある、という見解が強いから、PTAが実際に強い規制力を教育に対して持っている。日本の文部省は教育権は国家にあるという姿勢だから、この騒動を期にそれを一気に強め、教育改革を一気に進めていこうと考えているのだと思う。

まあいずれにしろ大学入試をめぐり、大学側は受験生募集のために受験科目数を減らし、高校側は入試成績をあげるために少数科目に絞り込んで受験対策を行うといういたちごっこが変わらない限り、「健全な日本人の育成」という教育の本来の目的が実行できるはずがない。教育に改革が必要であることは間違いないと思う。

ただし、今回のようなやりかたはちょっとどうなんだろうと思わざるを得ない。年金問題でも恥をかかされたのは小泉首相や菅代表をはじめとして大勢いたけれども、今回実際一番に追い込まれるのは多くの多感な受験生であり、それを日々支えなければならない親たちや現場の教師たちである。受験生たちにとって、この恨みはかなり強烈にあとを引くのではないかと思う。エスカレーターの教育経験しかない安倍首相はともかく、公立校から京都大学を出、大蔵省に就職している伊吹文相は受験の辛さというものをよく知っているはずだと思う。だからこそ遵法を主張せざるを得ないのも確かではあるのだが、これは案外あとに尾を引く問題になるのではないかという気もしなくはない。彼らも2年後には有権者になるのだ。教育や社会に対して、痛烈な問題意識を持つ若者が、何十万人も有権者になることを、要人は認識しているのだろうか。

まあそんなふうに書いてきたが、もちろんこれが政府筋の画策という証拠はどこにもない。ただこの案件によって誰の筋書きが一番うまく運ぶか、という視点から考えたらこうなる、ということに過ぎない。全くの僥倖で教育改革に弾みがつく、というに過ぎないのかもしれない。

しかし、国の根幹に関わる教育の改革の問題が、ある種の不祥事から出発するということについて、どうも私はそういうのは嫌だなという気がする。教育界のどうしようもない硬直化しきった状況を動かすのはこういう機会しかないのだ、という考えも分からなくはないし、本当にどうしようもない教育関係者が多いことも事実なのだが、一罰百戒で膿を出すというような治療の仕方が未来を担う若者たちを育てる教育という営為にふさわしいものなのかという視点から見ると、残念な気持ちにならざるを得ない。

***

今日はいい天気。夜には雨が降ってくるという。光のあるうちに光の中を歩め、とゲーテも言っていた。暖かいうちに散歩に出かけ、太陽の熱を吸収してこようと思う。


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